第43話

 ダンジョンの中は、”火山系”と言われるタイプで、浅い階層であっても蒸していて、湧き出している水は大量の湯気を上げている。


「今のところ、毒性のあるガスは無さそうね。火山系だから、突発的に湧く可能性はあるけど」

「モンスターも岩関係が多くて、擬態はしてるけど、数は多くないね」


 擬態しているモンスターであれば、こちらから近づかない限り、襲ってこないタイプのモンスターが多い。

 そういう意味では、療養地として利用する場所と、戦闘のリハビリを行う場所を分けやすい。


「2階層以下は、療養地としては不向きね」

「モンスターについては、大きく変化なし」


 2階層以下は、温度がさらに上がり、動かなくてもじっとりと汗ばむ。

 一時的であれば問題ないが、長期滞在するには、向かない。


「溶岩が流れてるのは、論外だけど……」


 3階層は、湯気を噴き出しているお湯だけではなく、真っ赤な溶岩まで流れている。

 もはや、療養地としては使えない。


 しかし、この状況は、ダンジョン内だけで採掘されている鉱石などが豊富に取れそうだ。

 場合によっては、軍部の資源や財源としても、確保したがるかもしれない。


「…………」

「春茂? どうかしたの?」


 どこか腑に落ちないのか、周囲に目を凝らしている備前に声をかければ、ゆかりに視線をやらず、答える。


「気のせいならいいんだけどね。擬態系のモンスターが多いとはいえ、静かすぎるのが不気味でね」


 記憶が正しければ、ダンジョンは、3階層だったはずだ。

 この3階層の調査が終われば、帰還できるのだが、どこか胸のつかえがとれない。


「活動性は……正直、あるわよね」


 溶岩も、未だに轟々と流れ続けている。

 不活化しているとは言い切れない。ボスモンスターと呼ばれる存在は、見当たらないが、ダンジョンの核となる部分も見当たらない。


「一度戻って、本格的な調査隊を編成しよう。これだけ活動性があるのに、核もボスもいないなんておかしい」


 このダンジョンは、不活化ダンジョンの可能性が高いとされていた。

 そのため、ゆかりと備前だけで調査をしていたが、現状を見る限り、不活化はしていない。


 こうなれば、核かボスモンスターが、どこかに潜んでいるはずだ。

 擬態系が多いのならば、巧妙に隠れている可能性が高く、ふたりだけで見つけるのは困難だ。


「わかった」


 ゆかりもすぐに頷き、2階層への階段を上る。


「――――」


 2階層の赤く煌々と輝く様に、ふたりは目を疑った。

 先程通った時には、これほどまで溶岩は流れていなかったはずだ。


 罠に嵌められた。


 そう気が付いた直後、湧き上がる轟音と共に、身を焦がさんとする熱の塊が備前の背中を押す。

 刹那、振り向くより早く、備前の刀が閃いた。


「――こいつは、骨が折れそうだ」


 先が歪んだ刀に一瞥すると、ゆかりと共に、3階層から上がってくる、そのモンスターを苦い表情で睨む。


「ヴォルグレームス……」


 ヴォルグレームス。

 最上位のゴーレムで、火山地帯では、死の番人と呼ばれるモンスターだ。


*****


 その頃、明日葉はゆっくりと体を起こすと、きれいに整えられたままの隣の布団に目をやった。


「……」


 その布団を捲り、手を触れても、冷たい。


 また、誰かに呼び出されてしまったのだろうか。

 でも、それなら、布団がめくれていることが多いのに。


 明日葉は、扉の方へ目をやり、立ち上がった。


「――で、今調査に行ってるんだって」

「だいぶ、上からせっつかれてたもんね……寵愛子のことも、濱家さんが協力してくれてるとはいえ、だいぶ言われてるんでしょ?」

「備前さんは、殺処分派だからなぁ……気持ちは、わからなくもないけど」

「ちょっと、アンタも私も、ゆかりさんに拾われてんだから、そういうことを言わない」

「う゛ぅ゛……でもさ、お前だって、明らかに距離取ってるじゃねぇか」

「そ、それは……ドアノブをはんぺんみたいに握りつぶすのよ? 無自覚ってあたりが、特に、さ……」


 部屋の外で聞こえる会話に、明日葉は、何も言わず、踵を返し、ふたりに気付かれないように、建物の外に出た。


「あれ? お前、ゆかりの……?」

「う、ぁ……」


 外に出たところで、ゆかりの行った場所が分からず、彷徨っていれば、突然かけられた声に、戸惑うように、その男から距離を取る。


「……卵うまかったか?」

「え……?」

「昼にゆかりが持ってったろ? お前に食わせるって言ってたからな」

「ぁ……うん。おいしかった」

「そりゃよかった。それで、こんなところで何してんだ? 子供が出歩く時間じゃないぞ」

「ゆかりちゃん、どこかに行っちゃって……」


 探しているのだと言えば、男は、少しだけゆかりと備前が調査に行ったダンジョンの方へ目を向けたが、首を横に振った。


「今、ふたりは仕事に行ってるからな。帰ってくるまで、家で待ってな」


 今にでも、追いかけて行ってしまいそうな明日葉の様子に、男はふたりの行き先は告げずに、そう答えた。


 明日葉が噂に聞く寵愛子だとはわかっているが、だとしても、ダンジョンにひとりで行かせるわけにはいかない。


「うん。わかった。ありがとう」


 だが、男の意思に反して、明日葉は男の言葉に頷き、お礼を言うと、ダンジョンの方へ駆けだした。


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