第22話 新生活の幕開け③


 職員室に着くとなんの躊躇もなく扉を芽依が開けた。おいおい、流石に怖いもの知らず過ぎるだろ……。


「失礼しまーす」


 芽依は勢いよく扉を開けると、中へ入って行く。俺もそれに続くように職員室に入っていった。


「あら、田中さん。何か用事かしら?」

「美和先生呼んでもらえますか?」

「あー、わかりました。ちょっと待っててくださいね」


 教師の一人がそう答えると会議室の奥の方へ行き、美和先生を呼んだ。間近で見ると美和先生はちょっとだけ老けたか……、この二人が病室以外で揃ってるのを見るのは新鮮だった。


「あれ……、芽依。どうしたの?」


 美和先生は隣にいる俺の顔を見て不思議そうに呟いた。


「実はさ、部活を作りたいと思っていて……、その顧問をお願いしたいんだけど、駄目?」


 芽依が上目遣いで見つめると、美和先生は頬に手を当てて困った表情を浮かべる。


 なるほど、そう来たか……と言わんばかりの表情だった。


「部活ね……。部活を作るには部員が5人以上必要で、同好会なら2人以上ね。しかも、部活として部費をもらえるようにするためには生徒会に活動内容を説明して、教員会議で承認を得ないといけないのよ?」

「じゃあ、同好会ならいいってこと?」

「まぁ、人数さえ足りていればね。ちなみに何の部活にするつもりなの?」

「ゲームの部活を作ろうとしてる」


 美和先生が表情を曇らせた。ほら、やっぱり堅物なのは変わっていない。


 俺は苦笑いをしながら、芽依の助け舟を出すように口を挟んだ。


「ゲームで部活動っていうとかなり反感を買うかもしれません。ただ、eスポーツは社会的に注目されてきています。先進的な同好会があるというのは学校にとって宣伝になると思うんですが……」

「う~ん……。私だけではちょっと決められないから教頭先生に聞いてみるわね」


 そりゃぁ、個人の意向だけで決められる問題じゃない。しかし、俺達は芽依の夢を実現するために動くしかない。だって、そもそもその夢は俺の夢なんだしな……。


 芽依は渋々頭を下げて引き下がる。そして、俺たち二人は職員室を出た。


「ごめんね。割と簡単に作れるものだと思ってたんだけど……」

「いや、気にしないでくれ。俺こそ力になれなくて申し訳ない」


 芽依は下を向いて落ち込んだ表情を見せる。手癖で頭を撫でそうになったが……、寸前で踏みとどまった。あぶねぇ、そんなのしたらセクハラ行為になってしまう。


(あの時とは違うんだからもう少し気をつけよう……)


 今日はここらで解散ということで帰ることにした。


 俺と芽依は高知駅に向かうバスの中で他愛のない話をしていた。芽依が高知県に引っ越してきたのは五年前の新学期からだそうだ。


 ただ、彼女は東京では病院で生活していたということについては一切触れなかった。


(体は大丈夫なのかなんて言ったら怪しまれるだろうしな……)


 この体で彼女と出会ったのはこの前の推薦試験が初めてなのだから、前世の記憶に基づいた会話をするときっと怪しまれる可能性がある。


「そういえばさ、守月君ってどこに住んでるの?」

「高知駅からすぐの北本町だよ」

「えっ、意外と近いね。私は最寄りが円行寺口駅なんだ」


 駅の名前を言われてもさっぱり位置関係が分からなかったが、地図で調べると俺が中学時代に通っていた最寄り駅の隣の駅だった。


 バスから降りたら高知駅からJR四国の土讃線に乗り換えるわけか……。


「じゃあ、俺こっちだから……」

「うん、また明日ね。出来れば部室どこにするかとか決めたいな」

「分かった」


 俺が軽く手を振って歩き出すと、芽依も小さく手を振り返した。県道384号の大通りを歩きながら俺は考えていた。脳裏に蘇るのはかつて仲間達と汗を流したNRTのプロゲーミングチームの練習風景だった。


 高校の部活としてあのような活動をするのは敷居が高いだろうな……。


 ただ、俺が前世で過ごしていた時代とはゲームに関する考え方というものが徐々に変わってきているように思えた。昔はゲームと言えば引きこもりとか気持ち悪いとか思われがちだったが、今の時代ではむしろゲーマーは憧れの存在になっている気がする。


「俺の動画のコメント欄なんて賞賛だらけだしな。世の中は変わったよ」


 実際、プロチームで活躍するような選手は昔よりもメディアへの露出が多い。それでも、プロゲーマーが世間一般的に認知されているかといえば……、そうでもない。


 まだ、ゲーム=子供というイメージは根強い。俺自身もそのイメージを払拭したいと昔から思っているが、現状ではなかなかに厳しいだろう。ゲームを「部活動」として認めてもらうためには、美和先生を納得させるだけではなく大人の力がいるだろう。


 例えば、専属のコーチをつけるとか……。


「同好会は体裁さえ整えれば承認はいらないだろう。部費は出ないからな」


 俺は思わず独り言を呟く。そもそも、eスポーツの大会に出るにしても出場する部門と人数を揃えなくてはいけない。


 芽依は「ゲームが好き」だと言っていたがどの程度のレベルかも不明だ。


 ちなみに、世間ではバトロワゲームが流行っているが、競技として盛り上がっているのは格ゲー界隈だった。FPSの界隈はまだまだ発展途上だが、格闘ゲームは世界大会が行われるほど世界的に人気が高まっている。ちなみに、俺も昔は格ゲーをやっていたが、あまり上手くはない。


 俺が昔プロ部門として所属していた「THE WORLD」というゲームはサービス終了しており、世界大会出場を逃した2015年を最後に競技ゲームとしては幕を閉じている。


 死んで転生した驚きより、長年愛したゲームがサービス終了し、プロ部門も解散になって競技ゲームから姿を消している方が俺は悲しさの方が勝る。


「時代の流れはなかなかに残酷だよな……」


 元NRTのメンバーも今何をしているか全く分からないし、連絡先を調べようにもNRTは解散して個人でバラバラになったメンバーにコンタクトを取るのは至難の業だ。


 まぁ、仮に俺が連絡を取ったとしても相手にされない可能性が高い。身元不明の奴から電話かかってきても迷惑なだけだろうしな……。


 そんなことを考えているうちに自宅に到着した。家のドアを開けるといつも通り誰もいない。ただいま……、と言っても返事がない生活にももう慣れてしまった。


 リビングに入ると俺は道中で寄り道して買ってきたコンビニ弁当を広げる。ほとんど一人暮らしの状態をこの体はずっと続けていたのだろうか……。


 まあ、この体の持ち主がどういう人物なのかという詮索はもうしないことにしている。


「知ってしまったら、きっと後悔するだろうしな……」

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