僕の全力プラトニック

かごのぼっち

全力プラトニック

「僕と付き合ってください!」


 彼女は少し驚いた様な顔をしたあと、少し悲しい表情を見せた。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、交際は出来ないわ?」


 ⋯⋯終わった。


 僕の全力を振り絞った恋だった。


 入社して、意気揚々と仕事をしていた僕を叱咤激励し、陰日向となって支えてくれ、ここまで育て上げてくれた先輩に、僕はいつの間にか恋をしていた。


 先輩は過去にとても大きな失恋をしているらしく、心の傷が大きいだとかで、それ以降誰とも付き合っていないらしい。


 僕は先輩に告白するべく、その為のガイドラインを作り、確実に推し進めて今に至っている。


 先輩に告白するには十分過ぎるスペックとステップを踏んできたつもりだ。


 見た目の事を言われたら、これ以上はどうしようもないので、それで終わりだっただろう。だが、好みはあるかも知れないが、標準以上はあるのではないかと自負している。


 しかし、先輩が僕をフッた理由はもっと根が深かった。


『男性恐怖症』


 以前付き合っていた男性に暴力を振るわれ、ストーカー紛いな事までされて、精神的に追い込まれた事があるらしい。


 僕の全力──


 ──は、こんなものではない!!


「綺咲先輩!」

「ん、なあに?」

「友達にはなってもらえますか?」

「氷山君、私はさっき説明した通り男性恐怖症なの。友達になれても一定の距離をしっかり守ってもらうけど、構わないかしら?」

「もちろんです! 僕は大好きな綺咲先輩を傷付けるような事はしたくありませんから。もし、近いと思ったら仰ってください。距離をとります。仮にとらなかったらその地点で友達を解消してもらって構いませんから!!」

「⋯⋯後輩にそこまで言わせたのであれば、先輩として友達くらいにはなってあげようかしら?」

「あざまーす!!」

「それから⋯⋯友達なんだから、プライベートの時はその⋯⋯先輩後輩は抜きで許してあげる」

「本当っすか!?」

「その後輩っぽい敬語も抜き!」

「き、綺咲さん、僕⋯⋯めちゃくちゃ嬉しいです」

「⋯⋯本当に嬉しそうね? 昔飼っていた犬を見てるみたい」

「ワン♪」

「ほらワンちゃん、うふふ♪」


 頭をくしゃくしゃ撫でられる。恥ずかしいけど、少し嬉しい。と、思っていたら、ヒュ、と手を引っ込めた。彼女はその手を持ってモジモジする。


「その、ごめん⋯⋯」

「ううん、行こう?」

「う、ん?」

「ん? 僕たち友達でしょ? 今日は一緒に遊ぼうよ」

「ん、なんか高校生みたいね♪」

「はは、男は皆ガキだから♪」


 その日、僕は彼女と街ブラを楽しんで、夕飯を一緒に食べて帰った。


 会社では先輩後輩の関係だが、SNSでは友達みたいな遣り取りをしている。


〚次の休みは何か予定ある?〛

〚別にないけど⋯⋯〛

〚じゃあ、水族館に行きませんか?〛

〚あ、去年オープンしたところ?〛

〚そう! オルカをまだ観たことなくって!〛

〚わかった♪〛


 次の休み、僕たちは水族館へ行った。


 その次は映画館。その次はカラオケと、僕たちは遊びと言いながら、デートを繰り返した。

 当然友達だから手を繋いだりする事はない。一定の距離は保たれている。


 ところが。


「氷山君、その⋯⋯」

「え、何ですか?」

「そのラーメン、少しもらっても良い?」

「へ? ああ、どうぞ?」

「ありがと。私のも味見して良いから」


 と、僕たちはラーメンを交換して食べた。これって、一歩進展? なんて考えるが、時期尚早と言うものだろう。


 だが。


「氷山君、あっちにコモドドラゴンいるんだって!?」

「え、コモドドラゴン!?」


 と、彼女は僕の腕を引いた。


 え?


 彼女は恥ずかしそうに言った。


「氷山君⋯⋯私、氷山君となら少しだけ進んでも大丈夫かも?」

「それって⋯⋯まだ彼氏じゃない、と言う事ですよね?」

「⋯⋯うん、だめ?」

「じゃあ僕、全力でプラトニックしても良いですか?」

「何それ?」

「僕、綺咲さんに触れません。でも、服の上からなら抱きしめても良いですか?」

「⋯⋯いい、よ?」


 そこから僕の全力プラトニックが始まった。


 まだ寒い冬だ。着ている服も厚い。だけど僕は、綺咲さんを思い切り抱きしめた。


「⋯⋯綺咲さん!」

「隼人君⋯⋯香織でいいよ?」


 僕の腕を抱く彼女の力が強くなる。


 僕たちは、逢う度にこうして抱き合った。


 気温が少しづつ暖かくなり、春が近付くに連れて、服装も薄くなって、僕たちの距離は少しづつ近くなっていった。


 僕の理性が飛びそうだ。


「ねえ⋯⋯」

「何ですか?」

「やっぱり、我慢してるの?」

「わかってるクセに、香織は意地悪なの?」

「うん。だから、試しても良い?」

「へ?」


 彼女は僕のズボンのファスナーを撫でた。


「君の全力プラトニックを」

「地獄だ⋯⋯」

「うふふ♪」

 

 ほんと地獄だ。紙一重で天国にいける地獄。


「これ、何かご褒美出るの?」

「当然」


 彼女は僕の手を取ると、自分の胸に当てた。


「ん⋯⋯どちらが我慢出来なくなるか勝負。君が負けたら別れる。私が負けたら⋯⋯」

「負けたら?」

「彼女になったげる♡」


 僕の全力プラトニックは


 これからだ!!







      ─了─

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