第51話

父は操縦席に立った。船のエンジン音が高くなった。激しい波しぶき。

兄は船尾に立って、私の方に振り返った。

「…ごめんな」

そして、寂しげに微笑んだ。

「またお前に、世界で一番嫌いだ、って言われちゃうなぁ…」

私はドキッとした。

(お兄ちゃん、あのこと…ずっと気にしてたん…?)

涙が出そうになった。何か言わなきゃいけないと思ったけれど、声が出なかった。

貨物船が水面を蹴って、出港した。船はみるみる遠ざかっていく。

「お兄ちゃーん!行ってらっしゃーい!」

私は手を大きく振って、懸命に叫んだ。小さくなる船の上で、兄も手を振っていた。

「…やれやれ、行ってしもぅたねぇ」

気がつくと、母がすぐそばに来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る