第2話
会社にいても、華のことが気になる。
二日が経ったが、進路をよく考えても、結局先日指さしたところを受験することにしたらしい。
女子大を受けるというが、共学じゃなくていいのかな、と涼花は考える。
女子大は今人気が低迷しているし、女子の共学志向で閉校になってしまう可能性も高い。
涼花が学生の頃に有名だった女子大ですら、今は志望者も少なく、閉校や経営悪化になりつつある。
でもそれ以上に、高校の三年を女子校で過ごし、大学も女子大でいいのか、と心配してしまう。
異性との出会いの場も、あったほうがいいのではないだろうか。
それに華の成績であれば、もう少し有名どころを狙えるかもしれないのに。
でも、それは親の押し付けにすぎない。華の行きたいところに行かせるのが一番いいのだろう。
そもそも、華は大学に行きたくないような気も、なんとなくしていた。結局クリスマスの話で逃げられてしまったような気がする。
ただ、華がそんなに大きな悩みを抱えているようにも思えなかった。なにかありそうだけれど、それがなにかわからない。
華の考えていることは、華にしかわからない。向き合ってみても逸らされた。それなら、この違和感はなんだろう。
華に対して、ずっと違和感があるのだ。
離婚してからは本音をあまり口に出さない子だったけど、中三までは察せた。
でも、高校に入ってからは成長したせいだろうか、仕事に気をとられてしまうせいだろうか、あまり心情を察せなくなっている。
だが、母親の直感が何か変だと告げている。やっぱり華の煮え切らない態度と進路に違和感がある。
具体的にそれがなんなのか、分からない。やりたいことがないと言っていた。思い返せば、華はなにかになりたい、と一度も言ったことがなかった。
十代だからやりたいことがまだ見つからないのだろうか。ならば、大学へ進学してからゆっくり探せばいい。
十八で将来何になる、と明確に決められる子は少ない。
涼花も十代の頃はやりたいことがなくて、ただ進学して、それなりの会社に就職した。
華はまだ、発展途上。
そう思うことにして、仕事に集中することにした。中小企業の事務だが、女性の上司からあれこれ注文される日々をこなしている。
たまに、あり得ない仕事量を持ってこられることがある。
午後八時になる。二時間残業だ。今日は料理当番だけど、体はしんどい。でも華にはなるべく手作りのものを食べてほしい。
「お疲れさまでした」
片付いていない仕事が一つあったが、もう体力的に限界が来ており、涼花はそそくさと帰ることにした。これ以上の残業は無理。
働き方改革の制度があまり届いていない会社なのだ。残業は当たり前のようにある。
「お疲れさまでした」
方々に声が飛ぶ。お辞儀をして、涼花は帰ることにした。
寒い。
外に出れば震えそうになる。もう少し厚いコートを買おうか。
道路で見知らぬ学校の女子高生とすれ違った。こんな中でも、女子高生は短いスカートで街を歩いている。
午後八時なのに、なにをしているのだろう。まあ、どうこう言える立場じゃない。
何か用があるのかもしれないし、塾かもしれないし、部活の帰りかもしれない。
華も稀に帰りが遅くなることがあった。友達とファミレスで勉強していると言っていたが、嘘は見抜ける。
だが、深く詮索しないことにしている。遊びたい時だってあるだろう。
高校二年の時、十一時近くに帰ってきたことがあった。流石にその時は叱って、門限を七時にした。なにをしていたのか訊いても、友達と喋っていたというだけだった。
もっと踏み込んで聞くべきだっただろうか。過干渉になりたくないと思って黙っていたが。
清楚な雰囲気だけれど、素行は品行方正じゃないところもある。そこもちょっと引っ掛かっている。
家につくと、華が出迎えた。
「遅かったから、料理作っといたよ」
笑顔が眩しい。その言葉にも顔にも、やっぱり疲れが吹き飛ぶ。
「ありがとう、本当はお母さんの当番なのに」
「いいよ、仕事忙しいんでしょ」
靴を脱ぐと涼花は華をきゅっと抱きしめ、手洗いをした。今日は冷蔵庫の残り物で何か作ろうと思っていたのに、カレーのいい香りがする。
「今日はカレー?」
「うん。カレーなら明日の朝も食べられるかなと思って。朝食作らなくて済むからお母さん、楽でしょ?」
「そんなことまで考えていてくれたのね。ありがとう」
もう一度お礼を言って、食卓を囲う。テレビを見て、華は笑っていた。進路も決めたことだし、もう何も言うことはないか。そう思って、一緒にテレビを見て、涼花も笑った。
この幸せが、続きますようにと願いながら。
クリスマスイブになった。
チキンとケーキの予約はもうしてある。今日は土曜で休みだ。華は白いワンピースに
ブラウンのもこもこのジャケットを着て機嫌がよさそうに出て行った。
テレビでは朝からイブだイブだと浮き立っている。涼花はテレビを消して、洗濯機を回し、ラックに吊るしてベランダに干す。
女二人だと分からないように、男物の下着やシャツも一緒に干している。
手がかじかむ。両手に息を吹きかけ、手を揉みながら中へ入ると、ショッパーが倒れており中に入っていたものが顔を出している。それを見てぎくりとした。
華の部屋だ。なにも見ないことに――できなかった。よく見なくてもショッパーにはエルメスと思えるロゴがあり、倒れている中身は高そうなバッグだ。
「なにこれ……」
心臓が波打つ。恐る恐る屈みこみ、バッグを取り出す。エルメスのピンク色のバッグ。華のお小遣いでは到底買えないものだと、一目見ただけでもわかる。
華は、なにをしている? そんな疑問が暗い気持ちとともに湧いてきた。どう考えてもプレゼントされたものだとしか思えない。
誰から? 彼氏がいるのなら、否定はしない。
でも、こんな高そうなバッグをプレゼントする男性は、社会人だろう。同じ高校生や大学生でエルメスのバッグなど女の子にプレゼントできるはずがないのだから。
それに、贈った相手が普通の社会人とも思えない。エルメスは数百万するものもある。
誰からどういう経緯でこれを貰った?
部屋のものは見ないという約束は破ってしまったけれどこれは見過ごせない。
帰ってきたら聞き出さなくちゃ。そういえば華は涼花が向き合おうとしてものらりくらりとかわしてきた。
涼花は華を信じていたし、話し合う時間というものを仕事が忙しいことを理由にあまり持っていなかった。
もしかしたらたまに帰りが遅くなっていたことも、誰か異性と関係がある?
今日会っている人は誰? 友達だと思っていたけど違うのだろう。おしゃれも年頃だと思っていたけれど……。
ふ―っと息をついて、ショッパーの中にバッグを入れ、立てかけると、そのままそっと華の部屋を去った。
悶々としながら掃除をした後、日ごろの疲れをとるため自分の部屋で横になる。
窓からは、日が燦燦と照っていた。
いい天気なのに、エルメスのバッグを見てから神経が冴える。
そのまま正午まで横たわっていたが眠ることはできず、簡単な昼食をとってから夕飯の買い出しに出かけようと思った。華はなにが食べたいだろう。
『夕飯、なにが食べたい?』
今日会っているのは誰か。そんなことを裏で考えながらラインを送る。すると、『夕飯は友達の家で食べる』と返事が来た。
きっと、友達の家じゃない。涼花の直感が働く。あらゆる憶測が涼花の脳裏を過っていくが、確たる証拠もないので責めることはしない。
願わくば、会っている相手が正人であれば。
それならば、まだ救いがある。だが、正人は娘にエルメスのバッグを与えるような人ではないこともわかっていた。父親として、その辺の秩序はある。高級ブランドバッグを、高校生の娘に買ったりしない。
ずっと心の奥に重たいものが広がり波紋を打っている。
夕飯は一人。何度目かのため息をついて、買い出しに行くと、炊飯器でご飯を炊き、適当な野菜炒めを作って食べた。空気はやはり、クリスマス一色だ。さて、華が帰ってきたらなんて問いただそう。
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