intersection ー氷の魔女と命の火ー
Han Lu
✜
村が氷の魔女に襲われたとき、少年はたまたま森に薬草を取りに出かけていて、ひとり難を逃れた。
少年が村に帰り着くと、村の様子は一変していた。
村人たちは凍っていた。
その姿はまるで、氷の彫像の中に生きたまま人が閉じ込められているかのようだった。ひとりの例外もなく、村人たちは凍てついていた。
その氷は太陽の熱を浴びても、溶ける気配はなかった。
少年は、隣の村に助けを求めた。
隣の村の人間に説明してもなかなか本気にされず、ようやく村のはずれに住んでいる老婆のところで、少年は有益な話を聞くことができた。
そのとき初めて、少年は氷の魔女のことを知った。
突然現れ、村人たちを凍らせて去っていく魔女。魔女は人々を凍らせるだけで、それ以外のことはなにもしない。いったい、なんのためにそんなことをするのか、老婆には――そしておそらく誰にも、わからなかった。
氷を溶かすにはどうすればいいのか、と少年は問うた。
命の火。
老婆は答えた。魔女の氷を溶かすには、命の火が必要だといわれている。しかし、命の火がどのようなもので、どこにあるのかまでは、老婆は知らなかった。
やがて、少年の村の様子を見に行った者から、話は広まった。
気味悪がる者、ただただ恐れおののく者、怖いもの見たさや野次馬根性から様子を見に行く者など、反応は様々だった。ただ、多くの人々は、少年に同情的だった。
少年は、命の火を探す旅に出る決心をした。
隣村の人々は少しずつお金を出し合い、少年に路銀として渡した。少年は人々に礼をいい、隣村をあとにした。
凍てついた自分の村に立ち寄った少年は、自分の家で旅装を整えた。家には凍りついた両親がいた。料理の支度をしている母親と、道具の手入れをしている父親。準備を終えた少年は、家を出た。
最後に、少年は近くに住んでいる幼馴染の少女のところへ向かった。
氷の中の少女は今にも動き出しそうだった。
少年は少女を覆っている氷にそっと手を触れ、そして出発した。
ひと月が経った。
少年は、行く先々で、氷の魔女と命の火のことを尋ねた。
魔女の存在を知っている者は珍しくなかったが、肝心の命の火がどこにあるのかを知っている人間には出会えなかった。
ただ、少年の話を聞いた人々の多くは、少年と彼の村のことを気の毒がった。
そして彼らは必ず少年にいった。
いつか見つかるといいね。
ふた月が経った。
少年は、薬売りを生業としていた親から教わった薬草の知識を活かし、道中手に入れた薬草を立ち寄った村々で売りながら、旅を続けた。
やはり命の火のことを知っている人間には出会わなかった。
少年の当面の行先は、西にある、大きな港町だった。そこなら人も多いし、なにより、様々な土地からやってくる人間に会うことができる。有力な情報を手に入れられるかもしれないと、少年は考えた。
立ち寄った村々でも、みな少年のことを気の毒がり、そして必ずこういった。
いつか見つかるといいね。
半年が経った。
少年は、港町にいた。
町の小さな宿屋で働きながら、少年は宿に泊まりに来る客や、食事をしにやってくる客たちから話を聞いた。休みの日は、人々の集まる場所に行き、船乗りや商人たちの話を聞いた。
ある日、命の火のことを聞いたことがある、という人間が現れた。
金をくれたら、詳しい人間のところに連れて行ってやる、そう少年に告げた男の前髪から垣間見える左目には、ガラスの義眼が埋められていた。
少年から、義眼の男の人相風体を聞いた宿屋の主人は、すぐさま憲兵隊の詰め所に駆け込んだ。
捕縛の手が伸びるよりも早く、お尋ね者たちは、町から姿を消していた。
これまでも、悪意を持った人間が皆無だったわけではなかったが、幸いなことに、少年は厄介ごとに巻き込まれることなく、ここまでやってこられた。
それに、数多くの人々と出会い、話を聞いてきた少年には、初対面でもその人の人となりのようなものがつかめるようになっていた。
それでも、用心に越したことはない。少年は気を引き締めた。
少年の事情を知った憲兵隊員たちは、命の火にまつわる話を聞きつけたら、少年に知らせることを約束してくれた。
彼らはいった。
いつか見つかるといいな。
一年が経った。
結局、港町でも有力な情報は得られなかった。
もしかしたら、一生かかっても見つからないかもしれない。
旅立つ決心をしたとき、少年は覚悟していた。
それでもかまわない。たとえ見つからなかったとしても、後悔はしない。そう少年は思っていた。
むしろ、見つかることの方が、奇跡なのかもしれない。
だから、人々は少年にいうのかもしれない。
いつか見つかるといいね、と。
ふさぎこむことが増えてきた少年に、宿屋の主人は鉱山町の話を聞かせた。
そこは、国中のいろいろな場所から、人々が出稼ぎにやってくる。
鉱山町までの路銀も十分貯まっていた。
少年は港町を出ることに決めた。
多すぎる餞別に恐縮している少年に、主人はいった。
気をつけてな。
少年は何度も礼をいった。
主人はいった。
見つかるといいな。
一年と、ひと月が経った。
少年は、大きな十字路にさしかかった。
予定通り、北に行けば、数日で鉱山町だった。
想定外だったのは、十字路の周りにあると思っていた町がなくなっていたことだ。少年が買った地図は、どうやら古かったようだ。
道の両側には廃屋が軒を連ねていた。
日暮れが近かった。
少年が野宿の準備をしていると、男がひとり、通りかかった。
男は北の方角からやってきた。男もどうやら少年と同じく、野宿の場所を探しているようだった。
少年は素早く男を観察した。見たところ、旅慣れている様子の男に怪しいところはなかった。少年はわずかに警戒を解いた。男の顔に刻まれている深い皺で老けて見えるが、歳は少年の父親よりも少し上くらいだろうと、見て取った。
少年と男は言葉を交わした。そして、お互いのお守りを交換し合い、それぞれのナイフを地面に突き刺して、不侵の誓いを立てた。
ふたりは廃屋の裏庭で焚火を囲み、互いの食料を分け合い、互いの境遇を少しずつ語った。
男は鉱山町での出稼ぎを終え、家に帰る途中だった。
少年はいつものように、自分の村に起こったこと、氷の魔女のことを話した。
命の火についてはなにも知らない、と男はいった。
ときおり男は、苦しそうに胸を押さえた。
少年は病状を尋ねた。自分は薬売りで、痛みを和らげる薬草を持っていると、男に告げた。
しかし男は多くを語ろうとはせず、少年もそれ以上深くは尋ねなかった。
焚火の灯りに照らされた男は、じっと遠くを眺めていた。その方角には高い山脈が連なる険しい光景があった。山頂にはうっすらと雪が残っている。男は焚火に木を加えた。ぱちぱちと、焚き木のはぜる音が朽ちた町に響いた。
翌朝、少年と男は別々の方角へ向けて出発した。
少年は鉱山町のある北へ。
男は自分の家がある南へ。
お互いに旅の無事を祈り合い、そして歩き出した。
しばらくして、少年はあることに気がついた。
見つかるといいな。
これまで出会ったたくさんの人たちの中には、その言葉をいわなかった人も当然いたはずだった。でも、少年にはすぐに思い出せなかった。それくらい、その言葉は、当たり前のように少年に投げかけられるものだった。
少年は立ち止まった。
その言葉をいわなかったこと以外に、あの男に不審なところはなかった。これまでの経験から、それは、はっきりとわかった。
少年は振り返った。
南へ向かう道はゆるく弧を描いていて、そこにはもう、男の姿は見えなかった。
+
南の方を向いて佇んでいた少年が、北へ向かって再び歩き出し、やがてその姿が見えなくなるのを、男は廃屋の影からじっと見つめていた。
深いため息を吐き出し、男は胸を押さえた。
深呼吸を何度か繰り返して、最後に大きく息を吸い込んでから、男はゆっくりと道に姿を現した。
来た道を戻り、男は十字路の真ん中に立ち止まった。
男は北、西、南と、頭をめぐらせた。
北には、数日前まで男が働いていて、少年が向かっている鉱山がある。今歩き出せば、少年に追い付くことはたやすいだろう。
西には、男の生まれ故郷があった。西にそびえたつ山脈を越え、さらにいくつもの山と谷を越えたところに、男の生まれた村があった。もう十年以上その村に戻ってはいないが、決して帰り道を忘れることはなかった。山を越える準備さえ整えられれば、男はちゃんと村に帰り着くことができるだろう。
南には、男の妻と子供が帰りを待っている家がある。半年ぶりに帰ってきた男を、妻と子供は温かく迎えてくれるだろう。
男は十字路の真ん中に、立ち続けた。
風が吹き、男の足元で砂ぼこりが舞った。
男は足を踏み出した。
三日前。
半年間の賃金を、男は鉱山の監督官から受け取った。
監督官は、男の真面目な働きぶりを褒め、また働きに来てほしいと伝えた。
男は礼をいい、農閑期にまた来ることを約束して、鉱山町をあとにした。
半年前。
男は妻と子供に見送られて、家を出た。
農閑期に鉱山へ出かけるのは、これでもう四回目だった。それ以前にも、男は長期間家を空けることがあった。暮らしぶりは決して裕福ではなかったが、出稼ぎに出なければならないほど、困窮しているわけではなかった。妻は、できれば男にはずっと家にいてほしかったが、男は、もしも自分になにかあったときに、貯えは少しでも多い方がいいと、妻を説得した。
男の胸の痛みは持病だと、妻は聞かされていた。特に命に別状はないと。一度、痛みに苦しんでいる男の胸を妻が触ったとき、そのあまりの熱さに、妻は驚いた。ただ不思議なことに、火傷をしてもおかしくないと思った妻の手にも、男の胸にも、なんの異常も見当たらなかった。不思議だけど、心配しなくてもいい、そう男は繰り返した。
もちろん男の胸のことは心配だったが、妻が本当に心配していたのは、男の過去に、なにか暗いものがあるのではないか、ということだった。特に具体的な根拠があるわけではなかった。ただ、なんとなくそんな気配のようなものを妻は感じていた。そして、その気配が、いつか自分たち家族を脅かすのではないか。そんな予感を妻は抱いていた。
だから男とはできるだけ一緒にいたいと思っていたが、やはり今回も男を送り出すことになってしまった。
妻は何度も振り返って手を振る男に、手を振り返した。
そして、もう一方の手で、子供の手を、ぎゅっと握りしめた。
六年前。
男が、その老人と出会ったのは、ほんの偶然からだった。
畑の収穫を終え、普段世話になっている酒場の主人に、男は、採れたての野菜を持って行った。しばらく主人と世間話をしていた男の耳に、酒場の客の会話が聞こえてきた。
会話のはしばしに出てくる、魔法使い、という言葉が、男の注意を引いた。
男の様子を見て、宿の主人が語って聞かせた。
村の宿屋に、行き倒れた老人が運び込まれた。どうやらその老人は、魔法使いらしい、と。
主人が話し終わるやいなや、男は酒場を飛び出した。背後で主人が呼び止める声がしたが、男は構わず、宿屋に向かった。
宿屋の人間をなんとかいいくるめて、男は老人の部屋を訪れることができた。
外はもうすっかり暗くなっていて、部屋の中は真っ暗だった。
灯りのない部屋の中、寝台の上にいる人影がぼんやりと見えた。
老人は上半身を起こして座っているようだった。
どう切り出せばいいのか、逡巡している男の目に、赤いものが映った。
老人の心臓のあたりに、炎のような赤い塊が見えた。
その胸の――といいかけた男は、燃えるような痛みに襲われ、心臓のあたりをわしづかみにした。
ほう、と老人はいった。お前さん、これが見えるのか、と。
見える、と男は答えた。
じゃあもう、かなり経っているな。そういって、老人は、男に椅子を勧めた。
暗闇に目が慣れてきた男は、寝台の脇の椅子に腰かけた。
男が、村の人間が老人のことを魔法使いだと思っていることを告げると、長い顎鬚をなでながら、老人は笑った。
自分は魔法使いでもなんでもない、普通の人よりも少し長く生きているだけの、ただの老人だ、と答えた。魔法使いどころか、臆病で意気地のない老人だ、と笑った。魔法使いなど、いない。ただし、魔女は、いる。
すっ、と老人は男の心臓のあたりを指さした。
お前さん、それがなにか、知っているのか。
いいや、と男は首を振った。
それは、命の火だ。
老人のその言葉を聞いて、男はいった。
これが、命の火。
命の火か、やっぱり。
老人はゆっくりと、手を下ろした。
なるほど、どうやら、命の火がどういうものかは、知っているみたいだな。
そして老人は話し始めた。
お前さんの村も氷の魔女に襲われたのだろう。氷の魔女に襲われた村には、必ずひとり、生き残りがいる。その人間の心臓が、命の火だ。生き残りの心臓は、やがて熱を帯び始める。その心臓を取り出し、その血を一滴たらすだけで、魔女の氷は溶ける。もちろん、溶かすことができるのは、自分の村の氷だけだがな。
男はいった。まったく、魔女というやつは。
老人は答えた。そうだ。魔女というのは、そういうものだ。
今さら。そういったきり、男はしばらくのあいだ、じっと虚空を見つめていた。
老人も、なにもいわなかった。
やがて男は、ぽつり、とつぶやいた。
妻のお腹の中には、子供がいるんだ、と。
自分にもいた、と老人は語った。だがもう、身寄りは誰もいなくなってしまった。そして、これから故郷の村に向かうのだ、とも。
ふたりのあいだに、またしばらく沈黙が訪れた。
なにか、手助けできることはあるか、と尋ねた男に、老人はいった。
お前さん、人を殺したことはあるかね。
八年前。
激しい胸の痛みに、男は跳ね起きた。
思わず、隣に寝ている女の様子をうかがった。女の規則正しい寝息を聞いて、男は、ほっと息をついた。胸を押さえていると、徐々に熱と痛みは引いていった。
新しい土地での暮らしが二年経ったころ、男の作る野菜が評判になり始めた。味が濃く、みずみずしいと。男は特別なことはなにもしていなかった。その評判を聞くたびに、男はそっと、胸を押さえた。
半年ほど前から、少し離れた家に住む娘が、男の手伝いをしに来るようになった。
娘は男を慕うようになり、やがて男は身を固める決心をした。
十年前。
およそ一年をかけて、ようやく男は山脈を越えた。
大金を費やして整えた装備と、案内人たちのおかげで、なんとか山脈の東側にたどり着くことができた。
男はもう、命の火のことは、考えないでおこうと決めた。新しい土地で、新しい生活を始めることを優先しよう、そう心に誓った。
小さな村のはずれに、一軒家を構えて、そこで畑を耕し始めた。故郷の村では、男の家は代々続いた農家で、作物の知識も忘れてはいなかった。
ただ、ひとつ気がかりだったのは、ときどき襲われる胸の痛みだった。
燃えるような熱を伴ったその痛みは、男にどうしてもあることを連想させた。
だが、男はなるべくそのことは考えないよう、日々を、作物を作ることに費やした。
そうして日々は、何事もなく過ぎて行った。
十一年前。
男は生まれ故郷の村にいた。
月明かりが差し込むその部屋は、男が旅立ったときと、まったく変わっていないように見えた。
男は、埃の積もった椅子の上に腰かけて、目の前の氷の彫像を見上げた。
そして、ぽつり、ぽつりと、これまであったことを語り始めた。
やがて話すことがなくなり、男は口を閉ざした。
長いあいだ、男はそこに座り続けた。
いつしか、見覚えのある四角い光が、男の右足を照らしていた。
男は、山脈に向けて出発した。
十二年前。
傭兵団を抜けた男は、城下町に帰り着いた。
傭兵の仕事のおかげで貯えは増え、小さな店くらいなら出せるほどの余裕ができていた。命の火のことは、変わらず男の心に重くのしかかっていたが、男にはこれ以上どうすればいいのか、わからなくなっていた。
その頃から、男はときどき、胸に痛みを覚えるようになった。まるで心臓が焼けるような熱を伴った痛みに襲われた。しばらくすると、痛みは消え、なにごともなかったかのように、心臓は鼓動を続けた。
ある日、傭兵仲間が、男のもとを訪ねてきた。そして、男は仲間から警告を受けた。どうやら、以前戦いに参加した隣の大陸で大きな政変があったらしい。かつて、そこで行われた侵略行為について追及が行われている、と。真実を知っている者はもう少なくなってしまったが、すでに何人かの行方がわからなくなっている。お前も用心したほうがいい。
仲間が去った次の日、近くの川で、死体が見つかったと、男の耳に入った。男は死体の身元を確認する前に、素早く身の回りの物を処分して、城下町を抜け出した。
十三年前。
長い時間をかけた準備と、長い行程ののち、ようやく討伐隊は炎の魔女の居城へとたどり着いた。
出発当初、百名いた討伐隊は、そのとき半数にまで減っていた。途中に仕掛けられた罠や、魔女の仕業と思われる火事によって、脱落者が増え続けていた。
男は生き残り、他の兵士たちと共に、魔女に対峙した。
魔女は、若い女の姿をしていた。
だが、白目も黒目もない両の眼は、燃えるように赤く、口から覗く長い舌の先は二つに分かれていた。
自分たちは、触れてはならない存在の前にいる。その場にいる誰もがそう思った。そう思ったときは、すでに遅かった。
魔女が息を吐くと、兵士たちは一瞬で燃え上がり、灰となって崩れ去った。ひとり、男を除いて。
立ちつくしている男に、炎の魔女は近づいていった。金縛りにあったように身動きの取れない男に、魔女は顔を近づけると、舌で男の顔を舐めた。魔女はいった。お前、呪いがかかっているな。
男はなんとか口を開くことができた。自分の村が氷の魔女に襲われたこと、命の火を探していること、命の火について、なにか知っていることはないか、そう男は告げた。
炎の魔女は、納得したようにうなずくと、いった。知っていたとして、なぜ、お前に教えなければならない。お前たちは、私を殺しに来たのだろう。
自分は、はなからそんなつもりはなかった、ただ知りたいことを教えてくれればそれでいい。その男の言葉に、炎の魔女は鼻を鳴らした。
氷の魔女。あいつはどうにも好かない。決して姿を見せないからな。かといって、お前たち人間に教えてやる義理もない。
男は口を開いた。お前たちは理由もなく人間を襲ってきた。今回の討伐も村や町が燃える事件が多発したから、行われたのだ。なぜお前たちは人間を苦しめるのだ。
男の問いかけに、炎の魔女は答えた。
それは魔女だからだ。お前たちも、家畜を殺して食べているだろう。お前たちが生きるために。私たちも同じだ。私たちには、お前たち人間の苦しみが必要なのだ。私たちが生きるために。ただ、お前たちとは決定的に違うことがある。お前たちは人間同士で殺し合うだろう。だが、私たちはそんなことはしない。魔女は魔女を殺さない。
炎の魔女は振り向いて、男から歩き去ると、玉座に座り、足を組んだ。
去れ。呪いのせいで殺すことはできないが、お前を一生ここに閉じ込めておくことくらいは、たやすいのだ。
金縛りが解けたことを感じたが、それでもまだ躊躇している男に、炎の魔女はいった。
命の火がどこにあるのか、いつか、お前は自分自身で知ることになるだろうよ。それがお前にとって良いことかどうかは、わからないがな。
そして、男は炎の魔女のもとを去った。
十五年前。
その国の領土争いは続いていた。
男がいる傭兵団は、雇い主を変えながら、仕事を続けていた。
表向きは魔女狩りという名目で、多くの村が侵略されていた。
侵略された村々では、ありとあらゆる非人道的な行為が行われていた。
そのなかで、傭兵団は特に、汚れ仕事を受け持っていた。
いつか、本当の魔女のことがわかるかもしれない。
そう自分にいい聞かせていた男が、いつしかそれすらも思わなくなったころ、その話が伝わってきた。
とある国で、炎の魔女という、高名な魔女の討伐が計画されているらしい。その国は大国で、国の内外から腕に自信のあるものを募っている、と。男のいる傭兵団は、数多くの戦いを経験し、いつしかその大陸でも一目置かれる存在となっていた。報酬も大きかったため、男を含めた数名が、傭兵団から大国へ派遣された。こうして男は、本物の魔女の討伐に加わることになった。
十八年前。
三日間船に乗せられて、男が到着したのは、隣の大陸だった。
そこでは地方領主たちによる領土争いが長いあいだ続いていた。
男が属している傭兵団は、ある小国に雇われていた。
そこの兵士たちと合流し、男はある村に派遣された。
その村には訓練された兵士はおらず、大した抵抗もなく、村はあっという間に制圧された。
小国の兵士たちは、村の家々を焼き払い、殺戮と略奪を始めた。
男は、兵士のひとりに尋ねた。魔女はどこにいるのか、と。
指示された家に男が向かうと、小さな家の中に、老婆がひとり、座っていた。その周りを小国の兵士たちが取り囲んでいる。
これが魔女なのか、そう尋ねた男に、兵士たちが笑い声を上げた。
指揮官は、男の肩に手を置いて、笑いながらいった。仕事熱心でなによりだ。その熱心さの酬いだ、魔女の始末はお前に任せよう。心配するな、ほかにも魔女はたくさんいる。ほかの村に、必ずひとり、魔女はいるんだ。遠慮しなくていいぞ。
兵士たちがまた一斉に笑い声を上げた。
老婆はじっと男を見つめた。
その日、男は初めて人を殺した。
十九年前
村を出て、男がまず向かったのは、西だった。
東はいくつも山がそびえ立ち、道のりは困難だった。北には広大な湿地帯が広がり、南は荒れ地が続いていて、それらを越えるには相当な労力が必要だった。西に行けば、比較的近い場所に、大きな城下町がある。男はそこへ向かった。
途中、立ち寄った村々で、男は命の火のことを聞いてまわった。
誰ひとり、命の火のことを知っている人間はいなかった。
男の話を聞いた人々はみな気の毒がり、見つかるといいね、と男にいった。
だが、男はその言葉を、素直に受け止めることができなかった。
しょせんは他人事だ。かけられた言葉も、ただ単に気休めでしかない。
男がほしかったのは、そんな言葉ではなく、情報だった。たとえ間違った情報であっても、慰めや労りの言葉ではなく、手がかりがほしかった。
町で働きながら、男は聞き込みを続けた。
有力な情報は得られず、時間だけが過ぎていった。
こうしているあいだにも、自分と村の人間との時間はどんどん開いていく。
焦りと不安を常に抱えて、男は暮らしていた。
町に来て半年が過ぎた頃、ある情報が男の耳に入ってきた。
隣の国で、魔女の討伐を行うらしい。
その戦いに参加するため、傭兵の募集が行われていた。
男はすぐに応募し、雇い入れられた。
それから数か月間、男は、兵士としての訓練を受け、そして、傭兵として隣の国に渡った。
二十年前。
村が氷の魔女に襲われたとき、男はたまたま隣の村まで出かけていて、ひとり難を逃れた。
男が村に帰り着くと、村の様子は一変していた。
すぐに男は、氷の魔女の仕業だと気がついた。男の村には、氷の魔女にまつわる、いい伝えが残っていた。
氷の魔女によって凍らされた人間は、普通の方法では、元には戻らない。方法はひとつだけ。魔女の氷を溶かすには、命の火を使うしかない。ただ、命の火がどのようなもので、どこにあるのかまでは、伝えられていなかった。
男の決心は、早かった。
必ず、自分が命の火を見つけ出してみせる。そして、村人たちを元の姿に戻してみせる。
準備を終えて、村を発つ日、男は氷に閉じ込められている恋人のもとへ向かった。
氷の中の恋人は今にも動き出しそうだった。
男は恋人を覆っている氷にそっと手を触れ、そして出発した。
intersection ー氷の魔女と命の火ー Han Lu @Han_Lu_Han
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