現事紀

その少女は、俺の左前に席を構え、いつも気持ち悪いほどに背筋を伸ばして座っている。

 そう、座っているのだ。彼女は授業中、発表をしない。

 休み時間中も同じく、読書をしたりすることはない。が、だからと言って誰かと談笑するわけでもない。ただ、座っている。

 授業を聞き、ノートを取り、提出物を出し、時に共にテストを受ける。体育は受けない。なんでも、貧血持ちなんだそうで。

 そしてその日の授業が終われば、彼女は誰よりも早く、一人で帰る。

 それが、彼女の、「学校生活」の全てなのだ。彼女とは一年でも同じクラスになったが、その生活洋式は、一年の頃から変わらない。

 彼女は、宿題を忘れない。彼女は、テストを間違えない。彼女は姿が変わらない。その様はまるで、ロボットだ。髪型はいつも三つ編みで、縁の太い黒眼鏡。セーラー服を見に纏い、皆とは一味も二味も違う室内用黒靴の下には、一体どれだけの在庫があるのか白い靴下を履いている。

 ちなみに、この様は一年の頃から変わらない。もう一度言う。彼女は何一つ間違えず、何一つ変わらず、目的を遂行する。

 そして、そのように言える理由がもう一つある。それは、彼女は目的遂行を邪魔するものには容赦がなく、目的の遂行に好都合だと思えば、それを受け入れる。そんな人間だ。孤高と言い表すこともできそうなのだが、俺にはその域をもうすでに超えてしまっているような気がする。

 彼女はテストの順位では必ず、一位を取る。通信簿では、全て五を取る。当たり前だが、先生からの評価は高い。

 外見的なこともいうなら、彼女は顔立ちも整っているし、スタイルだって悪くはない。

 彼女に何か一つ、こじつけであっても悪いところをあげるとするなら、それは、おっぱいが小さいことくらいだ。

 まぁそんな欠点・・・・・・というまでもないが、屁にも思わない人間がいることも、俺は重々承知している。ただ彼女が「優秀」すぎるがあまり、そう言ったことですら、欠点となり得るのだ。





 七月中旬、とある日の昼休み。教室の後方。辺りを見渡すと、そこには俺の背後を囲うように、男たちが並んでいる。

 何が起こっているのか、簡潔に説明すると、俺は今、「告白」というものを強要されている。なぜこうなったのかというのも同じく簡潔にまとめると、罰ゲームだ。

 それも不運なことに、相手は、クラスで、学年で、いや、学校内でも一番魅力的と称される少女、白木雪子。

 いやだが、実際俺は白木雪子に対して好意があるわけだから、一概に罰ゲームとは言えないのかもしれないけれど。

 だが第一、告白というのは、男女の関係を友情からそのまた別の感情へと移り変わることへの許可を得るための儀式のようなもので、それをする対象は少なくとも、友達。もしくはそれ以上の関係を持っている相手なはず。

 だが、俺はあの白木雪子という少女に、一度たりとも話しかけたことはない。ましてや話しかけられたこともない。だから、俺はまず告白という行為をするその第一条件すら満たしていないのだ。

 が、それでも周りの男たちは、俺に期待の眼差しを送る。

 俺は、眼差しに押されるような形で、一歩前に歩み出た。すると、白木雪子からある一定の距離に入った瞬間、俺の体の動きは、ぴたりと止まった。それも空中で。見渡してみても、俺の周りには、何も障害物はない。一番近くにある俺の椅子でさえ、俺の動きを止められるほどのの距離はない。

 それすなわち俺は、俺の目には見えない何かに、体の自由を制限されている。ということになる。

 果たしてこの束縛は、いつまで続くのだろうか。後ろには期待の眼差しを送っている男たちがいっぱいいわけだから、できれば一刻も早く終わってほしい。というかそれ以前に、この方足立を強制的にやらされているようなこの感覚が、僕にはなんだか慣れない。

 というか、僕は周りにどんなふうに見えているのだろうか。やっぱり、ガチガチのまま器用に片足立ちしているようにしか見えないのだろうか?もし仮にそうなのだとしたら、もっと堂々として歩き出すべきだった。そうすればこんな自分の周りからの印象で悩むこともなかったというのに。

 だが、こうも思う。一体誰が空中で自分の体の動きという一瞬の連続が止まることを予想できるだろうか。仮にできる人間がいたとするなら、そんなの、普段から一秒一秒に気を遣っているような人間くらいだろう。

 俺の動きが止まってから、二分くらい経ったころ。白木雪子がこちらを向いた。が、その目線の先にいるのは、俺ではなく、俺の後ろの男達だった。

「何?」

 白木雪子が口を開く。二年と一緒のクラスになって、おそらく初めて聞く、彼女の声。それは、喋り慣れていないのかはわからないが、小さくか細い声だった。が、周りの人から可愛い。や、綺麗と言われるには十分すぎるほどの声だった。

 彼女が男たちに声をかけた瞬間、俺の体は動いた。足が地面についたのだ。何がきっかけでこうなったのかはわからないが、とにかく地面に足がついた。

 俺が歩みを進めてから白木雪子が口を開くまで、それは二分というほんの短い間だった。が、動きを止められている俺にはその時間が、つまらない授業よりも長く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女信仰 新塚治 @yorosikuonegasimasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る