忘恩の願い
石名佑菠
プロローグ
耳に響くおぎゃあおぎゃあという声。
生まれたばかりの小さな命が、責任という名の罪を母へ突きつけている。
ほんの数時間前まで、腹の中にいた人間を腕に抱えながら、アリア——渡貫空梨愛は途方に暮れていた。
産まれた。産まれてしまった。
感動に満ちるはずの時間に、アリアはただただ不安だった。
この子には、父親がいないのだ。
ずっしりと腕にのしかかる小さな命に、新たに母となった女性は感動よりも困惑を覚えていた。
これからどうしていけばいいのか。
この子を、自分が育てていって良いのか。
施設。里親。養子。そんな言葉が頭の中を通り過ぎていく。それが最善だと、理性が主張している。一方で、子どもを抱く腕の重みと、手のひらに感じる温もりは「手放したくない」という感情を呼び起こしていた。
親の責任。産んだ責任。育てる責任。責任、責任、責任。
自分にそれが背負えるものか、アリアには全く自信がない。責任を持てないなら産まなければいいのにと、他でもない彼女自身がことあるごとにそう思ってきた。
無責任だ、自分勝手だ、甘ったれだ、人のせいにするな。
アリアが、かつて母親に投げた言葉が今、すべて返ってきている。
息子を抱く腕に力を込めた。
——自分は、母とは違う。
そう思えば、その通りだと思えてきた。子どものことを何も考えない、あんな女とは違う。反面教師にすれば、自分は必ずいい母親になれる。
今日、産声を上げた小さな命。その親は自分だ。自分なのだ。
強く頷き、アリアは息子の顔に目を落とした。
名前。
名前を考えなくては。
アリアの名前は、語感でつけられたのだという。「かわいいから」というそれだけの理由で、漢字は本当に適当に当てられた。
名付けた母自身が、そう言っていたのだ。
恥ずかしい名前。アリアは自身の名をそう思っている。だからこそ、息子には普通の名前をつけてあげるのだと決意した。
しかし。
アリアはふと首を傾げる。
普通の名前とはなにか、まずそれがわからなかった。
男の子の名前と言えば、何があるか。
たける、たけし、けんた、さとる、さとし……浮かぶ音はいくつもあるが、どれもピンとこない。太郎という名も浮かんだが、さすがにないと頭を振った。
思案し続ける彼女の頭には、もっとも信頼するアカウント名が浮かんでいた。
*
『ユニレスの相談室』
・気になったこと、困っていることがあったらなんでもコメント欄に書いてください。時間はかかるかもしれませんが、必ず全て回答します。
@antnia01
ユニレスさん、こんにちは!
今日は、大事な相談があります。実はこのたび息子を出産したのですが、名前が決められません。私自身の名前がちょっと変わっているので、息子には普通の名前をつけたいと思っているのですが、いざ考え始めると何がいいのかわからなくなってしまいました。
それで、ユニレスさんにいい名前を考えてほしいんです!
お願いします!
@Yuniless22
アントさん、こんにちは、いつもありがとうございます。
まずは、ご出産おめでとうございます。
息子さんのお名前ですね。
普通の名前がいい、とのことですが、普通というのは案外難しいものですし、まして子どものこととなれば、悩んでしまうのも当然と思います。
あきら りつ つかさ けいた とうま
このあたりなど如何でしょうか。漢字はアントさんの願いを込めて、あなたが選んであげてください。
出産という大きな出来事、アントさんも息子さんもお疲れ様でした。今はゆっくり休んでくださいね。
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