優花と猫のオジー
谷崎鮭
**第1話:1章 突然、猫になりました**
1. 引きこもりおじさんの日常
マンションの一室。床に散らばった空のカップラーメン容器と、満タンになりかけたゴミ袋が、フリーランス小説家兼投資家である安田王子(27)の生活を如実に物語っていた。
「よし、今日はいい感じで利益出たぞ…これで来週の飯代も確保だ。」
デュアルモニターの片方には緑や赤の線がチカチカと動く株価チャート、もう片方には執筆中の小説の原稿データ。
彼は仕事をしながら机に片肘をつき、うどんスープの残りをずるずるすすっていた。
外出しない生活もかれこれ3年。だが王子は不自由を感じていなかった。食べ物も、書籍も、服もすべてネットで届く。人と関わるのが苦手な彼には、むしろ理想的な暮らしだった。
クリスマスイブの夜も、当然ながら一人で過ごすことになる。いや、正確にはもう一人。姉の娘、つまり彼の姪である小学生の優花が、夕方から彼の家に来ているのだ。
「おじさん、またカップラーメン食べてるの? 栄養偏るよ?」
「別にいいだろ。俺には時間がないんだ。」
「時間ならあるじゃん。ずっと家にいるんだし。」
毒舌な姪の指摘に王子は眉をひそめた。だが確かに言われてみれば、最近自分でも時間を無駄にしているような感覚がなくもない。
「まあ、いいじゃないか。俺はこれで満足なんだよ。」
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2. 姪の願い
優花が遊びに来る理由は単純だ。王子の姉である真理が、毎年クリスマスイブに仕事で夜勤になるため、その間だけ面倒を見るのだ。
とはいえ、優花が遊んでいるのは王子ではなく、彼の家にあるゲーム機や動画サービスだ。
夜9時、ソファに寝転びながらゲームをしていた優花が言った。
「ねえ、おじさん。」
「ん?」
「サンタさんって本当にいるのかな?」
来年には中学生になる娘がサンタクロースを信じてるのか?
それとも俺、案にプレゼントを要求してるのか?疑問になるが
王子はあいまいに答えた。
「まあ…いたらいいんじゃないか?」
「じゃあ、もし私がサンタさんにお願いしたら、かなえてくれるかな。」
「何をお願いする気なんだ?」
「私、猫が欲しいんだ」
「猫?、、、うちのマンション動物飼えないよ、そもそも俺動物アレルギーだし」
優花はゲームの画面から目を離さず言った
「私の家も賃貸だからダメなんだって」優花はゲームをしたまま仰向けに回転した
「猫ならこの際、おじさんみたいな猫でもいいよ」
「はあ、?」
「おじさんって猫みたいな生活してるじゃん」
突然の発言に王子は顔をしかめた。
「はあ? 猫ってどういうことだよ。」
「だって、おじさん、猫みたいに昼間寝てるし、仕事してないし、家から出ないし。」
「仕事はしてる!これはゲームじゃない」
「しかもあんまりお風呂入らないじゃん。」
その瞬間、王子はカップラーメンの器を取り落としそうになった。
「お、おい! 誰がお風呂に入らないって? 失礼なこと言うな!」
「だって、お風呂場の石けん、全然減ってないし。」
優花はケラケラと笑いながらゲームに視線を戻す。王子は顔を真っ赤にしながらも、ぐうの音も出ない。だがその夜、
彼の運命が大きく変わることになるとは、誰も思っていなかった。
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3. 猫になった朝
王子は、なかなか寝付けないまま布団の中で体がバキバキとなってるのを感じていた『中学生の成長期』を思い出す
翌朝、王子はいつものように布団の中で目を覚ました。違和感を覚えたのは、手を伸ばしたときだ。何かが自分の視界を遮っている。
「…なんだこれ。」
自分の腕を見て、王子は凍りついた。いや、腕ではない。それは毛むくじゃらで、巨大な猫の前脚だったのだ。
慌てて立ち上がろうとして、足元を見てさらに愕然とする。足も猫だ。しかも人間のサイズそのままの猫になっている。
「な、なんだこれ!?」
思わず叫ぶと、声も明らかに人間のものだった。だが姿見の鏡の中には、白黒ツートンの巨大な猫の姿をした自分が映っている。
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### 4. 姪の反応
「おじさーん! 朝ごはんある?」
リビングから姪の声が響いた。王子はあまりのショックに動けない。どうやってこの状況を説明すればいいのか分からなかった。
「おじさーん?」
リビングのドアが開き、優花が部屋に入ってきた。そして次の瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「……え?」
王子は動揺しながらも、どうにか口を開いた。
「お、落ち着け、優花。これは、その…何かの間違いだ。」
「おじさんが…猫? え、待って、何これ!?」
驚きながらも、優花は次第に目を輝かせ始めた。
「すごい! 本当に猫になっちゃった! 私、昨日サンタさんにお願いしたんだよ!」
「凄いね!サンタさん居たんだ‼」
「なんだそれーーーーーーー!」
第1章: 突然、猫になりました(続き)
5. お風呂の戦場
「おじさん、猫になったけど、これでいいこともあるね!」
優花はリビングのソファに腰かけながら、朝ごはんのトーストをかじっていた。一方、猫の姿で人間サイズの王子は、床に座って完全にすねていた。
「……どこがいいんだよ。」「信じられん、、、、こんな漫画じゃあるまいし、、、」
「だって、猫になったらもっと可愛くなるかと思ったけど、何か?おじさん猫ってなんか汚い!」
「失礼だな! 俺はちゃんと風呂に入っているぞ。」
「えー? 昨日『お風呂あんまり入らないじゃん』って言ったとき、何も言い返せなかったくせに。」
王子は図星を突かれたように視線をそらした。猫になった今、毛むくじゃらの体がやたらとムズムズする。自分でも若干の不快感を覚えているが、素直に認めるのは悔しい。
「ほっとけ! 俺は猫になったばかりなんだ。今は風呂どころじゃない!」
「でも臭いんだよ、おじさん。」
優花はズバリと言い放ち、立ち上がると何やら物騒な道具を持ってきた。それは…お風呂用のデッキブラシだった。
「おい、それは何をする気だ!? 何をする気だ!?」
「決まってるでしょ。おじさん、風呂入るよ!」
「いやだ! 絶対に嫌だ!」
6. 引きずり込まれるおじさん猫
そうこうしているうちに、優花はあっという間にバスルームの準備を整えた。湯船に適温のお湯を張り、シャンプーとボディソープまで取り揃えている。
「よし、準備完了! おじさん、来て!」
「来い、じゃねえよ! 俺は風呂なんて入らないぞ!」
王子は猫の姿ながらも必死に逃げ回った。だが、姪っ子は軽快なステップでソファの背後から回り込むと、毛むくじゃらのおじさん猫の首根っこをぐいっと掴んだ。
「おい、離せ! 優花、力強すぎるぞ!」
「さすがにこのサイズの猫は重いけど、私だって成長してるもん!」
そのまま引きずられるようにして、王子はバスルームに連行された。
「おい、待て! 話し合おう! 風呂は自分で入るから!」
「いやだ! どうせまた言い訳して入らないでしょ?」
「頼む! 俺は風呂が嫌いなんじゃなくて、タイミングが悪いだけなんだ!」
「黙って入って!」
ずるずると引きずられた先には、湯気が立ち込めるバスルーム。そして大きな湯船。そこに放り込まれるのは時間の問題だった。
7. お風呂大騒動
「やめろーーー!」
ドボン!という音とともに、王子は湯船に投げ込まれた。お湯が大きく波打ち、バスルームの床にまで飛び散る。
「うわー! 熱い! 熱すぎる!」
「ぬるいくらいだよ。むしろちょうどいい温度!」
優花は容赦なくボディソープを手に取り、泡をたっぷりと立てると王子に向かって容赦なく塗り込んでいった。
猫サイズであれば可愛らしい光景だったかもしれないが、人間サイズでこの扱いを受けると、ただの悲惨な光景だ。
「おい! 泡をそんなに使うな!」
「だっておじさん、毛が多すぎて普通に洗えないんだもん!」
「俺は猫だぞ! 毛が多いのは当たり前だろ!」
「だったら猫らしく清潔になって!」
優花は次にデッキブラシを手に取ると、背中からゴシゴシと力を込めて洗い始める。
「おい! 痛い痛い! ゴシゴシするな!」
王子は必死に抵抗しようとするが、濡れた体は滑ってまともに動けない。
「ちょっと! 痛い! 痛いって!」
「おじさん、普段お風呂入らないからだよ! ゴシゴシしないと汚れ落ちないじゃん!」
「俺を壁掃除か何かだと思ってるのかーーー!?」
バシャバシャと暴れる王子。お湯は周囲に飛び散り、床はすっかり水浸しだ。
だが、優花はそんなことお構いなしに洗い続けた。優花は完全に楽しんでいる、鼻歌交じりだ。デッキブラシを持ち替えながら、今度はお腹やしっぽまで徹底的に洗おうとする。
「おい! しっぽを引っ張るな!」
「だってここも汚れてるんだもん!」
「やめろ! 名誉を傷つけるなーーー!」
8. 爆笑のバスルーム
「ふう、やっと洗えた。」優花が満足げに手を止める。
なんとか洗われる時間が終わり、王子はふらふらとバスルームから出てきた。体はすっかり泡で綺麗になり、毛並みもツヤツヤになっているが、本人は完全に疲れ切っていた。
「…ひどい目にあった。」
「いやー、おじさんが猫になってくれてよかった! お風呂のしがいがあるね!」
優花は満足げにバスタオルで自分の手を拭きながら言う。それに対し、王子は脱力してリビングのカーペットに倒れ込んだ。
「俺はもう風呂に入らない…次から絶対に自分でやる…。」
「じゃあ次もサボったら、このブラシでゴシゴシだからね!」
王子は全身から滴るお湯を振り払おうと体をブルブルと震わせた。しかし、次の瞬間――。
「……え?」
優花は一瞬王子を見て絶句し、その後、堪えきれずに爆笑し始めた。
「おじさん! やばい! 何これ!」
「何がだ!」
鏡を見た王子は愕然とした。全身の毛が濡れてペタッと体に張り付き、普段ふさふさだった体毛が完全にしぼんでいる。おかげで体のラインが丸見えだ。思った以上に細い自分の姿に、王子自身もショックを受けた。
「うわぁ…なんか情けない…。」
優花はその姿に腹を抱えて笑い転げている。 「おじさん! いつもふわふわだったのに、こんなに細かったの!? めっちゃ面白い!」
「笑うな! 俺だって好きでこうなったんじゃない!」
王子は湯船から出ようとするが、ぬるぬるしていてうまく体が動かない。そのたびに体が滑り、まるでおもちゃのように転げ回る姿に優花はさらに笑い声を上げた。
「おじさん、めちゃくちゃ細いのに猫の顔はそのままだから、アンバランスで面白すぎる!」
「アッツ⁉」優花は思い出したように脱衣所をでる
「うるさい! もう風呂には二度と入らないからな!」「もう、、だめだな」とため息をつく
『カシャカシャ!』飛んで戻ってきた優花はスマホで王子を撮り始めた
「なっ!なにを」戸惑う王子
「だっつて、、こんな面白い事ないじゃん」とぷぷぷっと笑いを押し隠しながら写メを撮る優花
頭から床に水が滴り落ちる中ジト目でたたずむ王子だった。
第1章: 突然、猫になりました(続き)
9. ドライヤーで乾燥タイム お風呂から出た王子はタオルで体を軽く拭いてもらったものの、全身がまだ湿ったままで、体毛は水分を含んで重たく
垂れ下がっていた。
「……寒い。お前、これじゃ風邪ひくだろ。」
「じゃあドライヤーで乾かしてあげる! 私に任せて!」
優花がドライヤーを取りにバスルームへ駆け込むと、王子はすぐさま嫌な予感がした。
「おい、俺にそんなもん使うな! 風呂に入れられた上にドライヤーまでなんて、耐え
れるわけがない!」
「いいからじっとしてて!」
優花はガチャガチャと音を立てながら、ドライヤーを引っ張り出してきた。
そして延長コードをつなぎ、王子の体を乾かす準備を整えた。
「よし、じゃあいくよー!」
「やめろ! 俺は自然乾燥派だ! 放っておいてくれ!」
だが、そんな王子の叫びもむなしく、優花はスイッチを押した。ドライヤー熱い風が勢いよく吹き出し、王子の毛がぶわぶわと揺れ始める。
10. フワフワおじさん、爆誕
「ちょっと! 強すぎるだろ、この風!」
「おじさんがデカいからね! このくらいじゃないと乾かないよ!」
優花は鼻歌を歌いながら、王子の頭から背中、しっぽまで入念にドライヤーをかけていく。猫の姿とはいえ、完全に人間サイズの体を乾かすのは一苦労だった。
「うわ、毛が多すぎて全然乾かない!」
「だからいいって言ったのに!」
数十分かけて全身を乾かしたところで、優花は思わず手を止めた。そして、じっと王子を見つめたまま口元を押さえた。
「……ぷっ……ぷはははははは!」
「なんだよ!」鏡を見返す王子
「……な、なんだこれ。」
鏡の中に映っているのは、見たこともないほどふんわり膨らんだ自分だった。
全身の毛がドライヤーで完全に乾き、通常の1.5倍以上のボリュームになっている。しっぽは巨大なマイクロファイバーのモップのようにふくらみ、体全体がまるで巨大な毛玉のようだ。
「おじさん、何そのふわふわ! 面白すぎる! おっきい綿菓子みたい!」
「うるさい! これは俺のせいじゃない! ドライヤーが強すぎたんだ!」
優花は鏡を見て腹を抱えて笑い始めた。
「ちょっと! おじさん! これ絶対撮りたい! フワフワ猫おじさん、爆誕だよ!」
「やめろ! 絶対に撮るな!」
王子は不機嫌そうに顔をしかめるが、その表情すらもふわふわの毛に覆われて全く怖くない。むしろ愛嬌があるように見えるのが余計に悔しい。
「おじさん、顔がデカいのに体がもっとデカくなっちゃって、アンバランスすぎる! しっぽもモフモフで笑える!」
「笑うな! 俺は笑われるために生きてるわけじゃない!」
優花はスマホを手に取り、王子のふわふわ姿を撮ろうとするが、王子は全力で逃げ回る。しかしふわふわの毛のせいで動きが鈍く、結局あっさり捕まった。
「もう! おじさん、じっとして! このフワフワ、絶対みんなに見せたい!」
「やめろ! 絶対に撮るな! ネットにあげる気だろ!」
王子は再び全力で逃げようとするが、普段の不摂生とふわふわの毛が抵抗を受けて体力がなくなってきてる。優花はその姿を見て再び大爆笑し、スマホを手に追いかけ回した。
11. フワフワのその後
しばらくして、優花はようやく満足したらしく、スマホを手放して王子の横に座った。王子は、リビングのカーペットにどさっと倒れ込んだ。
全身ふわふわになった毛は相変わらずだが、ようやく静かになった優花がその横に座り込んだ。
「……お前、これどうするんだ。俺、もう外に出られないかもしれないよ。」
「大丈夫だよ! おじさん、外なんて出ることないでしょ?」 「それとこれとは別だ!」
優花は王子の背中を撫でながら、笑いをこらえた声で言った。
「でもほんと、フワフワで可愛いよ。こういうキャラ、絶対人気出ると思う!」
「可愛いとかいらないんだよ! そもそもこんなんで人気が出たって嬉しくもなんともない!」
王子の抗議も虚しく、優花は嬉しそうにしっぽをなでなでしている。
「まあいいや。せっかくフワフワになったんだし、今夜は枕代わりにおじさんのしっぽ使って寝ようっと!」
「やめろ! 俺を寝具扱いするな!」
こうして、猫の姿になったおじさんは「ふわふわ」という新たな試練を抱えながらも、引きこもり生活を続けることとなった。
第1章: 突然、猫になりました(続き)
12. フワフワでいい匂い
全身がすっかり乾かされ、ふわっふわに膨らんだおじさん猫。王子はその姿を鏡に映しながら、絶望的な表情を浮かべていた。
「……俺の人生、なんでこんなことになったんだ。」
しかし、そんな彼の悲壮感をよそに、優花は王子の体にふわっと抱きついた。
「おじさん、ほんっとにフワフワ! 気持ちいい~!」
「おい、やめろ! 暑いんだよ!」
「いい匂いだし、触り心地最高! こんなにいい匂いのおじさん猫、なかなかいないよ!」
「いい匂いって…そりゃ風呂入ったからだろ! しかも俺が入るつもりなかったのにお前が無理やり…」
王子は愚痴を言おうとするが、優花は気にする様子もなく、まるで抱き枕のように王子のふわふわの毛に顔をうずめていた。
「もう決めた。おじさん、毎日お風呂入れてあげる!」
「……は?」
王子の耳がピクリと動く。まさかと思い、彼女の顔を覗き込むと、優花はキラキラした笑顔を浮かべている。
「だって、こんなにフワフワでいい匂いなら、毎日お風呂に入ればもっと可愛くなるよ!」
「いやいやいや! 毎日だなんてやめてくれ! 俺は猫だぞ! 毎日風呂なんか入る必要ない!」
「だっておじさん、元があんまり清潔感ないから、毎日入る方がいいよ。」
「清潔感がないって…ひどいぞ、お前!」
王子が抗議するも、優花は全く聞く耳を持たない。むしろ嬉しそうにドライヤーでふわふわになったしっぽを軽く撫でたり、ふかふかの毛をさらに手で整えたりしている。
「ほら、ふわふわなおじさん猫って、見てるだけで癒やされるし!」
「癒やされるとか、そんなもん俺は求めてない!」
13. 毎日お風呂計画、始動!?
優花は涼介のふわふわの背中に顔をうずめながら、にっこりと笑顔を浮かべた。
「ねえ、おじさん。」
「なんだよ。」
「この家の中では私がボスだから、言うこと聞いてね。」
「いやいやいや! いつからお前がボスになったんだ!?」
「だって、おじさん、今は人間じゃなくて猫じゃん? 猫は人間にお世話されるものだよね?」
「……ぐぬぬ。」
王子は何も言い返せず、ただ眉間にシワを寄せて唸るしかなかった。
「じゃあ決まり! 明日からも毎日お風呂に入って、フワフワになろうね!」
「勝手に決めるな! 俺はそんな屈辱的な生活、絶対に認めないからな!」
だが、優花の手はすでにスマホを取り出し、次の日から使うための入浴用アイテムを検索していた。
「次はアロマのバスソルトも使ってみようかな! あ、猫用のブラシも買わなきゃ!」
「おい、聞け!聞けッ 聞いてくれ! 俺はフワフワになるつもりはない!」
14. フワフワの運命
それでも、王子は自分の運命を変える力がないことを悟り始めていた。姪の優花は、彼がいくら拒否しても「おじさん猫」を清潔でフワフワな状態に保つという新たな使命感を燃やしているのだ。
「なあ優花、少しだけ話し合いをしよう。風呂は週に一回にしてくれないか?」
「ダメ! 毎日!」
「せめて2日に1回だ!」
「絶対毎日!」
王子がカーペットに崩れ落ちるように座り込むと、その背中に優花が再び抱きついた。
「おじさん、フワフワでいい匂いだから、大好き!」
「くっ……!」
王子は何も言い返せず、ただしっぽをぴんと立てたまま黙り込んだ。そして、その夜から彼の「毎日風呂生活」が始まるのだった。
第2章: 猫じゃらしとチュルルの誘惑
1. 猫じゃらしとの初遭遇
お風呂事件から数日後の昼下がり、リビングには穏やかな時間が流れていた。王子はふわふわの毛がすっかり定着した自分の姿を鏡で見ては深いため息をついていた。
「……これが俺の新しい人生か。」
そんな中、優花がカバンから何かを取り出した。キラキラ光る棒の先に、ふわふわの羽がついたおもちゃ――そう、「猫じゃらし」だ。
「ねえ、おじさん! これ、ペットショップで買ってきたんだ! 試してみていい?」
「なんだそれ? 俺は猫じゃないぞ。やめろ。」
王子は完全に無視するつもりで、パソコン画面に目を戻した。しかし、優花は容赦なく猫じゃらしを王子の視界に入れてきた。
「ほら、おじさん! 動かすよー!」
シュッ、シュッ、と猫じゃらしが目の前を横切る。その動きにつられて、王子の目がつい反応してしまう。
「……!」
思わず目で追ってしまった自分に気づき、王子は慌てて顔を背けた。
「ちょっと! やめろ! 俺はそんなものには惑わされない!」
だが、優花はお構いなしに猫じゃらしを振り続ける。右、左、くるっと回転。まるで王子の注意を引こうとしているかのように、動きはどんどん激しくなる。
「ほらほら、おじさん、手が出そうなんじゃない?」
「……出さねえよ!」
そう言いながらも、王子のしっぽはピクピクと動き始めていた。彼の理性とは裏腹に、猫としての本能が刺激されているのだ。
「やめろ、やめろって言ってるだろ!」
「絶対狙ってる顔してる! ほら、つかまえてごらーん!」
ついに王子の手が猫じゃらしに向かって飛び出した。だが、優花は絶妙なタイミングで猫じゃらしをひょいっと引き上げる。
「くっ……!」
「あははは! おじさん、全然届いてないよ!」
王子は床に座り込んだまま、猫じゃらしを睨みつけた。悔しさと屈辱が顔ににじみ出ている。
2. チュルルの甘い誘惑
そんなことがあった夜、優花は冷蔵庫から銀色のスティック状の物を取り出した。それを見た王子の耳がぴくりと動いた。
「おい、それは……?」
「これね、『チュルル』だよ! 猫が大好きなおやつ! これ、試してみようよ!」
「いや、俺は猫だが、猫じゃない! そんなものには釣られないぞ!」
優花は無言でチュールの封を切り、くるくると中身を押し出してみせた。濃厚な香りが部屋に広がる。
「ほら、おじさん。これ、美味しそうじゃない?」
王子の体がつい優花の手元に近づいてしまう。
「……くっ、これは罠だ! 俺は食べないぞ!」
そう言いながらも、ふわふわのしっぽが揺れ、鼻先がわずかに優花の手元に近づいていく。香りの誘惑に抗えないのだ。
「ほら、ここまでおいでー。」
「……仕方ない、味見だけだ!」
王子はついに理性を手放し、優花の差し出したチュルルを一舐めした。その瞬間、彼の目がぱっと輝く。
「う、うまい……!」
「でしょ!?」
チュールを食べる王子の姿を見て、優花は大満足の様子だった。
3. おじさんの弱点発覚
「おじさん、これからも猫じゃらしで遊んで、チュルル食べようね!」
「やめろ! 俺はお前にコントロールされるつもりはない!」
そう言いながらも、猫じゃらしとチュルルの誘惑に負けてしまう王子の姿は、もはや立派な「猫」そのものだった。優花はその様子を面白がりながら、ますますおじさん猫ライフを楽しむ気満々だった。
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