◇ 俺がビルドした最適フラスコ


 錬金術に使う道具を『錬具れんぐ』と呼ぶらしい。



「フラスコだぁ? あんた、錬具れんぐは錬具屋だよ」

「……ですよね」


 かっかっか、と露天商の男は気持ち良さそうに笑った。


 この男と話すのはこれで三度目だ。名前をきくと、彼はダリオと名乗った。

 ダリオの店では、素材とアイテムしか扱っていない。まぁ、店先の商品を見ればそれくらい察しはつくのだが、一応聞いてみただけだ。


 むしろ俺の目的は”こっち”を聞き出すことにあった。


「ダリオさんの目から見て、信用できるお店ってどこでしょう」


 ダリオは信用できる。信用できる男から別の筋を探るのが、異世界を生きる処世術。


「そうだなぁ」


 無精髭を撫でながら、ダリオは仲間の露店の場所を教えてくれた。


 ついでに水を二杯買い取ってもらう。水を手放す瞬間はやはり少しブルーになった。


「毎度ありがとうな。また来いよ!」





 店を変え、フラスコを見せてもらった。


 店先には錬金術に使う道具がズラリと並んでいる。

 フラスコひとつ取っても形もサイズもバラバラだ。触るのは高校の化学以来で、ほとんど記憶から抜け落ちていた。錬金釜も種類豊富で、ひとつひとつ模様が違った。


 ──にしたって「スロット」ってなんだ?

 ビー玉サイズの妙な穴が空いてたり、物によっては「付加効果」や「容量拡張済」なんて説明書きまである。いやあ……これはチュートリアルが欲しい。


「お客さん、錬具れんぐは初めてッスか?」


 店主の声に顔を上げると、その人は女性だった。髪をヴェールにしまっていたので、声を聞くまで気づかなかった。露店通りには何度か来たが、女性の商人は珍しい。


 一瞬、目を疑った。彼女のローブは前が大きく開き、その下は水着同然。布地は最小限で、胸元には深い影が落ちている。俺は視線を戻すのに、ひどく苦労した。


「……あ、はい。ダリオさんの紹介で来ました。知り合いにフラスコをプレゼントしようと思ってるんですが、オススメはありますか?」



 話を聞くうちに俺の方がハマってしまった。


「へぇ、じゃあこのスロットには【叡智えいち】の珠玉を入れたら共鳴が強まるんじゃないか?」


 やばい。楽しい。

 俺は緑色のたまをフラスコの首(窄んだところ)のリング(まるで首輪だ)にはめ込みながら、ほとんど独り言のように話していた。


「……お客さん、本当に初めて……?」


 店主が怪訝そうに眉をひそめていた。しまった、熱くなりすぎたか。


「はは……昔からこういうのが好きで……。最適化作業というか、こういう作業にもついを求めちゃうんですよ」

「へえ」


 俺が言った『芸術』という言葉に、店主は少し目を見開いた。


「なかなかの”ツウ”がきたみたいっスね」


 道具屋の女店主が袖を捲り上げたのを見て、元SEの俺も負けじとローブの袖を捲り上げた。それから俺たちは三十分ほど話し込んだ。



「また来るッス、ユーリ!」

「あぁ、また頼むよ」


 彼女の名前はターニャ・ルシェリナ・22歳。話しているうちに意気投合してしまい、俺は自然と砕けた言葉を使うようになった。


 気づけば銀貨を十枚もはたいて錬具れんぐ一式を揃えてしまった。フラスコだけじゃなく、ビーカーや精密計量器、薬品を混ぜる”棒”までセットだ。

 さすがに棒にスロットは付いていないが、材質には拘る必要があった。


 この世界の錬金術は、『医療』、『兵器』、『饗宴きょうえん』、『造物』の四つの分野に大別されるらしい。

 『饗宴きょうえん

 ──これは以前エカリナが狼肉の鮮度を高めたような、料理・食材の錬成に特化した分野だ。

 『造物』

 ──この分野では雑貨や家具などを創る。時にはぬいぐるみやベッド、本棚まで創り出すのだとか。


 俺なら『造物』の道に進むだろうな、と思った。

 でもアリョーナはまず間違いなく『医療』の道を目指している。……と、思う。


 なので薬品を混ぜる”棒”についても、薬草の持ち味を損なわない自然加工されたものを選んだ。



 ターニャに相談しながら、フラスコは次のようにビルドした。

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・スロット1:[叡智]

・スロット2:[幸運]

・スロット3:[防爆]


 [叡智]で完成物の回復量をほんのりと高めることができる。


 [幸運]は通常あり得ない素材の組み合わせから、新たな合成物を誕生させる可能性を上げる”サプライズ珠玉”だ。アリョーナはオリジナルレシピを開発していると言っていたので、喜んでくれるだろうと思った。


 さらに[幸運]は、[叡智]と組み合わせることで、純粋な調合成功率をわずかに上げることが出来るそうだ。


 最後は[防爆]。素材が反発した際の調合爆発を防ぐことができるという。これは外せない。

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 出来上がったフラスコは、ターニャによって【星運守瓶せいうんしゅびん】と名付けられた。その名の通り、フラスコは星形をしている。丸底でも、三角でもない、星形。五種類の液体を、術者の意図する精確なタイミングで混ぜ合わせることができるという。


「……アリョーナ受け取ってくれるかなぁ」


 残る問題はそこだが、まぁ置いておけば使うだろう。


 ちなみに錬金釜は買わなかった。野球でいうバットやグローブのように、特別な愛用品のように思え、勝手に買うのは気が引けたのだ。





 ショルダーバッグが重い。歩くとガシャガシャ音がする。

 星形フラスコだけは自分で持ち、俺はニヤニヤと眺めながら露店通りを歩いた。


 ふと、古本を並べた露店が目に留まり、図鑑コーナーを物色することにした。思った通り、モンスター図鑑が存在した。アリョーナのアトリエへの移動手段として、乗れるモンスターを研究するつもりだ。


 買いたかった物が一通り揃う。

 アリョーナのアトリエには今日も裏ルートで行くことにした。

 一度宿屋に戻り、パンと茹で卵を受け取ってから、俺はスラムに足を向けた。



「ユーリじゃないか」


 スラムエリアに入ってすぐ、仮設兵舎の前でヴァレンを見掛けた。背の高い金髪の男と一緒だった。ヴァレンの声に、金髪の男も振り向いて俺を見た。腰に細長い剣を帯びている。


 そしてこの後、この金髪との間で少々厄介なことが起きる。

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