第55話

「…あ、えっと、あのね…」

とっさに、私は嘘をついた。

「走ってたらガラス戸に激突したんだって。お兄ちゃん、昔から鈍いよねぇ、あはは…」

私は明るく笑ってごまかした。背中を汗がつぅっと流れていくのを感じた。

「ふふふ…そうじゃねぇ」

母は可笑しそうに笑った。私はそっと胸をなでおろした。

坂の上に、我が家が見えてきた。台所の灯りが夕暮れの中にぽぅっと浮かび上がっていた。

「今夜はカキフライじゃけぇ、このみ、道彦の分まで食べてええよ」

「ホント?やったぁ!大好物!」

私は歓声をあげながら、家の中に飛び込んでいった。


暮れなずむ空に、黄色い月が輝き始めた。


Fin.

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おひさまのこのみ(君去りしのちvol.3) 小泉秋歩 @sister-akiho

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