最後の授業

遥 述ベル

好きな人は卒業していく

 私は今年から通信制の高校に通っている。

 体育の授業ではバドミントンを選んだ。

 いくつかの競技がある中で好きなものを選べるのだ。

 今日は前期最後の体育。

 私はいつも箱山さんという男性と組んでいる。

 細身で笑顔が爽やかな人だ。


 私のスマッシュがライン上で跳ねる。

 私のマッチポイントだ。

 時間的に今やっているのが最後の試合になるだろう。

「真庭さん上手くなったよね」

「おかげさまで」


 私は初めての体育の時に孤立してしまい、余った者同士で組むことになった。

 それが箱山さんだった。

 通信制には様々な境遇の人がいる。

 幅広い年代の人が通っている。

 箱山さんは同年代には見えないくらい大人びた人だった。

 でも、一回りは離れていないと思う。

 中学は不登校で、高校で上手くやっていけるか不安だった私にとって、箱山さんとの出会いは支えになった。

 体育の授業でバドミントンをするだけの間柄。それ以外の接点はない。

 だけど、この時間のためなら学校に行ける。

 最初は男の人とやるのは嫌だなって思ったけど、今ではこの出会いに感謝している。

「実はさ、僕この授業が高校最後の授業なんだ」

 箱山さんがそう言ってからサーブを打つ。

 私はシャトルを追わないといけないので、すぐに理解できなかったけど、心の内ではすごく驚いていた。

 通信制は三年以上在籍かつ規定数以上の単位を取れば卒業できる。前期卒業もありうるということ。

 でも、私は先入観から後期もまた箱山さんとバドミントンができると思っていた。

 彼は以前ずっとバドミントンを選択していると聞いていたからだ。

 私と箱山さんの距離は遠い。

 一緒に過ごした時間は精々8時間程度だ。

 私が今すぐ涙を流すほどの長さじゃない。

 でも、その時間を引き延ばそうと私は逡巡する。

 ラリーを長引かせるようにチャンスでもスマッシュを躊躇ってしまう。

 箱山さんもそれは同じなのか、慎重に返してくる。

 それが私の思い違いだとしても、鼓動が速くなる。

「一緒に打ってくれてありがとうね。去年まで一緒にしてた方卒業しちゃって相手いなくてどうしようかと思ってて」

「私の方こそありがとうございます」

 試合ではなくラリー。

 私たちはプレーよりも会話に意識を傾けていた。

 いや、私たちではない。

 その考えは気のせいだ。

 しかし、箱山さんの丁寧さがむしろミスに繋がったのか、彼のショットがネットに掛かる。

「あー、これで終わりか。真庭さんと打てて楽しかったよ。いい思い出になった」

 箱山さんのニカッと笑った顔が好きだ。

 ここで連絡先の交換をお願いできるくらい近い距離だったら……。

 終わる前に後悔している。

「またいつか打とうね」

「はい!」

 私はどうにか箱山さんの記憶に残ろうと必死で人生一番の笑顔で彼とハイタッチした。

 思いの外大きな声になって周りの注目を集めてしまったが、私はそれどころではなかった。

 一瞬箱山さんの手と触れた。

 そのことで血流が波打っている。

 運動したおかげで顔が赤くても変に思われない……よね。

 彼の顔を見ると私の大声に驚いていたが、力を抜いた微笑みに変わり、全部の気のせいが本物に思えてくる。

 だけど、本物だとしても私には勇気がない。


 いつか箱山さんに好きと伝えられますように。


 私は箱山さんを遠く眺めながら彼が立ち去るのを待ち下校した。

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最後の授業 遥 述ベル @haruka_noberunovel

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