深夜1時の背徳フルコース

星名柚花

第1話

『夜20時以降に食事をすると太りやすくなる。

 夕食の時間が遅くなるようなら食物繊維やタンパク質を意識し、脂質、糖質、アルコールはなるべく控え……』


 至極真っ当な綺麗事が書かれたスマホ画面を、私は鼻で笑いながら放り投げた。


 500ミリリットルの缶ビールのプルタブを引き開け、一気に煽る。

 キンキンに冷えた黄金色の液体が舌を包み込み、微細な炭酸がシュワシュワと弾ける。

 ほのかな苦味と麦の甘みが絶妙に絡み合いながら喉を駆け抜け、ああ、この瞬間を待っていたのだと身体が喜びに震える。


「あーっ……これこれ。このために生きてるようなもんよね、ホント」


 ビール缶をテーブルに置き、目の前に広げたコンビニの戦利品を眺める。

 ポテトチップス(大容量)、チョコ(これもデカい)、唐揚げ弁当(大容量)、チーズケーキ(さすがにホールではない)。

 深夜1時。ワンルームのアパートで私は一人、爆食いの準備を整える。


「はぁ……クソ部長め……」

 今日も最悪だった。ほぼ完成していた企画書が部長の気まぐれでボツ。

 何時間もかけた資料は、「これ、やっぱり方向性が違うね」の一言で消え去った。

 さらに、「君さぁ、もう少し先を読めるようにならないと」なんて偉そうに言われた。

 だったら最初から方向性くらい決めておけっての!


 私は怒りを込めてポテトチップスの袋を思いきり破り、三枚まとめて口に放り込む。


 バリッ、バリッ、バリッ。

 噛みしめるたびに、パリッとした食感と濃厚な塩気が口いっぱいに広がる。

 香ばしいじゃがいもの甘みがじわっと滲み、指先に残る油まで愛おしい。


 ポテトチップスの大袋を空にして、次に手を伸ばしたのはチーズケーキ。

 パックを開けると、ふんわりとした甘い香りが鼻をくすぐる。

 スプーンでそっとすくい、口に入れる。


「……んんっ、幸せ……」

 舌の上で溶けるような滑らかな口どけ。

 クリームチーズの濃厚なコクと程よい酸味が絶妙なバランスを奏で、ふわっと広がるバターの香りが後を引く。

 甘さに包まれる瞬間、今日のストレスが一瞬だけ遠のく。


 次は……唐揚げ弁当だ。

 ふたを開けると、熱々の湯気とともに、スパイスの効いた香ばしい匂いが部屋中に広がる。

 割りばしでひとつつまみ、ガブリとかぶりつく。

 衣のサクサク感を破ると、じゅわっと肉汁が溢れ出し、鶏肉の旨みが口内を満たす。

 醤油とニンニクの風味がしっかり染み込んだジューシーな味わい。

 米をかきこめば、甘辛いタレが染みたごはんが唐揚げの旨みをさらに引き立てる。


 ……これはもう、ビールが進むに決まってる。

 缶を手に取り、もう一口。炭酸の爽快感が脂っこさを一気に流し去る。


「はぁ……ほんっと無理……」

 ブツブツ呟きながらチョコの袋を破き、一塊を指でつまんで口に運ぶ。

 脳が酩酊するような甘さが口いっぱいに広がって、乾いた心が満たされる。


 明日もまた、仕事がある。

 数々の理不尽に耐え、無駄な会議に出て、意味のない書類を作る。


 今日だけ。

 今日だけ爆食いして、明日から頑張る。

 そう、これは一夜限りの過ちなのだ――そう言い続けて、もう何日目になるだろう?


(終)

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深夜1時の背徳フルコース 星名柚花 @yuzuriha

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