第3話「ぜったい夢をかなえてみせるっ!」

 年代物の無骨な飛空艇。

 そのタラップに、とうかは立っていた。 

 ふわふわと揺れるピンクの髪。

 荷物をぎゅっと抱え、目をキラキラさせながら見あげる。 

「……ここが、わたしの生きる場所」 

 そう呟くと、意を決したように一段、また一段とタラップを登り始める。


「ぜったい夢をかなえてみせるっ!」

 艇内に足を踏み入れた瞬間、大きく掲げられた看板が瞳に飛び込んできた。

 剥き出しの配管。低く唸りを上げる魔導装置マギア・ギア錬金機工アルカ・バンドル。そんな機械仕掛けのフネに不釣り合いな木製の看板。

 そこには、流れるような筆致で、こう刻まれていた。


 『魔導闘技ウィズアーツ道場マギア×ノクス』


「今日からお世話になりますっ!」

 看板の下の開き戸を開ける。

 そこは道場。トレーニング機器、マット、そしてリング。

 とうかは深々と頭を下げると、大声で自己紹介を始めた。


「とうか14歳です! 」


「――えっと、推しは絶対みゆてさん!!趣味はクッキー作り!特技は犬のものまね! 好きな料理は……」

 その瞬間。

 ドン!――横から何かを蹴飛ばす鈍い音。

 とうかはビクッと肩を震わせ、顔を向ける。


「うるさい。とびら、しめて、はやく」 


 とうかの視線の先に佇む声の主――それは、あの憧れの魔法少女、みゆてだった。

 (……信じられない)

 ――あの夜、舞台ライブで見た天使な仕草、可愛らしい声、熱い瞳……。あれは一体どこに?目の前にいるみゆてさんは、まるで別人のように冷たくて、怖い。

 (あやまらなきゃ!)

 そう思ったとうかが恐る恐る近づこうとしたその時――

「おっ? こんな田舎からとは珍しいじゃねえか!」

 明るい声がとうかを呼び止めた。

 そこにいたのは、あの夜、バットを持って大暴れしていた暴漢――かげみだった。


 ヘカトンケイルかげみ 18歳

 「極道魂を持つ」。

 恵まれた巨体を生かした豪快な投げ技、"百の凶器を使いこなす"と謳われる多彩な反則攻撃。

 「マギア×ノクス」を縦横無尽に暴れまわる「最狂悪役マッド・ヒール」。


「でけえ声で挨拶できるのはいいことだ! お前、元気あんな!」

 かげみはニカッと笑って手を差し出す。

 (試合は怖いのに……普段は優しい人?)

「あ……ありがとうございます!」

 とうかが慌てて握手を返すと、かげみの横にいた美人がはんなり呟いた。

「新人さん?そない気張らんで、気楽にやりよし」

 (嘘?もしかして、けいなさん?)

 こんな綺麗な人だったの!?

 試合では眼帯をして、特殊メイクだから気づかなかった――。


 バジリスクけいな 18歳

 リングに悪の華を咲かせる「ビジュアル系」。

 狡猾な試合運び。マイクを使ったエグすぎる言葉の暴力。

 誰が呼んだか「闇夜ノ監獄姫」。団体随一の「利己主義者エゴイスト」。

 かげみとの極悪タッグで「マギア×ノクス」を血に染める。


 (ビジュアル系なのに素顔ははんなり系?……安心感、神かも)

 夢にまで見た「マギア×ノクス」のスター達を前にして、どぎまぎしてしまうとうか。

 みゆては、そんな三人のやり取りを一瞥もせず、ベンチに腰を下ろし、額の汗を手首で拭う。

 周りにはダンベル、グリップ、チューブ、様々なトレーニングギアが散乱している。


 突然、木刀を持った“ちびっこ“が金髪をなびかせながら勢いよく入ってきた。

「よーし!全員揃ってるな!」

 一際小さな身体で、堂々と辺りを見渡す。

 そして、とうかを見つけると――

「おっ、来たな田舎娘!」

 ニヤリと笑いながら声を掛けた。

(マーヤ……!)

 とうかの背筋が自然と伸びた。思わず、唇をきゅっと引き結ぶ。

 とうかを見たマーヤが、ふと首を傾げた。

「ん?髪の色、変えたのか?」

 とうかはぴょこんと肩を跳ねさせる。

「あ、はい! その、ちょっと気合い入れたくて……!」

 はねっ毛を気にして、あせあせと撫でつける。

 かげみがとうかに小声で囁いた。

「お前、マーヤさんの知り合いか?」

「えと、あの、それは……」 

 ――知り合いというか、なんというか。 

 マーヤさんは……

 あの夜、いきなり押しかけたわたしを「入門テスト」してくれた”カミサマ”だ――。


 運命のあの夜――


 興行イベントが終わっても、とうかは会場を離れず、撤収スタッフに必死に食い下がっていた。

 とうかは、辺境ヤクモの村で育った14歳。

 ヤクモの村は、はっきり言って底なしの田舎。田舎そのもの。だから、憧れの「マギア×ノクス」が村にやってくると知った時、とうかは運命に震えた。 

 (今しかない……!) 

 自分にとって、都会へ出て入門テストを受けるのはハードルが高すぎる。これはもう禁断の選択肢『押しかけ入門』しかない。そう決めたのだ。


 ――結果は速攻で門前払い。


 だが、とうかは諦めなかった。

 次にマギノクがやってくるのは一年後?二年後?もしかしたら、こんなクソ田舎、もう二度と来ないかも!

「入れてくれるまで帰りませんっ!」

 必死に喰らいつくとうか。


「なんか面倒なのがいるな!撤収の邪魔だ!帰れ!」

 唐突に響いた声に、とうかは驚いて振り向いた。

 小さな体に、不機嫌そうなつり目。

 背中まで伸びた金髪を揺らし、堂々と腕を腰に当てる。足を開いて立つその仕草は、生意気な子供そのもの。

 まさか、こんな小さいのが「マギア×ノクス」のだとは思いもしなかったとうかは――

「あっちに行ってて!」

 思わずマウント。強い口調で言ってしまった。

「誰か!コーチとか監督さんはいないんですかっ!」

 周りのスタッフはクスクス、ニヤニヤ。

「……私が、そのコーチなんだが?」


 とうかは絶句した。

 ――最悪!

 これ……完全に運命フラグ折れたよね?


 しかし――

「なんだ?お前、入門希望か?」

「は、はいっ!マギノクが大好きで、みゆてさんを尊敬してて……!」

「わかった。……じゃあ、ここで入門テストしてやる。ダメだったら、大人しく帰るんだ」

 マーヤの予想外の言葉に、とうかは心の中で小躍りした。


運命フラグ復活――――!?)


 とうかには自信があった。

 幼いころから魔力測定はいつも学年トップ。

 素人ながら、体力トレーニングも独自に積んできた。

 (やる……!絶対に!)

 だが――

「コインの裏表を当てられたら合格だ」

「……え?」

 とうかは呆気に取られた。

「そんな……なんで?」

「文句あるのか?悪くない条件だろう」

 ――いつの間にか集まっていたヤジ馬たちもざわめく。

「なに?コインで決めるの?マジで?」

「いやいや、あり得ないだろ」

「でも、運も実力のうちって言うよね」

「運命のニブイチ!アッツいで!」


 とうかは混乱しながらも、目の前のマーヤを見た。

「冗談、……ですよね?」

 マーヤの表情は真剣だった。

「さあ、選べ――」

 そう言うと、マーヤは懐からコインを取り出し、高く弾くように投げた。


 (えっ!あっ!あ――?!)


 ――表?

 それとも――裏?

 それを言った瞬間、わたしの運命が決まる。

 ――決まってしまう!

 嘘でしょ?

 わたしの人生が。こんな運試しで。 

 嫌だ! 

 とうかは空中のコインに全神経を集中させた。

 (――せめてっ!ギリギリまでコインの裏表を見極めてやる!)

 裏・表・裏・表・裏・表・裏・表

 運命のコインがキラキラ回転しながら――地面に落ちる。

 (え?……これって――)

 瞬間、とうかは叫んだ。

「――――りょ、両方ぅ!!!!」

 ――カツンッ

 場が静まり返る。


「……お前の勝ちだ」

 わずかに魔力を帯びたコインは、まるで意志を持つかのように、地面の上で直立していた。


「事において後悔せざるを肝要と知るべし……」

 マーヤはニヤリと笑い、続けた。

「相手の動きを見れないやつ、読めないやつは、腕が良くてもモノにはならん。まして、自分の未来を運に任せるやつなんかお呼びじゃない」

 放心するとうかの肩をマーヤは軽く叩いた。

「三日後、道場に来い」

 とうかの運命は、その瞬間、大きく動いた。

 マーヤはスタッフに「一人くらい増えても問題ないだろう」とだけ告げると、踵を返した。

 ――まるで、最初からすべて決まっていたかのように。


(あの人は、ただのコーチじゃない……)

 マーヤの言葉一つで、とうかの未来は変わった。

(もし”カミサマ”が本当にいるのなら――きっと、こんな風に世界を動かすんだろうな)

 偶然なんかじゃない。

 もっと強く、もっと確かに、自分を導いていく存在。

 とうかは、その小さな背中を見えなくなるまで見つめていた。

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