第23話 春は暁

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 ――――――――同日、暁星寮ぎょうせいりょう・早朝


「おはようございます。アルス様」


「ああ、おはよう、デトレフ」


 デトレフが本日の予定について説明する。


「本日は、生徒会選挙の告示日となっております。予定されている授業はありません。本日の朝食には3種のソーセージとスクランブルエッグ、オニオンスープにパンとサラダを用意しております」


「わかった。着替えたら向かうよ」


 そう伝えるとデトレフは柔らかく一礼して、部屋を出てゆく。ベッドからゆらりと起き上がり、寝巻を解いて、姿見の前に立つ。


 今日は選挙公示日……。デトレフも一層気合いが入っていたように思う。若干の緊張があるのか、鏡に映る寝ぼけた顔が少しかたい。……顔を洗うか。


 洗面台に水を溜めて、そこに顔ごと突っ込む。ひんやりした水が眠気でぼんやりとした意識と緩んだ顔をギュッと引き締める。そのまましばらく洗面台に顔を預けると、水温に慣れ始め、徐々に緊張がほぐれてくる。


 顔を引き上げ、水を拭き取り、着替える。デトレフが用意してくれた制服はいつも風を受けたたこのにシワがない。その制服にそでを通すと、自然と背筋が伸びる。


 窓から差し込む朝日に背中を押されるように食堂へと向かった。



 食堂に入ると何人か朝食を取っていた。


「おはようございます」


「おはよう、アルス君」


 淡白たんぱくに朝の挨拶を返してくれたのは、ヴィルヘルム先輩だ。


「アルスくんは、今回の生徒会選挙、もちろん立候補するんだろう?一年生の枠があるんだ、ぜひとも君には、立候補してほしいものだよ」


「もちろんそのつもりです。この学園にはいって、俺は俺のすべてをもって父の過ちを証明しなければならない。そのためには、この学院で強く秀でた戦士として名をあげてみせますよ」


「そうか。その意地があるなら、問題ないだろうな。なんせ君は、有史以来初の刻印を複数扱える戦士だ。おまけにカーフェン家の次男ときたもんだ。君の存在というのは君が思っている以上に、世間から注目を集めているんだ。その本人が冷めたようなら残念だが、こうして向上心にあふれているのなら、シントラの未来は明るいというものだろうね」


 朝食をとりながら会話を弾ませていると、横から会話に割って入るものが現れる。茶髪にくしを入れて髪をいちいち整えながら話すこの男は、確か……


「アルス・カーフェン、君がいくらカーフェン家の次男で、複数の刻印を扱える未来輝く戦士の卵だとしても、この俺、ユーグ・アーヴェントの実力には到底及ばないことをこの生徒会選挙で証明してみせよう。

かねてより、武によって名をあげるようなカーフェン家には、辟易へきえきとしていたんだ。実力のある戦士を輩出すると言っておきながら、その実態は他国に見る世襲せしゅう制ではないか君も父親であるルドルフ殿に次男であるという理由だけで一家から弾かれた生活を強いられてきているのだろう。その点において同情するなどということはしない。それは、君の今までの人生に対する侮辱ぶじょくになってしまうからな。

であればだ、そのみ嫌われる旧態依然としたカーフェン家の次男が、学院が注目するアルス・カーフェンの実力は、その程度のものでしかなかったのだと、上流貴族の俺が1年生枠を勝ち取ることで証明してみせよう」


 話が長いな……


「そうか投開票日に楽しみが一つ増えたよ。自信たっぷりに勝利宣言した男が、無残に負けたときの表情とか。えーっと、ユーゴ―君」


「いい加減俺の名前を覚えないか。編入試験で顔合わせして以来、君という男は一度も俺の名前を正しく読んだことがないじゃないか」


「すまないね、必要のないと思ってしまうとどうしても覚えが悪いんだ」


「くっ、そう余裕のあるふりをしていればいいだろう。いずれ、君が忘れることが無くなるだろうからな」


 そういい返すと、眉間にしわをギリッとよせて、食堂を出て行った。


「くっかっかっかっか。あんまいじめてやんなよアルスぅ。ユーグはああいってるが、俺としちゃあ、あいつもなかなか優秀な戦士だぜ?いくら歯牙にもかけねぇからってかわいそうだろ、ハッハ!」


そういって寝ぐせだらけの長い銀髪を揺らしながら笑うのは、ヘルガ姉さんだ。セト流の3年生で、僕が幼いころは、セト流の稽古けいこのために来ていた時に一緒に遊んだり、互いに試合をしたりと古い付き合いの女性だ。


「ヘルガ姉さん、ユーグ・アーヴェントに関しては編入試験にあちらのほうから因縁をつけてきただけで、こちらが彼を挑発したわけではないんです」


「でも、お前の今さっきの一言一言は、的確にあいつの神経を逆なでしてたぜ」


「それは彼が何かとあっては僕の上であろうとつっかかってくるからですよ」


「それだとよ、あいつの自尊心がどんどん歪んでいくばかりだぜ?」


 そう言いながら椅子の背もたれに肘を置き、ドカッと座るヘルガ姉さんをヴィルヘルム先輩が怪訝けげんな顔で見つめる。


 「あんだよ?」というような顔で見返すヘルガ姉さんの後ろから、すらりと高身長の男がたしなめる。


「ヘルガ先輩、朝食の場で、客人を迎えるような状況でないとはいえ、その座り方は品位にかけますよ。仮にも『雹嵐ひょうらんの女王』といわれ、男女問わず学園から憧れられる人間の所作ではないですよ」


 眼鏡の汚れを布でぬぐいながら、フリッツ先輩はやれやれといった顔をしている。前年度の1年生枠で生徒会に在籍していた先輩だ。


「んだぁ?フリッツ、所作だの礼儀だの、つぎにはサンドイッチをナイフとフォークで食えとか言い出さねぇだろうな?」


「まさか、これまで4回くらい言ってあげましたが、ヘルガ先輩はそうするつもりはないじゃないですか」


「ったりめぇだろ」


「まぁまぁ、そういいつつも、この前ヘルガ、進級試験の試合の後に優雅に一礼してたじゃない?あれはちょっと気にしてたってこと?」


 そう言いながら場を和ませようとする女性はアウラ先輩だ。


「う……、あれは試験官に『ヘルガ君、礼節を欠くなら、この前の件を母君に報告させてもらう。ぜひとも丁寧な対応を望むよ』なんて言いやがるから……」


「アハハ、女王様もお母さんには頭が上がらない感じだね」


 談笑が広がる中、ヴィルヘルム先輩がスッと立ち上がる。


「さて、朝食は済んだから、登校準備にはいるよ」


 それを聞くと、体勢を変えることなくドカッと座っていたヘルガ先輩が椅子を突き飛ばさん勢いで立ち上がる。


「おい待て、ヴィル!今年の生徒会選挙、俺と勝負しろよ」

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