第15話 TBD
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【インターネット娘:2月度定例ミーティング】
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モニターに並ぶメンバーの映像。 しかし、そこにひとつだけ欠けた枠がある。
「……あれ? まりあは?」
凛が何気なく口にする。
「まりあなら、今日は欠席だ」
橘の声が響いた。画面越しの彼の表情はいつもと変わらず、無機質なほど淡々としている。
「欠席って……?」
すばるが眉を寄せる。その一言で、緊張が静かに広がる。
「何かあったんですか?」
せいあがモニターを確認する。何か情報が出ていないかと視線を走らせるが、そこには何もない。
橘は手元のデバイスを操作し、画面に資料を表示させた。
「愛坂まりあは、新型感染症に罹患した」
沈黙。
一瞬、画面に映るメンバーたちの動きが止まる。
「症状は重篤だ。主治医の判断により、長期療養が必要となる。現時点で復帰の目処は立っていない」
言葉が重く落ちる。
「え……」
ちいかが息を呑む。
「重篤って、そんな……」
なちの声がわずかに震えた。
「つまり……」
すばるが慎重に言葉を選びながら、静かに問う。
「まりあは、無期限の活動休止ということですか?」
「そういうことだ」
橘の声には、一切の迷いがなかった。
「……」
「そんな……」
ちいかが言葉を詰まらせる。
「まりあ、そんなに悪いの……?」
せいあが画面の資料をスクロールしながら、状況を確認しようとする。しかし、そこに詳しい病状の記載はなかった。
「主治医の判断だ。詳細な病状については公表しない」
橘の声は冷静だった。それが、かえってメンバーたちの不安を掻き立てた。
「まりあがいない間、私たちの活動はどうなるんですか?」
すばるが静かに問いかける。
橘が資料を切り替え、新たな運営方針を映し出した。
「ライブ活動は縮小する。ミニライブ形式に変更し、出演人数と曲数を制限する」
「配信は?」
せいあがすぐに問う。
「今まで通り継続する」
「新曲の制作は?」
凛が尋ねる。
「一旦停止する。まりあの復帰時期が未定な以上、センター不在のまま進めるわけにはいかない」
静寂が広がった。
「……つまり活動自体は、まりあ抜きでやるんですね?」
ちいかがぽつりと呟く。
「その通りだ」
橘は、即答した。
「今さら止める選択肢はない。予定されていた活動は修正の上、続行する」
「でも……」
なちは小さく首を振る。
「まりあがいないのに……?」
「将が一時撤退を余儀なくされたとき、残された軍勢たちは何をなすべきか」
イリスが腕を組みながら呟く。
「立ち止まるべきか? それとも、前へ進むべきか?」
「……」
答えられる者はいなかった。
「他になにかあるか?」
橘の声が、会議室の空気をさらに重くした。
「では、詳細は別途展開する」
その言葉を最後に、橘は画面の向こうで腕を組んだまま、メンバーたちを一瞥した。
すばるが、ゆっくりと口を開く。
「……これ、ファンの人たちにはどう伝えるんですか?」
橘が画面を操作し、準備されていた声明文を映し出す。
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【インターネット娘・運営よりお知らせ】
愛坂まりあにつきまして、新型感染症の影響により、療養が必要となりました。
医師の判断のもと、長期的な療養が必要であると診断されたため、当面の間活動を休止いたします。
活動再開については、回復状況を考慮しながら改めてお知らせいたします。
引き続き、インターネット娘の活動へのご支援をよろしくお願いいたします。
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「これが、公式の発表だ」
すばるが画面を食い入るように見つめる。
「……復帰の見込みが立っていないのに、『当面の間』って書くんですね」
「そうするしかない。『無期限』と記せば、それは実質的な脱退と受け取られる」
橘は淡々と答えた。
「ファンが不安がるのは当然だ。でも、現時点で伝えられる情報はこれが限界だ」
「……そうですね」
せいあが、静かに頷いた。
「今、まりあのことで分かっていることを、そのまま伝える。それしかできない、ってことですね」
「そういうことだ」
凛が腕を組み、息を吐く。
「……仕方ない、か」
「そうね」
まりあがいない。
それは、受け入れなければならない現実だった。
「決定事項は以上だ。各自の役割を全うしろ」
橘の低い声が響く。
各々が画面越しに表情を曇らせた。
まりあがいない。
それはただの一人欠けた、という話ではなかった。
だが、橘は淡々と会議を進行する。
「言った通り、インターネット娘の今後の活動については、ライブは縮小、配信は通常通り。これでいく」
「……縮小ですか?」
すばるが、少し疑問を込めた声を上げる。
「他にどうするっていうんだ?」
橘は、表情ひとつ変えずに返す。
「インターネット娘はグループとして動いているが、最良のパフォーマンスが出せないなら、それに合わせる必要がある」
「でも……」
ちいかが何か言いかけるが、言葉を飲み込む。
──まりあがいないこと。それがどれほどの違いを生むのか、まだ誰にも分からなかった。
会議の空気が張り詰める。
そこへ、別の画面が開く。
「少し、補足させてもらってもいいでしょうか?」
淡々とした女性の声が、静かに響く。
廻中アイ。
インターネット娘のマネージャー。
「私はマネージャーとして、これまで皆さんの活動をサポートしてきました」
彼女の声に感情の起伏はない。業務を遂行するために、冷静に淡々と話を続ける。
「橘さんの言うことも理解できます。ただ、それとは別に、メンバーの心理的負担についても考慮する必要があります」
「……心理的負担?」
「まりあさんは、インターネット娘の精神的な軸でもありました。その存在が抜けることで、パフォーマンスの質だけでなく、メンバーのモチベーションや心理状態にも影響が出ると予測されます」
アイの言葉に、誰も反論しなかった。
「……」
まりあのいないVRライブ。
まりあのいない配信。
彼女の名前を呼ぶ声が消えたコメント欄。
それが、どれほど違ってしまうのか、誰も確信を持っていなかった。
「確かに……」
みあが、小さく頷く。
「まりあちゃんがいないと、なんだか、全体にまとまりが出ない懸念があります」
「その“全体感の欠如”が、これからの活動にどう影響を与えるか、慎重に見極めるべきです」
アイの声は一定だった。
「そこで、私たちマネージャーとしては、これまでの活動をそのまま継続するのではなく、一度、メンバーの皆さんの状況を整理し、適切なケアを行うべきだと考えています」
「つまり、甘やかせってことか?」
橘が腕を組み、静かに言う。
「そういう話ではなく」
もう一つの画面が開く。
永江ねね。
アイとともにインターネット娘のマネジメントを担う存在。
彼女もまた、アイと同じく、冷静に、必要なことだけを話す。
「今の状況、メンバーが感じている不安も大きいでしょう。でも、それ以上に“ファン”の視点を忘れてはいけません」
「ファン?」
「ええ。インターネット娘は、オンラインで活動するアイドルです。ファンにとっては、直接会えるアイドルではなく、配信やライブを通して繋がる存在。だからこそ、今回のまりあさんの休養がどう受け取られるか、慎重に対応しなければなりません」
ねねは、データをスクリーンに映し出した。
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【ファンの反応予測】
・配信活動は通常通り続くことで安心感が生まれる
・ライブ縮小に対する不安の声が出る可能性
・まりあの不在による動揺が一部で発生
・新しい形への期待感も一部存在
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「つまり、配信を継続することは、ファンにとっての“安心材料”」
「ライブの規模縮小が、不安材料になる可能性となるということですね」
せいあが、冷静に分析するように言う。
「そうです。だからこそ、ただまりあさん抜きでライブをやるのではなく、“どうやってファンに届けるか”を考える必要があります」
「ふむ」
イリスが腕を組み、神妙な面持ちで頷く。
「つまり、我が軍勢の統率を乱さぬように、慎重に進めるべきということだな」
「まあ、そういうことですね」
ねねの言葉に、イリスは満足げに頷いた。
「なので、運営としては、メンバーの皆さんの心理面も考慮しつつ、ファンにも納得してもらえる形を模索することが必要です」
橘は、じっとねねの言葉を聞いていたが、やがて低く息をついた。
「……好きにしろ」
そう言いながら、橘は腕を組み直す。
「ただし、時間はかけられない。無駄に引き延ばしても仕方ないからな」
「ええ、そのつもりです」
アイが静かに頷く。
「メンバーの皆さんも、まだ気持ちの整理が追いついていないかもしれません。でも、時間は待ってくれません。だからこそ、一つずつ進めていきましょう」
沈黙。
全員が、それぞれ画面の向こうで顔を見合わせる。
まだ、迷いは残っていた。
しかし、静かに声が上がる。
「……やれます」
もこだった。
彼女は画面の向こうを真っ直ぐに見据えていた。
「インターネット娘は、活動を続けなければなりません。私たちが、ファンの皆様を待たせるわけにはいきません」
「……もこちゃん」
ちいかが、小さく呟く。
「私も、そう思います」
すばるが頷く。
「今できることを、しっかりやるしかない」
「……そうだね」
なちが息をつく。
「ぐずぐず悩んでても、進まないしね」
「では、決まりですね」
アイが、静かに言う。
「運営としても、全力でサポートします」
「……なら、やるしかないな」
橘が短く言い、資料を閉じる。
「次のスケジュールを決めるぞ」
こうして、まりあ抜きのインターネット娘の活動が、本格的に動き出すことになった。
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『ミーティングを終了します。』
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【むすチャン!】NetMusume Channel
『定期配信!あまあまもこもこ』
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画面が切り替わると、そこには琴上もこと白鷺あまねの二人が映し出される。
背景には淡い夜空をイメージしたデザインが広がり、静かなBGMが流れていた。
「こんばんは」
もこが淡々と挨拶をする。
「皆様、ご機嫌麗しゅうございますわ」
あまねが優雅に扇子を広げながら、微笑む。
「こんばんわ」
『おお、もことあまねの組み合わせ新鮮!』
『優雅な夜会が始まる……!』
『もこたそ……いつも通りだなw』
「今日は、私たち二人でお届けします」
もこが静かに続ける。
「ええ、こうして皆様と過ごすひとときが、何よりも楽しゅうございますわ」
『姫様、今宵も美しい……』『たしかに夜会って感だねw』
「さて、本日は皆さんとゆったりとお話しできればと思います」
もこが冷静なトーンで進行を続ける。
「そうですわね。皆様との語らいが、この夜をより優雅に彩ることでしょう」
『あまね様の仰せとあれば……』『もこたそ、相変わらずの落ち着きっぷりw』
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配信が始まり、コメント欄はいつもと変わらぬ活気に満ちていた。
しかし、視聴者の中には、やはりあの話題に触れざるを得ない者もいた。
『ところで、まりあちゃん大丈夫かな……』『めっちゃ心配……』『活動休止って……しばらく戻ってこないの?』
コメントが、まりあの不在に触れ始める。
「……」
もこは画面を見つめたまま、一瞬だけ視線を落とす。
「皆様、ご心配いただきありがとうございます」
あまねが、落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「まりあは現在、療養中です。詳しいことは運営からの発表の通りですが……」
「……今は、回復を待つしかありません」
もこが静かに言葉を添えた。
『そっか……待つしかないのか』『無理せず、ゆっくり治してほしい』『もこたちも大変だよね……』
「ですが、インターネット娘の活動は続いていきます」
あまねが優雅に扇子を閉じる。
「ええ、私たちは変わらず、皆様とともに歩んでまいりますわ」
『そうだよね、活動は止まらないんだもんな……』『みんなで支えていこう!』『インターネット娘は、まりあだけじゃない!』
「引き続き、皆様とお話しできる機会を大切にしていきたいと思います」
もこがコメントを眺めながら、静かに頷いた。
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話題が徐々に切り替わり、いつもの雑談へと戻っていく。
「そういえば、最近皆様はどのようにお過ごしですの?」
あまねが優雅に微笑む。
『最近、推し活が楽しい!』『娘アーカイブめっちゃ見てる!』『新曲が待ち遠しい……』
「新曲については、今は少しお待ちください」
もこが端的に答える。
「でも、過去のライブや配信を振り返るのも楽しいですわね」
あまねが穏やかに続ける。
『たしかに、過去のライブもエモい』『初期の配信とか懐かしいw』
「皆様に支えられていることを、改めて実感いたしますわ」
あまねが優しく微笑む。
「私たちは、こうした皆様のお陰で存在できていますの」
『これからも応援するぞ!』『インターネット娘、ずっと続いてほしい!』『もこたそ、あまね様もありがとう!』
もこは、ふと画面のコメントをじっと見つめる。
「……ありがとうございます」
短く、けれど力強く、そう言葉を紡いだ。
────
「さて、そろそろお時間ですわね」
あまねが扇子を開き、軽く揺らす。
「本日も素敵なひとときを過ごせましたわ」
「ええ、皆様と過ごせることに感謝いたします」
もこが静かに続ける。
『今日も楽しかった!』『また次の配信で!』『もこたそ、あまね様、おやすみ!』
「では……」
もことあまねが、画面に向かって静かに微笑んだ。
「また、お会いしましょう」
そうして、配信は静かに幕を閉じた。
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【配信を終了します】
『VR LIVE System シーケンス開始』
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Internet-Musume VR Live start.
【Mini Live - February Edition】
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【Starting in… 3, 2, 1】
──Plug on!
鮮やかな光がステージを包み込み、VRライブが幕を開ける。
ステージ中央には、メンバーたちが並んでいた。
いつもより少しコンパクトな編成。
出演メンバーは限られ、楽曲数も抑えられている。
だが、それ以外はこれまでと変わらない。
「いくよ!」
すばるの掛け声と共に、イントロが流れ始める。
観客アバターたちが一斉にペンライトを掲げ、会場が揺れた。
『待ってた!』『今日も楽しむぞー!』『Mini Liveだからこそ!全力でいくぞ!』
ミニライブ――コンパクトな構成ながら、しっかりと熱を届ける場。
ファンの期待に応えるべく、メンバーたちはステージに立っていた。
────
『pingから始めよう!』♪
イントロが鳴り響くと、ステージが鮮やかに照らされる。
メンバーたちは軽やかに動き出し、リズムに乗せてパフォーマンスを展開する。
「みんな!いくよ!」
なちが笑顔で観客席に手を振る。
客席のペンライトがリズムに合わせて揺れた。
『ぴこぴこping!わたしの想い!』♪
それは、変わらないライブの光景だった。
観客は声を届け、メンバーはその想いを受け取る。
(……いつも通り)
もこは、自分の動きに意識を集中させる。
振りは完璧、位置も揃っている。
けれど、それだけでは表現できない何かがある。
その「何か」を感じながらも、ライブは進行していく。
─────
「次の曲、行くよ!」
ちいかが声を張ると、場内が再び盛り上がる。
──『Click here!』♪
電子音が響き、ステージがデジタルの光に包まれる。
観客の視線が、一斉にメンバーへと向けられる。
「One Click で 運命が変わる」♪
もこがセンターに立ち、歌い始める。
声はしっかりと届いている。
ファンの反応も悪くない。
『もこたそ、安定してるな』『センターも似合う!』『この曲はやっぱいいなぁ』
メンバーたちは、一瞬一瞬の流れに乗っている。
音楽と観客、その間で生まれるエネルギーを感じながら。
─────
「次が、最後の曲です!」
すばるがマイクを握り、客席を見渡す。
観客アバターたちが、一斉に視線を向けてくる。
「最後まで、一緒に楽しんでね!」
──『Oshi♡Love』♪
軽快なビートが響き渡る。
メンバーたちは笑顔で踊り、歌う。
観客も、それに応えるようにペンライトを振る。
「君ともっと 近づきたい」♪
『今日も最高!』『楽しい時間をありがとう!』『やっぱライブっていいな!』
視線を合わせ、手を振り返す。
画面の向こうでも、ファンの気持ちはしっかりと届いていた。
─────
「みんな、ありがとう!」
すばるが最後の挨拶をする。
観客アバターたちが拍手のエフェクトを送る。
『おつかれさま!』『楽しかった!』『最高の時間だった!』
メンバーたちは、互いに視線を交わしながら微笑む。
「次のライブも、楽しみにしててね!」
なちが手を振る。
ライブは、無事に終わった。
いつもと変わらず、熱があり、笑顔があった。
次も、またこの場所で。
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『VR Live Systemを終了します』
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【インターネット娘 運営ブリーフィングルーム】
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VRライブ終了後、システムが徐々にダウンロードモードへと移行していく。
観客が退出し、ステージの光が徐々にフェードアウトしていく中、メンバーたちは待機エリアへと戻っていた。
しかし、そこにあるのは、通常の控室とは異なる仮想のブリーフィングルーム。
円形のテーブルを囲むようにしてメンバーたちが座る。だが、その場には、まりあの姿がない。
「本日のライブ、終了しました」
もこが簡潔に状況を確認する。
「全体の流れは問題なかったかしら?」
あまねが扇子を静かに閉じながら、視線を向ける。
「セットリストのバランスは問題なし。観客のリアクションも安定していた」
せいあが手元のデータをスクロールしながら答える。「VRライブのログは現在解析中ですが、大きな異常は検出されていません」
「MCは?」
すばるが問いかける。「今までより短めにしてみたけど……違和感なかったかな」
「コメントの反応を見る限り、違和感は少なかったようですね」
せいあが再び画面を操作し、統計データを表示する。「ただ、観客の反応速度が通常時より若干低下しています」
「やっぱり……」
すばるが、少し眉を寄せる。「なんか、客席のノリが微妙にズレてる感じ、しなかった?」
「完全に同じ空気感は作れてないってこと?」
ちいかが腕を組みながら考え込む。「でも、今回のライブ、ちゃんと盛り上がってたよね?」
「ええ、悪くはなかったですわ」
あまねが静かに頷く。「ただ、完全に“今まで通り”とは言えませんわね」
「……まりあがいないから?」
もこがぽつりと呟く。
一瞬、沈黙が広がる。
「パフォーマンスの完成度に大きな影響は出ていない。ただ、構成上の統制が少し弱まっている可能性はある」
せいあがデータをまとめながら、客観的に分析を続ける。「例えば、観客の注目が以前より分散している傾向が見られます」
「まりあがセンターのときは、自然と視線の集中があったから?」
すばるが画面を見つめる。「うーん……そう考えると、センター不在の影響は少しあるかもしれないね」
「ファンの皆様も、無意識のうちに“何かが違う”と感じていたのかもしれませんわね」
あまねがゆったりとした口調で言う。「ただ、それを具体的に言葉にできるほどではない……といったところでしょうか」
「そこをどう補っていくか……って話になるよね」
ちいかが腕を組みながら続ける。「個々のパフォーマンスは変わらないのに、全体の流れが微妙にズレる……」
「まりあが戻るまでの間、どういう形で調整するか、考えたほうがいいですね」
せいあが提案する。「次回のライブでは、フォーカスの分配を少し変えてみるのも一つの手です」
「……でも、どう変える?」
すばるが眉をひそめる。「ただバランスを調整するだけでいいのかな」
「まだ、データを完全には解析しきれていませんが……」
せいあが手元の画面を確認する。「観客の視線データを見ると、特定のメンバーに対する集中が以前より均等化している傾向があります」
「均等化ってことは……センターが明確じゃなくなってるってこと?」
ちいかが小さく首を傾げる。
「そういうことです」
せいあが頷く。「これまでのライブでは、楽曲ごとのセンターが自然と視線を引きつけていましたが、今回のライブではその効果が薄れている可能性があります」
「確かに、なんとなく、全体的に散らばってる感じはあったかも……?」
ちいかが考え込む。「でも、曲ごとのセンターは決まってるよね? それでもズレるの?」
「まりあは、センターとしてだけじゃなく、“全体の流れを作る”役割も担っていました」
せいあが静かに答える。「彼女がいると、自然と他のメンバーがそこに引き寄せられる。それが無意識に機能していたんです」
「……となると、単にセンターを決めるだけじゃダメってこと?」
もこが腕を組む。「フォーメーションも、今まで通りじゃ通用しないかも?」
「可能性はありますね」
せいあがデータをスクロールしながら言う。「とはいえ、完全に再構築するのもリスクが高い。次のライブで試験的にフォーメーションを調整してみるのが現実的でしょう」
「……まりあが戻るまでの間、どうやってこの違和感を埋めるか……だね」
すばるが静かに呟く。
「……やるしかないですね」
もこが、静かに口を開く。「私たちは、“インターネット娘”です。今できることを、最適な形で続けるしかありません」
「そうね」
あまねが穏やかに微笑む。「……少しずつ、調整していくしかありませんわね」
「とりあえず、次のライブでどこまで変化があるのか、しっかり確認していこう」
すばるが言うと、他のメンバーも静かに頷いた。
まだ、まりあの不在をどう埋めるべきかの答えは出ていない。
だが、一つ確かなことがあった。
──ライブは続いていく。
たとえ、何かが欠けていたとしても。
────────────────────
『VRミーティングを終了します。』
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