第6話 新曲。ロード中……
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Internet-Musume VR Meeting
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仮想会議室に、メンバーのアバターが次々と現れる。
VRライブの失敗を受け、メンバーはそれぞれの思いを胸にこの会議に参加していた。
「ふぁ〜、おはよ〜」
なちが欠伸を噛み殺しながら、ひらひらと手を振る。
「朝から会議って、社会人みたいじゃん〜」
「朝っていうほど早くないけどな」
凛が苦笑しながら画面をチェックする。
「全員そろってるか?」
「……」
かなでは無言のまま、軽く頷いた。
「それじゃあ、始めましょうか」
すばるが手を叩いて、会議の進行を促す。
「今回のVRライブの結果を踏まえて、今後の活動方針を話し合うってことでいい?」
「うむ。敗北を認めるところから始めるべきだな」
黒瀬イリスが腕を組み、堂々と宣言する。
「我が軍勢は見事に敗北した……だが、次がある。我らは戦い続けるのだ」
「そんな大げさな話じゃないですよ」
楡木せいあが呆れたよう笑いながらタブレットをタップする。
「でもまあ、データ的には確かに“失敗”って言わざるを得ないですね」
会議の空気が、少し沈んだ。
──VRライブの結果は、良いものではなかった。
パフォーマンス自体は問題なくこなせたはず。
なのに、視聴者の反応は今ひとつだった。
「私たちは、ちゃんと踊れていたはず」
琴上もこが冷静な口調で言う。
「だけど……何かが足りなかった」
「そう、それ」
桜庭みあがゆるく腕を組み、ぼんやりと呟く。
「なんか、映像見直したんだけどさ……私たち、やっぱちゃんとライブしてないように見えた」
「どういう意味?」
「分かんないけど、そう感じたんだよね。」
「うーん……」
白鷺あまねが静かに扇子を開き、
「つまり、“ライブ感”が足りなかった、ということでして?」
ひらりと返しながら前に向き直る。
「そういうことよね」
すばるが頷く。
「だから、次に向けて、何かテコ入れをしないといけない」
その時──
『Web Meeting: 運営 橘が参加しました』
「……お前ら、全員そろってるな?」
低く響く声とともに、橘のアバターが画面に現れる。
黒のスーツにノーネクタイ、腕を組んで仏頂面のままメンバーを見渡した。
「——で、反省会か?」
空気が一瞬、張り詰める。
「……ええ、まあ」
すばるが僅かに表情を引き締める。
「お前らのパフォーマンスは、可もなく不可もなく。技術的には問題なし。……だが、結果として“つまらなかった”」
橘の言葉に、全員の動きが止まる。
「お、おいおい、ストレートすぎるでしょ……」
凛が苦笑するが、橘は一切表情を崩さない。
「お前らがやったのは“正しいダンス"。だが、客が見たかったのは“ライブ”だ」
もこが僅かに眉をひそめる。
「……ですが、私たちは振り付け通りに歌い、踊りました。それが正しいのでは?」
「そうだな。“正しさ”だけを求めるなら、お前のやったことは間違ってない」
橘はそう言いながら、タブレットを指で弾く。
『視聴者の反応:良くも悪くも薄い』
『コメント数:通常配信と大差なし』
『盛り上がり指数:平均以下』
「だが、これはライブだ。振り通りに踊って“正解”なら、世の中のライブは全部機械がやればいい。違うか?」
「……」
「ライブってのはな、ファンと演者の間に“何か”が生まれる空間だ。お前らはそれを作れなかった。ただのパフォーマンスで終わった」
橘の言葉に、もこは無言で視線を落とす。
「じゃあ、次はどうすれば?」
すばるが口を開く。
「お前ら、新曲作れ」
橘の突然の宣言。
「新曲……?」
メンバーが驚きの声を上げる。
「そうだ。ライブの空気を作りたきゃ、まずは楽曲から変えろ」
橘はタブレットを操作し、画面に資料を映し出した。
「お前らのライブには、“会えないアイドル”というテーマがあるだろう」
「……それが問題ってこと?」
なちが首を傾げる。
「いや、逆だ。お前らの強みはそこにある」
橘が目を細める。
「“会えない”という事実を、ポジティブに変換しろ」
「ポジティブに……?」
「お前ら、ファンがどう思ってるか、ちゃんと理解してるか?」
橘が画像を表示する。それは1stイベントのアンケート結果だった。
「ここに200件のアンケート結果がある。これをお前たちに渡す」
「ここから、お前たちでどうすればいいか、それを考えろ」
「200……思ったよりたくさん答えてもらえたんだね」
まりあが意外そうな顔で共有されたファイルを確認する。
「期限は……2週間。お前らの力で、曲を作り上げろ」
メンバーは顔を見合わせる。
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『Web Meeting: 運営 橘が退室しました』
橘のアバターが仮想会議室から消えた。
彼の最後の言葉は、短く、重かった。
メンバーたちは、残されたまま、それぞれの考えを巡らせていた。
「……いや、いきなり新曲って言われてもさー」
なちが頭をかきながら、ぼやくように言う。
「普通、作詞作曲ってプロの仕事じゃないの? え、私たちがやんの?」
「曲自体は、我が軍勢の配下が作るのでは無いのか?」
イリスに対し、せいあがタブレットを操作しながら答える。
「はいはい、軍勢ですね。作曲家さんにお願いするとしても、コンセプトとか歌詞のテーマは、私たちが考えなきゃいけないですね」
「つまり、テーマ決めが最初のミッションってわけね」
すばるが腕を組み、思案する。
「じゃあさ……」
凛があれこれと意見を出し始める。
「でも、それですと……」
あまねも意見を重ねる。
議論を重ねても答えは出ない。
各自でのアンケート分析を宿題に、この日は解散となった。
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数日後────
『ライブ感を出すには?』
それだけが表示され、他は真っ白な資料。
全員がそれを見つめながら考え込んでいた。
『次こそはライブ成功してほしいな!』
『いや、マジでVRライブおもろかったw』
『あのパフォーマンス、機械みたいだったけど、逆にそこがいいんじゃね?』
『なにこれw ある意味、新しいアイドル像かもしれん』
「……ねえ」
みあが、ふとつぶやく。
「前のライブ、微妙だったって声もあるけど、意外と楽しんでくれた人もいるみたい」
「あ、私もそれ読んだ。でも、例えばどれ?」
なちが顔を上げる。
「これとか」
みあは、軽く手を振りながら、コメントをスクリーンに映し出した。
「あ、でも……」
『なんか、機械みたいに完璧で、それが逆に面白かった』
『でも、もうちょっと熱量ほしいかも?』
『なんか、存在感が希薄っていうか……画面の向こうの人形みたいだった』
「うーん……厳しい」
凛が腕を組みながら、考え込む。
「悪く言えば、“ライブ感”がなかった。でも、良く言えば“新しいアイドル像”?」
「機械みたいに完璧って、たぶんもこのことじゃない?」
凛が少し茶化すように言うと、もこは一瞬きょとんとして、すぐに冷静な表情に戻った。
「……私は、振り付け通りに踊りました。それが“正しさ”だと思っていました」
「うん、でもさ」
みあが、アンケート表示を指で弾く。
「必要なのって、"一緒にいる"って思ってもらえることじゃない?」
静けさが会議室を支配する。
「それ、いま、めっちゃ大事なこと言ったかも」
静寂を破り、なちが手を叩く。
「だってさ、ライブって、音楽とかダンスだけじゃなくて、“その場にいる”っていう空気があるわけじゃん?」
「うん。だから、VRでもそれを感じさせる必要がある」
すばるが頷く。「単なる配信じゃなくて、空間を共有する感覚」
「じゃあ、歌詞の方向性としては?」
せいあが画面を操作しながら確認する。
「会いたい。でも、会えない。だけど、ここにいる」
もこが冷静に言葉を並べる。
「……それって、どうやって伝えればいい?」
ちいかが、少し悩んだ表情で言う。
「うーん……」
答えはまだ、霞んでいて遠い。
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翌日────
『“会えない”をどう表現する?』
少しだけ内容が付け足された資料。
進捗は以前芳しくはない。
「……なんか、方向性は見えたけど、結局どんな曲にするかが決まらないね」
凛が椅子にもたれながら言う。
「会えないからこそ、想う気持ちを伝える? それとも、会えないけど楽しいみたいな方向?」
なちが続ける。
「うーん……」
すばるが思案しながらタブレットの画面を見つめる。
「なんか、会えないのをただ悲しむだけの曲にはしたくないよね」
「それはそう」
かなでがぽつりと呟く。
「“会えない”って言いながらも、それでも好きっていう気持ちが伝わるようにしたい」
ちいかが上を向きながら思いを馳せる。
「そう、それです!」
せいあがタブレットを操作しながらデータを整理する。
「“会えないけど、推しはいつもここにいる”ってメッセージを込めるべきかも」
「……なるほど」
すばるが頷く。
「アンケートのここにも……」
「でもさー……」
「ふむ、ではこれではどうだ?」
……朧げだが見えてきた、輪郭が定まり始める。
あと少し。
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また数日後───
『曲名を決めちゃおう!』
テキストボックスが散りばめられた資料。
整理はされていないが、様々な意見と考察が書き込まれている。
「……さて、曲名だね」
なちが、腕を組みながら、全員を見回す。
「うーん……」
すばるが考え込む。
その時。
「“拝啓、推しに会えません!”」
まりあが、静かに言った。
全員の視線が、まりあに集まる。
「拝啓、推しに会えません……?」
すばるが、ゆっくりと繰り返す。
「“拝啓”って、ちょっと手紙っぽくて、距離を感じるけど……」
せいあが呟く。
「でも、それがいいんじゃない?」
みあが、優しく微笑んだ。
「会えない。でも、こうして想いを届ける」
「……アンケートで、良いことあるの嬉しかったもんね」
なちが、小さく笑った。
かなでも脇で頷く。
『“拝啓、推しに会えません!”』
「いいじゃん、それ!」
凛が、拳を軽く打ち合わせる。
「でも、楽しく、少しふざけた感じにしたいな。お涙ちょうだいは嫌かも」
会話が加速していく。
“会えない”は、もうネガティブじゃない。
画面の向こう側ではなく、傍にいる。
それを伝えるために、私たちは歌う。
───彼女たちの想いが、言葉となり紡がれていく。
その言葉たちは一つの塊となり、物語として昇華されていった。
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