28.同居会議
57番の彼をお風呂にいれたおじいちゃんは、すっとキッチンに来て、わたしの用意したガーゼとテープを持ってまたお風呂場へ消える。
あんなに主人の責任どうこう言っていたけれど、わたしにやらせないで自分で世話を焼いているじゃないか。
今日の夕食はシチューとパン、以上。しもやけをマッサージしているときに今日は絶対シチューと決めていた。まだ火がついている魔石を火ばさみで掴んで、水を張った桶に入れる。夕食の準備を一通り終えて一息つけば、おじいちゃんと57番の彼が戻ってきた。
おじいちゃんの服は少し大きいようで、袖も裾もきちんとまくり上げられている。ギトギトの髪はさらりとしたが、相変わらず艶はない。顔はすこし血色が良くなっているようでひと安心だ。
「お湯を使い終わったから、いま沸かしてるぞ。それまで会議だ」
そう言われて、3人は各々席についた。彼はわたしの隣だ。
「まず、君に聞いておきたいことがいくつかある。いいな。」
その問いかけにも返事はないが、こくりと首で了承の意を伝えてきた。もともと無口なのか、シャイなのか。
「えーと、名前は?」
「ありません」
「それは俺たちがつけていいってことだな」
なんだ、喋れるんじゃないかと思えば、次のおじいちゃんの問いかけには頷くだけだった。ちょっと面倒くさい、ちゃんと彼を見ていないと反応を見逃してしまうじゃないか。でも初日からはっきり喋って意思表示しなさいよ、って言われたら不快だろうか。わたしはぐっと口を引き結んだ。
「ツィエン、お前が彼の名をつけなさい」
「えっ」
まさか、自分の人生において人に名づけをする機会が訪れようとは思いもしなかった。
どうしよう。なんにも思い浮かばない。ひと文字も降りてこない。
「かっ……考えておきます」
「あー、じゃあ、まずは……うん。これからのことだが、ツィエン。さっき彼を風呂に入れようとしたな?あれは、だめだ。女の子も男の子も、お互いの裸を見るなんてだめだ。それは結婚する相手にしか見せないもんなんだ」
「なんで?」
「なんでって……恥ずかしいことだからだ!!!」
たしかに赤の他人に裸を見られるのは嫌だけど。一緒に暮らしているのだからそこまで気にしなくてもいいのではないか。おじいちゃんと一緒にお風呂に入っていた期間はなんだったのか。ちょっと今更そんなことを言われてもよくわからない。
「彼だって、裸をツィエンに見られるのは恥ずかしくて嫌なんだぞ」
わたしが腑に落ちていないことを察したのか、おじいちゃんは付け加える。本当に恥ずかしかったのかな?と思って横を見れば、何度も何度も頷く57番の彼がいた。
どうやら、わたしの感覚の方がずれているようだ。夏場に下着のまま歩いたり、着替えを忘れたからとキッチンを横切るのも控えなきゃいけないのだろうか。思ったより気を遣うことが多くて、既にちょっと気を付けられる気がしない。わかった、と言えるほど自信がないので、とりあえず頷いておく。
「寝室だが、しばらくは3人でいつものベッドで寝る。もう少し大きくなったら、別々のベッドに替えよう」
今のわたしとおじいちゃんが使っているベッドは、わたしが、なるべくおじいちゃんに近づかないように端っこに寝ているので、十分スペースに空きはある。冬は寒いし大歓迎だ。
「それと、服もなにもないから明日の午後にでも買い物にいこう。ツィエンのブーツもな」
やった。久しぶりのお買い物だ!それにおじいちゃんと2人っきりじゃない。最近は会話もあまりしないようにしていたから、正直息が詰まりそうだった。良い気分転換になりそうだ。
「じゃあ、とりあえず、今日はここまで。ツィエンは先にお風呂へ入ってきなさい」
言われるがまま、お風呂へ向かい、わたしは彼の名前を考えていた。考えてみると、わたしはなんでツィエンって名前なのだろうか。顔のイメージとか?57番の彼のイメージに近い名前……といっても、もともと人の名前の由来を聞くほど親密になった経験がないから、名前自体が浮かんでこない。好きな音を並べてみるとか。ジェム、魔石、ストーン……オニキス?いや、スピネル?だめだ、瞳のイメージが強くて、そのまま直結してしまう。
全然決めようがない。あとでこっそりどんな名前がいいか本人に聞いてみよう。
お風呂からあがって、タオルで全身を拭いて、タオルを身体に巻き付けて、寝室にむかう。
明日は買い物だ。着替えたら、足りない服はないか確認しよう。最優先は靴だけれど。
キッチンを通って廊下へのドアをくぐったところで、後ろから怒声が聞こえてくる。
「ツィエン!!お前はさっき伝えたことを全くわかってない!!!!!こらツィエンー!!」
自分の身体に巻かれたタオルに視線を落として、自分がついさっき、やりそうだと予想をしていたことが実際に起きていることに感心する。
やるとは思ってたけど、今日の今日でやってしまったのか。でもまあ、次から気を付ければいいことだ。
前向きに捉えたツィエンだったが、キッチンに戻り、ランスの熱い説教を受けているときにふと横を見れば、57番の彼がさっと視線を外して、耳を赤くしており、さすがにちょっと反省したのだった。
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