第30話
実家を後にした亮と志堂寺は、一旦別行動を取ることにした。
亮はさゆりの親戚が営む古美術店「野々宮」へ。
志堂寺は稲倉に紹介してもらった山寺へ向かうことになった。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、気をつけてな。落ち着いたら連絡してくれ」
「わかった、じゃね」
志堂寺がニッと笑って手を振る。
亮はその背中を見送った後、古美術店「野々宮」に向かった。
「ここか……」
名刺の住所に着くと、古い大きな家があった。
表札の代わりに「古美術 野々宮」と彫られた雲形の木製看板が掛かっている。
どうやらギャラリー兼住居になっているようだ。
中に入ろうとすると、チリンと戸に付いた鈴が鳴る。
すると、奥から年配の女性が顔を覗かせた。
「あら、いらっしゃいませ」
「こんにちは。あの、少し見せてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。どうぞどうぞ」
この人が野々宮京子……さゆりさんのご親戚か。
物腰は柔らかいが、凜としていて、とても聡明な雰囲気を持っている。
「ありがとうございます、お邪魔します」
中は地方の小さな博物館のようにガラスケースが置かれ、その中には古い文書や古道具が展示されていた。
他には、高そうな掛け軸や大きな壺、陶器類なども置かれている。
「あなた、里帰り?」
「えっ?」
驚き、京子の顔を見る亮。
「ふふっ、だって、あなた、こんな田舎で標準語でしょ? それに観光客なんてここには来ないから」
「あ、あぁ、びっくりしました。そうなんです。里帰りで……」
「まぁ、どちら?」
「えっと……」
亮は少し迷ったが、正直に自分の名を告げ、祖父母のことを話した。
「あら、あなた、多々良さんの!」
京子は大袈裟なくらい驚いて見せる。
そして、懐かしむような笑みを浮かべた。
「私は野々宮京子です。あ、京子でいいわよ。そうねぇ、多々良さんは、少しだけど話しを窺ったことがあるわ。ちょうど、私があの辺の伝承なんかを調べていたから」
「伝承……ですか?」
「そうよ、おばあさまから何も聞いてない? あの辺は多々良姓が多いでしょ?」
「え、ええ……」
「いまは違うけど、多々良の一族は、あの辺一帯を治める大地主だったのよ」
「へぇ……」
京子はガラスケースに触れ、「これを」と言う。
中に飾られた古い巻物には、剣を持って竜と戦う人の絵が描かれていた。
「これは……日本神話みたいなものですか?」
「もっとローカルかしら。多々良一族に関する古い文献なの」
「へぇ、それって、僕も含まれていたり?」
亮が冗談半分で訪ねると、京子は「そうよ」と即答した。
「その昔、多々良の祖は鍛治師だった。この地を荒らす悪竜を不動明王の力を借りて退治したと言われているわね」
「……」巻物に目を向ける。
絵巻の中で、多々良の祖が持つ剣は、悪竜の右腕を切り落としていた。
亮は思わず自分の右手を意識した。
この奇妙な一致は偶然なのだろうか……。
もしかすると、この伝承は自分の持つ力と何か関係があるのでは……。
「亮くん?」
「あ、はい、すみません」
いけない、考え込んでしまっていた。
今はそれよりもさゆりさんのことを聞かなければ……。
「あの、実は少しお伺いしたいことがあって来たんです……」
そう言って、亮は神宮司からもらった京子の名刺を見せた。
「まあ、私の名刺ね? どうして亮くんが?」
目をパチパチさせる京子。
「名刺は、神宮司という方から預かりました」
その名を口にすると、京子の顔が一瞬だけ強ばったように見えた。
「……そう、あの男の」
京子は目線を落とし、短く呼吸を整え、
「それで? 私に聞きたいのは、さゆりのことかしら?」と亮の顔を見た。
「え、ええ、そうです。話せることだけでも良いので……」
「構わないわ、あれは事故よ。悲しいけれど、今更どうにもできないもの」
自分に言い聞かせるように京子は言った。
「えっと、京子さんとさゆりさんは、かなり親しかったと聞いています。ご親戚だと窺いましたが、どういったご関係だったんでしょうか?」
「関係ねぇ……。別に特別なことはないと思うんだけどね。あの子が小さい頃から良く面倒を見てたから……それこそ、実の娘みたいに可愛いって思ってたし……」
式神のことを直接聞くわけにもいかない。
亮はさゆりの知人にスピリチュアルな人物がいないか探ってみることにした。
「さゆりさんに何か相談を受けたりしていなかったですか?」
「相談?」
「はい、例えば、何か占いごととかに興味があったり……」
「占いですか……。いずれわかることですから言いますが、さゆりの母はいわゆる新興宗教を興した人でした。そのせいで、学生時分はずいぶん悩んでもいましたし、恐らくそういった神秘めいたことは苦手だったんじゃないかなって思いますよ」
「その宗教というのは今も?」
「いえ、すでにさゆりの母は他界していますから」
「そうでしたか……」
神宮司から聞いた二人の関係は、さゆりが京子に依存しているということだった。
京子の話を聞くと、彼女は特殊な環境で育ったせいでかなり思い悩んだようだし、肉親とは違う親戚の京子に依存する気持ちは理解できなくはない。
しかし、そうなると一体誰が式神を……。
「あら、もうこんな時間。亮くんごめんなさいね、私、ちょっと用事があるのよ」
「あ、はい、わかりました。すみません、突然お邪魔してしまって」
「いいのよ。私も静枝さんに話を聞かせてもらったからね、恩返しできて嬉しいわ」
「そう言っていただけると、祖母も喜ぶと思います」
「これは亮くんが持ってて。いつでも連絡してちょうだい、亮くんなら大歓迎よ」
京子は自分の名刺を亮に握らせた。
「ありがとうございます、じゃあ、また」
「ええ、またね」
穏やかな笑みを浮かべる京子に見送られながら、亮は何度も頭を下げる。
京子の姿が視界から消え、亮は大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
特に進展なし、か……。
宗教ねぇ……式神に関係ありそうなのはそれくらいかな。
一度、志堂寺とさゆりの実家を訪ねてみるか。
そう考えながら、亮はお礼を言っておこうと、叔父の家に向かうことにした。
未解明事象管理機構 雉子鳥 幸太郎 @kijitori
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