お住まいの地域のフレームレートは10フレーム
ちびまるフォイ
4,000,000,000,000フレームレートの男
「私たち、もう終わりにしたほうが良いと思うの」
「な……なんでだよ! 価値観がちがうとかか!?」
「いいえ、そうじゃない」
「じゃあ何がすれ違ってるんだ!」
食い下がる自分に彼女は無情に告げる。
「私たち、フレームレートが違うのよ」
彼女のフレームレートは60フレーム。
自分のフレームレートは30フレーム。
お互いに生きている世界が違った。
「私がいろいろ考えたり話したりしても、
30フレームのあなたじゃフレーム落ちして認識しない。
あなたが認識できない30フレームぶん、私はいつもガマンしてた!」
「そんな……」
「さようなら。次は同じフレームレートの人と付き合ってね」
「ま、待ってくれーー!!」
こうして晴れてフリーの身となった。
破局の原因はフレームレートの問題。
「なにがフレームレートだよ……くそ……」
人間のフレームレートは生まれつき決まっている。
フレームレートとは"どれだけ世界を切り替えるか"の値。
いわばパラパラ漫画のページ枚数。
パラパラ漫画のページが多ければ滑らかな動きになるだろう。
一部の優れたアスリートなどは高いフレームレートで、
ぬるぬるした動きでスポーツ界を席巻している。
自分のような低処理人間はどうすればいいのか……。
「このさきどうすれば……」
お先真っ暗で現実逃避でもしようかとテレビを付ける。
テレビは60フレームレートで、悲劇的なニュースをつげた。
『次のニュースです。
政府が来月より一部地域のフレームレートを固定することを決めました。
対象地域はイナカ町です』
「俺の家の地域じゃないか!!」
『高フレームレート人間の増加による国の処理限界のため、
別に重要そうでない地域はフレームレートを制限し
処理負荷を軽くしようという試みです。
なお、対象地域のフレームレートは10フレームです』
「カックカクすぎる!!」
なきっ面にハチどころではない。
なきっ面を蜂の巣にぶち込むような地獄が待っていた。
もしも10フレームになったなら。
切り替えられる画面は10フレーム。
「あいうえお」と発言しても、
そのうち10フレームしか認識されないから
「あうお」くらいしか聴こえないだろう。
「でも引っ越ししようにも……ここ以外行けないし……」
低フレームレート層の流刑地とも言えるイナカ町。
自分のようなしょぼいフレームレートの人間は別の場所に移動はできない。
都心じゃ60フレームが基本なのでそもそも入場すらさせてもらえない。
低フレームレートはお断り。
30フレームのザコが入ればかえって全体のフレームレート平均値を下げるから。
手をこまねいている間にも法律改正が進み、
イナカ町は強制的にフレームレート制限区域とされた。
まあ、おじいちゃんおばあちゃんしかほぼ住んでないので
フレームレートが10フレームになったところで問題はなかった。
フレーム落ちして困るような俊敏な動きはしないもの。
「はあ……俺はこのまま低いフレームレートの中で老いていくのか……」
飲み会の席でフレームレートのぐちをこぼした。
するとマスターが答えた。
「あんた、高いフレームレートになりたいのか?」
「そりゃもちろん。誰だって滑らかな動きになりたいだろう」
「もし上げられるといったら?」
「え!?」
「ついてきな」
バーの壁にある酒瓶を特定の場所に配置すると隠し扉が現れる。
地下への階段を進むと見慣れない薬の小瓶が置いてあった。
「この薬は……?」
「FPSブースト薬さ。私は前職が警察でね。
飲めばどんなに低いフレームレートの人間でも、
フレームレートを上げることができる」
「すごい! そんなものが!!」
「タダじゃないぞ」
「もちろん!」
高フレームレートが手に入るならお金なんてどうでもいい。
腎臓と脳みその半分を売りさばいて、FPSブーストを手に入れた。
薬を飲むと体のクロック指数が上がるのがわかる。
「おおおおお!! どんどんフレームが上がってきたぁぁぁ!!」
これまで30フレームでしか世界を認識していなかった。
揺れる葉、流れる風、香るにおい。
失われていた30フレームが体に入って世界が細かく感じられる。
「高フレームの世界、楽しめよ」
「ありがとうございます!!」
こんなにも世界は滑らかだったなんて。
高フレームにして本当に良かった。
自分の人生で革命が起きた日から数日。
このイナカ町では無用の長物だったことを思い知った。
コンビニに入ると自動ドアが反応しない。
「あれ……?」
何度かジャンプしたり手を前に出したりする。
しばらくしてからやっと自動ドアが反応した。
「あそっか……フレーム落ちてたのか……」
自分が動作する60フレームに対し、この町は10フレーム処理。
ジャンプしたりしている50フレームは認識外となる。
レジカウンターに商品を置いた。
「こちらでお願いします。
あ、お弁当は温めてください」
「かしこまりました。お弁当は温めますか?」
「え?」「ん?」
「あれ? さっきも言いませんでした?
お弁当は温めてください」
「なにを?」
「え?」
「お客さん、お弁当は温めますか?」
「だから! 温めてください!!」
「なんでキレてるんですか。
店長! クレーマーの来店です!!」
「ちがうわ!! ああもう低フレームレートはこれだから!!」
自分がフラれた理由も今なら納得できる。
"お弁当温めます"くだりのフレームが、相手に認識されていない。
10フレームしか認識できないから伝わらなかったんだ。
高フレームレートになったが、むしろストレスは増すばかり。
「お会計〇〇円になります」
「現金で」
「まいどーー」
店員は10フレームの中でお金を受け取り、お釣りを返した。
その手を見て悪魔の考えが頭をよぎる。
(今、お金をちょろまかしても、フレームで認識されないのでは?)
店員が認識ができるのは10フレーム。
監視カメラだって、自動ドアだって10フレーム。
自分は60フレーム。
ということは、50フレームは無敵の時間があるはず。
盗んだって絶対認識できない。
とっさに店員の手からお釣りを受け取り財布にしまった。
「お釣り500円……あれ?」
その手にはレシートしか残されてない。
店員はレジから2回目の500円玉を取り出す
「失礼しました。500円です」
「はいどうも」
500円のお釣りを二度受け取ったことは、
この10フレームの世界では認識すらされていないだろう。
すべての犯行は認識外の50フレーム内で起きたことなのだから。
「ふふふ。これならやりたいほうだいじゃないか。
低フレームの田舎じゃ俺は無敵だ!!」
この町でならなにをしても自由。
万引きをしたって誰からも認識されない。
こっそりきれいな人の顔を盗撮しても怒られない。
みんな10フレームしか認識できないのだから。
次はどんなことをしようか。
胸がときめいたその瞬間だった。
「君、さっきのコンビニ……見ていたよ」
「え?」
警察官に手を掴まれた。
「あ、ああああ……あの……僕がなにか……?」
「お釣りの500円玉、くすねていただろう」
「あばばばばばば……」
膝がガクガクと震えだす。
「バレないとでも思ったのか?」
「ど、どうして!? この地域は10フレームのはず!」
「バカめ。お前のような人間の犯罪者を見逃さないよう
警察官は特別に高フレームでの活動が許可されているんだ」
「そんな! きいてない!!」
「このフレームレート犯罪者め! 逮捕する!!」
「せっかく人生が好転したと思ったのに!
お金も臓器も失って逮捕されるなんていやだーー!!」
60フレームで警察官ともみくちゃの大乱闘が始まる。
手錠をかけようとする警察官。
その腰からとっさに銃を抜いて撃ち抜いた。
「ぐふっ!!」
銃は足にヒット。警察官が地面に倒れる。
「い、いまだ!」
警察官のパトカーを奪ってドアを閉める。
発進させようにもキーがない。
「車のキーはこっちにある。どこへも逃げられないぞ!」
車の外から警察官が勝ち誇る。
ただ、車内に残されていた小瓶だけは忘れていたらしい。
「この瓶は……!」
「やめろ! そ、それは!!」
見覚えのある小瓶だった。
どんなに低い人間でも高いフレームレートに引き上げられる。
その薬がたくさん入っていた。
「逃げ切るには、もっと高いフレームレートになるしかない!!」
警察官を超えるフレームレートになれば。
相手の認識できないフレームの間に逃げることができる。
瓶のフタを開けて中にあるカプセルを大量に口へ含む。
「もごもご。これで俺は最強だーー!!」
薬を一気に飲み込んだ。
体に入った薬がフレームレートをぐんぐん引き上げる。
「60……! 120……! 240……! まだまだ上がるぞぉぉ!!」
体のフレームレートが天井に到達した。
その数4000000000000フレームレート。
4兆ものフレームで自分の世界は処理できるようになった。
「ふはははは! 60フレームなんて怖くない!
こっちにはお前が認識できない3兆9999億9940フレームがあるんだ!!」
もちろんこの声も届かない。
警察官でも60フレームしか認識できないから。
「さて、と。あとは逃げるだけだ。
車のキーも貸してもらおう」
60フレーム外で警察官からキーを盗み取り、車に差し込む。
が、いくら回しても車のエンジンは掛からない。
「……ちっ。車も60フレームなのか。
キーをさしても認識外だから動かないや」
仕方なく歩いて逃げることを決める。
まだ3兆9999億9971フレーム目。
「なんだか……世界が止まったみたいだな……」
無事逃げおおせることには成功した。
しばらくして自分のしでかしたことに気づく。
地球の最大フレームレートは240フレーム。
それ以上のフレームは地球上の現象としても処理されない。
やっと過剰なフレームレートの危険性を認識した。
薬で引き上げたフレームレートはもう下げられない。
「おおーい! 誰か! 誰か俺を認識してくれーー!!」
その叫びも2兆4471億9205フレーム目。
当然だれも見聞きすることも、認識することもできない。
自分だけが大量のフレームレートの中で、幽霊のように世界をさまようだけだった。
お住まいの地域のフレームレートは10フレーム ちびまるフォイ @firestorage
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