第10話「やる気だ……!」
「これより第五試合、ぺるしVSろっこのシングルマッチを開始いたします!」
アナウンスが流れると、照明が消え、歓声が上がった。
その声は、とうか達がいる控室にまで響いた。
前座が終わり、ここからはスター選手達が続々と登場する。
会場の期待は大きく膨らんでいた。
――――♪――――♪♪
優雅なクラシック調のテーマソングが響く。
リングに向かうのはろっこ。
緑のロングヘアに知的な眼鏡、黒のスクールカーディガン。
地味な雰囲気にあどけなさを残しつつ、意外にもメリハリのあるスタイル。
魔導書を携え、涼やかな眼差しの奥に静かな闘志を秘めながら、一歩一歩、凛とした姿勢で歩を進める。
――その姿は、まるで「風紀委員長」。
続いてぺるしの入場。
―^♪―^^♪―♪―♪^^―^^^♪
ラップ調のテーマソングに合わせ、軽快にリズムを刻みながら、余裕たっぷりに歩みを進める。
マイクを握り、口元には大人をからかうような笑み。
「お兄さんたち♡またぺるしを観にきたのぉ?」
挑発的な赤い髪。幼い体形に似つかわしくない、バッドガール全開の大胆なコスチューム。
唇にくわえたキャンディを、わざとらしくチュパッと鳴らしてみせる。
――いわば「ナマイキちゃん魔法少女」
そう——キャラクター。
彼女たちは「キャラクター」なのだ。
(それはわかっていたはずなのに……)
ぺるしはリングインしてもなお、テーマソングに合わせてラップを口ずさみ、肩を揺らしながらぐるぐると練り歩く。
時に観客を挑発し、時にろっこに近づき煽りを入れる。
たっぷりと時間を使って自分を売り込む。
ろっこは、ただ静かにコーナーマットにもたれ、冷静にぺるしの動きを見据えている。ひと時も目を逸らさず、心の奥で闘志を練り上げる。
「あんたの下手な歌、聞きにきたんじゃないわよ!」
女性客の野次が飛んだ。
「おれは好きだぞ~!!」
男性客がやりかえす。
そんなやりとりに会場から笑いが起きる。
テーマソングがフェードアウトし、スポットライトがリングを包みこんだ。
眩い光の中に立つのは、ぺるしとろっこの二人だけ。
静寂。
観客の視線が二人に集中する。
その視線に応えるように、リングアナのコール。最初にろっこ、そしてぺるし。
コールのたびに歓声は高まり、静寂は熱狂へと塗り替えられていく。
「
無機質な機械音声と共に、リング中央に魔法陣が浮かび上がり、二人の体が発光した。マギア×ノクスの選手たちは、試合前に強力な肉体強化魔法を施されている。
その魔法が、今まさに解禁されたのだ。
カァァァン――――!
歓声の中、ゴングが鳴った!
リングの中央で向かい合う、ぺるしとろっこ。
ぺるしは余裕たっぷりにステップを踏み、軽快なリズムを刻む。
――刹那。
ぺるしの体が弾かれたように真横に消えた。
一瞬の跳躍。わずか一拍のうちに、ぺるしはゆうに2メートルを移動し、そこで再びステップを踏んでいた。
(は、速っ……!)
無詠唱魔法――。
「ウィズアーツ使い」が最も得意とする技術。
彼女たちは詠唱なしで即座に発動できる魔法を駆使して、超人的な戦闘を繰り広げる。他の魔法と違い、その能力は術者自身の適性に大きく左右される。
高速移動は、彼女たちにとって最も基本的な技術のひとつ。だが、ぺるしのそれは、もはや瞬間移動の領域だった。
しかも——
(こんなに簡単にやれるものなの……?)
ぺるしは、さも遊んでいるかのような態度のまま、難なくそれを繰り返し、リングを右へ左へと飛び回る。
キャンディの棒を口元に咥えたまま、「ふふん♡」と挑発的に笑うぺるし。その仕草ひとつひとつが、あまりに余裕に満ちている。
(わざと見せつけてる……!)
挑発的な表情、視線、動き。ただ速いだけではない。自らの「キャラ」を最大限に演出するパフォーマンス。
気づけば、客席もぺるしのリズムに飲まれつつあった。
一方、ろっこはまったく動じない。微動だにせず、ただ静かに、ぺるしを見据えている。
(冷静……)
ろっこが得意とするのは”競技ルール”のような堅実で緊張感のある戦い。
魔法弾がメインで、派手な魔法は使わない。
遠距離から魔法弾でじわじわと相手を削り、懐に入られたら隙の少ない打撃で追い払う。
常に安全を確保しながら相手を疲弊させ、最後は
まさに『ウィズアーツの教科書』そのもの。
(ろっこ先輩は”理詰め”で戦う委員長)
――地味だけど、それがキャラとして確立してる。たとえ、試合の流れが決まっていたとしても——
(ろっこ先輩、勝つつもりでいる……?)
とうかは、ろっこの真剣な顔を見れば見るほど、そう思えてくる。
――その時、ろっこが動いた!
最小限の動きで両手を構え——
ババッ!!!!!
連続で魔法弾を撃ち放つ。
ぺるしの動きに合わせて、魔法弾がピンポイントに撃ち込まれていく。まるで逃げ道を封鎖するかのように、ぺるしの行く手に次々と魔法弾が送られる。
(正確……!?)
――いくら打ち合わせしたからって、こんな事できるものなの?
とうかや観客は、次々に放たれる魔法弾を目で追うのがやっと。だが、ぺるしはそれをただ避けるだけでなく、的確に
とても人間技とは思えない――。
――ろっこの瞳が僅かに鋭くなった。
ろっこは魔法弾の軌道を微妙に変え、低速弾を織り交ぜ始める。
いくつかの魔法弾の弾道が波打つように揺れ動き、速度の緩急が巧みに付けられていく。
その精緻な攻撃に、捌きの難度は一気に上昇。前進するぺるしの動きが止まり、ジリジリと後退させられていく。
不満げに表情を歪めるぺるし。
「っざいな、もうっ!」――ぺるしが跳んだ。
強化魔法をまとった超人的な跳躍。
魔法弾を飛び越え……、ろっこに向かって急降下。
膝で顔面を狙っていく!
「
対するろっこ――
体をひねり、ぺるしの膝が届くギリギリのタイミングで——鋭いカウンターの掌底を突き出した!
「
キィィンッ!!
乾いた音が響き渡る。魔力と魔力がぶつかる独特の衝撃音――。
まるでバットで打ち返されたように、ぺるしが空中に吹き飛んだ。
(決まった!?)
とうかは思わず前のめりになる。
でも、すぐに気づく。
(……違う!)
ぺるしは吹き飛びながら、冷静に地上を睨んでいる。
そして——
フワッ
まるで空気を掴むように、ぺるしの体が減速した。
空中での制動魔法——ぺるしは空中に浮いたまま、体勢を立て直すと、余裕の笑みを浮かべる。
「あっぶな♡ざこいいんちょのクセにそんな事する?」
――そして
「しかたないなぁ♡すこしあそんであげる♡」
その言葉、表情とは裏腹にぺるしの手が、忙しく印を結び始めた。
(……詠唱魔法!?)
とうかの脳裏に、二人の打ち合わせが蘇る。
『――遠距離戦にじれたアタシが詠唱魔法にいく』
まさに打ち合わせ通りの展開――。
【時空の頂に座す覇者よ。我が声を聞け……】
詠唱が響くと同時に、ぺるしの手元で印が淡く光る。
ろっこは即座に魔法弾を放ち、詠唱の妨害を試みる。
バシュウ! バッ! バッ! バッシュウッ――!
だが、ぺるしは右手一本で魔法弾をいなしつつ、左手で印を結びながら詠唱を続ける。
【鏡の扉に揺らめく千と二百と八十の刻印を解き放て……】
詠唱魔法は、無詠唱魔法とは比べ物にならない威力を誇る。
だが、詠唱に時間がかかりスキが大きすぎるため、”競技ルール”では滅多なことでは成功しない。
一方、互いの”協力”が成り立つマギア×ノクスにおいて、それを成立させること自体は容易い。
しかし、だからこそ「リアルに見せる」のは至難の業――。
詠唱魔法を扱える事——それは一流の『魔法少女』の証でもあった。
(ぺるしさん、やる気だ……!)
とうか、そして観客の視線が集中する中、ぺるしの詠唱は続く。
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