箱の中にて

おくとりょう

冷たい休日の朝

 布団の外がひんやり寒い。

 あたたかな毛布から出られない。いつもどおりの朝。


 でも、今日は頭まで布団をかぶったままでも、もう部屋が明るくなっているのがわかった。いつもはカーテンをちゃんと締めているから、もう少し暗いはずなのに。


 不思議に思って、布団からそっと顔を出す。冷たい朝の匂いに鼻の奥がツンとした。

 部屋の大きな窓のカーテンはきっちりしまっていた。カーテンの柄をぼんやり眺めていると、スマホのアラームが鳴ったので、しぶしぶベッドから身体を起こして、アラームを止めた。


 アラームはもう何十回目かの繰り返しスヌーズで時間はもうお昼前になっていた。チラッと窓の外に目をやってから、渋々ながらベッドから身体を起こす。

 だけど、すぐに着替える気にはならなくて、座ったまま、スマホの画面を覗き込む。手癖でSNSのアプリを開くと、特撮ヒーローの感想や、動物動画の切れ間に、見知らぬ誰かの憤るつぶやきが流れていく。


 私はそれをぼんやり眺めながら、先週の仕事の残りと来週の予定を考えて、深く息を吸い込んだ。まだ冷たさの残った部屋の空気が流れ込み、頭の中がちょっぴり冷えた。

 同時に、お腹が空っぽなことを訴えた。


 冷蔵庫に向かおうと立ち上がると、ガチャンと大きな音を立てて、スマホと両手が床に落ちた。

 私の手首はたまに取れる。


 何となく取れてしまいそうな気もしていたので、拾わないまま、居間へ向かった。肩で冷蔵庫の扉を開けると、半額で買った菓子パンがあった。行儀は悪いが、足の指でそっと菓子パンの袋をつまみあげ、お尻でバンっと扉を閉めた。

 ……お行儀がわるいけど、どうせ一人暮らしなのだから気にしない。


 寝室に戻って、スマホを拾うかほんの一瞬迷った。でも、そのまま拾わず、ボンっとベッドに腰を降ろす。


 両足の指で菓子パンの袋を開けるとき、うっかり潰れてぺしゃんこになった菓子パンはパサパサだった。両手が元に戻ったら何か飲み物を飲もうと思いながら、再びベッドに寝転がると、さっき落とした手首の片方、右手がよじよじと壁を登っていた。


 自分から離れた身体が動くのを見るのは初めてだった。指先に吸盤でもついてるみたいに、垂直な壁をゆっくり登っていく。

 いつもはピクリとも動かなくなるから、ただの肉の塊だと思ってたのに。


 ほんのちょっぴり嬉しい気持ちで、ヤモリのように壁を登る右手を見上げつつ、また深く息を吸い込んだ。冷えた空気が頭の中を綺麗にしてくれる気がして、視界がすこし鮮やかになる。


 ぐっと伸びをして、首を傾ける。世界がそのままグルンと回った。

 そして、激しい衝撃とともにゴツンという音が響いた。今日は首もとれたらしい。後頭部に当たる床が冷たく硬い。


 とりあえず、伸びの続きをしようとすると、ベッドに残った私の身体が手も頭もないままにギューッと伸びた。血の巡る感覚を遠くに感じる。

 壁を登る右手と、ベッドの上で伸びをする身体。カーテンの隙間から覗く青空は明るい。左手はまだ落ちたままなのだろうか。


 ぼんやり薄れる頭の隅で、先週と来週の仕事のことを考える。次に目を覚ましたときは、きっと私の身体には頭も両手も生えているけど、仕事のことはちゃんと覚えてるのだろうか。


 ベッドの上で小さく上下する自分の胸を見つめながら、私は再び深く息を吸い込んだ。

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箱の中にて おくとりょう @n8osoeuta

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