第26話 次元の違い

 すると、呼び出しに応じた一人の生徒が前に出る。


「このテオドル・ロッツェンが適任だってんでしょう、何をすれば?ルドルフ先生」


「ふム、ではカグラ流の第一出力と第二出力の代演を願おう」


「了解ィ」


「それでは、刻印の出力について説明しよう、ではテオドル君、『強化』を見せてもらおう、まずはそのままにこの強化壁きょうかかべに全力の一撃を打ち込んでもらおう、ここに訓練用のカグラ流刻印が入ったこん棒がある、これで頼む」


「えぇ……『強化』なしですかぁ。いいっすよ、わっかりましたァ!」


 テオドルという生徒が腕をまくり、大きく振りかぶり、力任せに棍棒を打ち付けると、ガキィン!という音とともに訓練用衝撃吸収強化壁くんれんようしょうげききゅうしゅうきょうかかべがわずかにへこむ。


「うひー、いちち……」


 あれだけの衝撃を打ち込んで反動がそこまでないとは……。全力を出していながら攻撃の所作に秘密があるのだろうか。


「ほウ、これは強化込みでは、どうなるかわからないな、では三枚重ねとしようか、ここに打ち込んでもらおう」


「そんじゃ。あ、でもこれ、ですよね?折れたりしたらすんません」


「問題ない、思い切って振り抜いて構わない」


「わっかりました」


「装具はたすきと小手で構わないかね?」


たすきだけでいいすよ」


 そう言いながら腕に肩に胴にと、独特なたすきの巻き方をしながら、3枚合わせのに近づいてゆく。カグラ流の生徒はの前に立つと片腕で棍棒を振りかぶる。


 ――ここだ。


 と思った瞬間にたすきの刻印がキラッと光り、それに続くように打撃が繰り出される。


 右肩から放り出されるように振り下ろされた棍棒はギュオッという風切り音を出しながらにぶつかると、


 ――ッガアァン!!という音と共に、地面に固定されたは、根元からググッと奥にひしゃげた。


「ッチィィィィ!いけると思ったんだけどなぁー!」


「うム、それでも十分な火力だよ、テオドル君。さて、諸君、今のがカグラ流の第一出力、『強化』だ。使用者の元々の身体能力を増幅し、繰り出される攻撃を文字通り強化する。世に名高い戦士にカグラ流が多いのは、火力の底上げが用意だという点が、戦場において汎用性が高いからだ。では続いて、第2出力。」


「おっしゃあ!……っすぅーーーー……、はーーーー……」


 目を閉じ、深呼吸し、なおも深めに腰を落とし、集中を高める。実に良い入り方だ。


 カッと目を開くと、今度はこん棒の刻印がキラッと光る。第一出力よりもはっきりとしたそれをこん棒が3倍近くに大きくなる。


「さぁーてぇ、いくぜぇ!」


 大きくなったこん棒を左手に持ち、引きずるように壁の前まで持ってゆくと、間合いに入ると壁に背を向けながら両手に持ち換え、その体勢から左足を壁の方へと送りながら踏み込んだ瞬間、その大きなこん棒はぐにゃりと曲がったかのように残像を残しながら、ひしゃげた壁に向かって振りぬかれた。



 ――ッドガアアァァン!という轟音ごうおんを響かせた直後、根元から吹き飛んだだった塊が演武場の壁に打ち付けられていた。



 ………………



 あまりの威力に周囲の人間は唖然あぜんとしている。無理もない。これがカグラ流の本域。使用者の身体能力を底上げし、扱う武器の火力も引き上げる。まさに鬼に金棒と言った能力だ。



「うム。流石カグラ流の火力だな。してテオドル君、第三出力はまだだね?」


「はい、まだその入り口にも立てていなくて」


「気にすることはない。この学院で多いに学び、成長したまえ。そしてその足掛かりとなれるよう、今日は第二出力の先の領域を学んで貰おう。では、アルス・カーフェン、前へ」



 …………やはりか。



「……はい」


 呼ばれるままにルドルフさんの前へと歩く。分かっている。ここから始まるのは、単純な実力の差を目に見える形で晒されるという屈辱くつじょくの時間だ。


 周りに立つ生徒の誰よりも今の自分は刻印を巧みに操ることはできるだろう。しかし――


「アルス・カーフェン」


「……!」


「セト流第三出力を短剣で構わない、実演したまえ。対象はあの訓練用の人形だ」


「……わかりました」


 人形の前に立つ。心の平静を取り戻すべく、深く沈むような深呼吸を3度。凪いだ精神の波を身体の芯から短剣へと伝え、鋭く人形の喉元へと打ち込む。


 ストッ……と言う音と共に、短剣の刺さった部分がパキパキと音を立てて凍りついてゆく。


 …………いまだに僕はこれより上の威力を出せずにいる。


「これがセト流の第三出力に見られる『冷却』だ。詳しい説明は置いて、その先の第四出力をご覧に入れよう。アルス君、ありがとう。下がっていたまえ。他の生徒も、十分に下がりなさい。今から見せる第四出力、巻き込まれて軽傷で済むような軟弱な技の比にならない。わかりやすくゆっくりと技を見せるが、決して下手に近づかないように」


 …………ここからはルドルフさんの独壇場どくだんじょう。そして戦士の憧れ。辿っても追いつくだろうなど思いもしない、強者の領域。



 彼がすっと立ち、刻印が輝く。人形の方へ向き、ゆったりと、しかしその姿勢はピシッとした様子で歩き始める。


 凛とした彼の姿がゆらゆらと歪み、歩いた後にはたなびく帯旗おびはたのような残像を残して、音もたてず人形へと近づいてゆく。セト流の基本である、三絶さんぜつの一つ、絶音の極みにあるその技とセト流の刻印術が組み合わさる。遠目に見ても、彼の輪郭りんかくは歪んで見える。これを目の前で相対するとなれば、敵は間合いを間違えるばかりだろう。


 人形へと近づきながら彼の右手が人形の首筋をかすめると、ズルリと首がずれ落ちた。ルドルフさんは、人形に目もやらず、ゆったりと歩き去ってゆく。


 人形の首筋がゴトッと地面に落ちた刹那せつな、その衝撃に反応するように、人形の周りの揺らいでいた空気がバキンと音を立てて凝結ぎょうけつする。地面からは氷柱ひょうちゅうが現れ、首を失った胴体を四方八方から串刺しにする。


 たった一撃が人形の首を落とし、氷柱ひょうちゅうはりつけにすることすら出来る、これが――



「これが第四出力まで到達した者の実力だ。とは言え、この上にある第五出力に至る者はこの国に数えるほどしかいない。それに第五出力の実際を目の当たりにするには、この場所は狭すぎる。」


 そう言いながら、黒板へと戻るルドルフさん。


「さて、諸君。刻印の出力には現在5段階存在する。刻印に適性があるなら必ず使うことの出来る第一段階から、その者の魔力総量と刻印を扱う技術に比例して、第五段階まで段階分けされている。もちろん、この段階分けにはしっかりとした基準がある。

 効果範囲が自己を出ないもの、刻印が使用者に対して作用する、第一出力。刻印が使用者ではなく、使用者を介して、他へと作用する第二出力。そして、刻印の作用が具象化する第三出力。その威力が戦局を変え得るほどの第四出力、戦局そのものを破壊するほどの第五出力。第二出力と第三出力を境に多くの者が挫折するのは、具象化に対する答えを見つけられないからだ」


 ……そして、その第三出力を第四出力に昇華しょうかさせるには、更に多くの課題が――

 

 と考えていると、授業の終わりを知らせる鐘の音が鳴り響く。

 

「ふム、では本日はここまでとしよう」

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