南十字星は月華を手折れたか

メアリー・スーサイド

第1話「αの彼岸花は僻んでしまう」


某日。私の友人、朧月長閑が相談したい事があると言う事でして、輝夜スタジオ(かぐやスタジオ)に訪れました。

着物をきた案内のスタッフと思われる女性が扉を開ける。着物をきた女が三人、そのうちの二人がこちらを見た。

一人はカメラを構えて写真を撮っているようでした。趣味か何かでしょう。

こちらを見た女がこちらに電光石火で近寄ってきた。

「よっし、みんな待ってたよ!それでね、相談ごとっていうのはー」

「うつろー、いきなりマシンガントークはよくないよー。凛も写真撮ってないで注意してよー」

「......いいだろ。写真はアタシの趣味だ。」

「...皆さん。まずは自己紹介から始めませんか?」

スタッフと思われる女性が声をかけました。


「私はターシャですわ。皆さんもしかするとCMとかで見たことがあるの人もいるんではないでしょうか。

もう天才で美少女な探偵ですわ。よろしくお願いします。」

ブロンド髪を巻いたヘアスタイルにサファイアをはめたような瞳。高校の制服を着た美少女はCMで見ることも多いお嬢様探偵、ターシャ。敵などないと言わんばかりに彼女は笑った。

「俺は凃久棚総合病院(とおくだなそうごうびょういん)で医者をやっている外山だ。ターシャと前回から仲良くしている。まあ、第二の助手と言っても過言ではないな。」

「それは言い過ぎですわ。」

染めたであろう金髪に白衣という胡散臭い男はそうおちゃらけた。ターシャからの拳と書いてツッコミを甘んで受け入れている。傷は一切負っていない。見えない壁がそのお嬢様パンチをふさいでいるから。

「自分はボディーガードの仮称:闔と言います。よろしくお願いします」

アルビノという言葉が当てはまる雪のように白い肌と血のように赤い瞳。ネクタイにモノクルをかけているその子は無機質な声で自己紹介をした。

「私の名前は朧月長閑と申します。一応ではないですけど、月華京亭の篠笛担当として吹かせていただいてます。 よろしくお願いします。」

鴉の羽の様な黒髪。肩までかからない短く切られた髪。前髪は一応桜の髪飾りで留めてはいるものの、赤い左目を若干隠していた。

「アタシは水無月凛。特に言うことはないね。」

空色のリボンでポニーテールにされた銀髪。左耳に菖蒲のピアスをしている。全体的に涼しげな 色で纏まった彼女は素っ気無い返事をした。見た目通りクールというかツンとしている。

「自分は月華京亭で琴やってるー。晦晏如っていうよー。よろしくねー。」

焦茶の長いまっすぐな長髪。メガネをかけた女が手を振った。彼女は草履を履いている。ちなみ に水無月凛は下駄、月食空は草鞋、朧月長閑は雪駄を履いている。

「ウチは今、月華京亭ってグループのリーダーでボーカルやってる!月食空!よろしく!」

ベージュのおさげに糸目がよく目立つ、彼岸花の花の首飾りをした女が笑った。

「あ、そうだ。それで依頼内容なんだけど、 ウチがちょっとストーカー被害に遭ってて、それと身近な人間が変な事故に遭ってるんだよ。」

「ストーカー被害に関しては非公開にしているはずの空の住所に変なんが送られてたー。他にも 後をつけられてるみたいらしいのー。」

「死ぬほど死ねって書くアンチとストーカーの手紙。それを気にしたところでウチ以外のメンバーに 被害ないからいいの。それよりも問題は変な事故。ウチのボイストレーナーさんと、この前はマネージャーさんが大怪我しちゃったんだもん。」

「月華京亭のメンバーに怪我させたやつはアタシがブン殴る」

凛の目が人を殺せるほど、極まっている。

「過激すぎない?」

「やめなよ、凛。元とはいえボクシング部でしょ?半殺しじゃすまないじゃん」

「半殺しにしても、犯罪は犯罪になりますからやめてください。」

「あくまで、たとえだ。」

月華京亭の面々に叱られる。当たり前だろう。いくらなんでも物騒すぎる。少し気に食わないのか凛は口を尖らせながらぶっきらぼうに呟いた。

「あーあ…アンチだなんて、空ちゃんとっても可愛いのに。見る目無いね、ソイツ」

外山が口説きながら空の頭に手を乗せようとしたところで邪魔が入った。凛が手をパシンと振り払い、左ストレートが炸裂する。幸か不幸か、はたまたお互いにとっては両方か。見えない壁が凛の拳を防いだ。

「二人ともー?ナンパもー。暴力もー。よく無いって分かってるでしょー?」

ゆったりと間延びした晦晏如の声。だが、ビリビリと周りが緊張するほど圧がかかっている。二人はその圧にやられて謝罪すると元の席に着いた。

それでー…と彼女はその圧を消して説明する。

「ちなみに、変な事故だけどー、マネージャーが交換したばっかの電球が破裂して喉やられてるー。それにー、ボイストレーナー は安全運転がモットーなのに交通事故にあってるー」

「ちなみにそのお二人は千郭野病院(ちかくのびょういん)で入院中です。明日退院しますけど」

数秒の静寂。それをターシャの玲瓏が切り裂いた。

「そうですわね。やはり探偵というもの、被害者の方にお話を聞かないと何も言えませんわ。」

「私もそうですね、お見舞いに行きたいですし。」

「ああ、それでは千郭野病院から向かうとしよう」




入道雲によって太陽が見え隠れする。今日は晴れとのことでしばらく良い天気が続くらしい。

「そういえば、外山さんずっと攻撃防いでますよね。アレってなんですか?」

朧月長閑の瞳には「疑問」と書かれている。その瞳に応答して外山は渋々と言った様子だが口を開く。

「あー…それだが、【被害を逸らす】っていう呪文だな。俺はとある事件で偶然、ソレを習得した。詳しいことはよく分かってないが…」

仮称:闔が思い休らうこともなく、知っていますと手を上げた。かちゃりとモノクルを意味もなく触わる。

「その【被害を逸らす】ですが、詳しくはダメージを魔力消費に換算する呪文です。いつでも発動可能かつ、弱点がありません。まあ彼方の世界に踏み入っているモノが習得している場合があるそうです」

外山が小さく舌打ちをする。仮称:闔は気にする素振りも見せずに女とも男ともとれない声を発した。

「気にする必要性は皆無です。今の貴方の魔力は空っぽでしょう?」

彼が受けた攻撃はターシャのお嬢様パンチと水無月凛の左ストレートだけだ。そもそも普通に生活していれば攻撃などくらうことはないが。お嬢様パンチはあまり強いわけではない。つまり、水無月凛はとてつもなく強いということだけがハッキリしている。

「そうだが……アァ、最悪だ。能ある鷹は爪を隠すというだろう?」

「The worst is not,So long as we can say,“This is the worst.”」

「シェイクスピアのセリフで返すな」




千郭野病院は白を基調とした清潔な病院。空に教えてもらった部屋番号に行くと、大部屋に空の言うボイストレーナーの安西全一がベッドの上で暇を持て余していた。

「安西さん、大丈夫ですか」

「大丈夫だ。ところでお前たちは誰だ?」

黒髪に顰めっ面の男が訝しげにターシャ達を見つめた。

「あら、すみません。ご紹介遅れました。私、探偵事務所のターシャと申します。よろしくお願いします」

「あんまり関係はないんだが、凃久棚総合病院(とおくだなそうごうびょういん)で医者をやっている外山だ」

「私の名前は朧月長閑です。月華京亭というバンドの篠笛担当です。」

それぞれが一礼して自己紹介をした。仮称:闔は喋るつもりがないのか人形のようにスンとしている。

「あ、うちの教え子のやつが言ってたな。で、何か聞きたいことでもあるのか。 その感じじゃあ、見舞いだけってことはねえだろ?」

「安西さん、俺達は事故当時に何があったのか聞きたいんだ」

外山が人当たりの良い笑みを浮かべる。胡散臭くはあるが、月華京亭のメンバーがいるので信用に欠けることはない。それを汲み取ったのか安西全一は口をひらく。

「あの事故についてだな。といっても耳鳴りがしたかと思えば衝撃を喰らっていた、それだけだな。 他は青っぽいトカゲみたいなモンを見たぐらいかな。本当に、つってもなんか人よりかは大きかったぐらいだし」

「トカゲ?ワニっぽい顔ではなかったか?」

いいや。なんでワニ?と安西全一は首を傾げた。同じく外山も青いトカゲ?と首を傾げる。血は繋がっていないが兄弟のようだ。

「…ターシャ、ここから真実を見出せそうか?」

「It is a capital mistake to theorize before one has data.」

ターシャは外山の質問に対して首を横に振った。どんな天才でも状況も知らないのに真実を見出す事はできないのだから、当然のことである。

「他になんか聞きたいことはあるか。空については詳しいぞ。月華京亭については空以外詳しくないからなんも知らんがな」

はいはいと朧月長閑が勢いよく手を挙げる。

「それじゃあ、一応リーダーのことについても教えてくれませんか?」

「あー、つってもあいつは俺のところにやってきて頼み込んでいるってだけだ。別に歌声は問題ない...初めてから数週間のボーカルとしては及第点どころか、他を出し抜くレベルなんだがな。ま、他がバケモノというか...神に認められそうなくらい上手いからな。ファンも自然と勘違いすんだ」

これで必要そうな事は聞けたと顔を見合わせる。異論はない。ターシャが代表として一歩前に出る。

「安全さん、いろいろありがとうございましたわ」

「安西だ。」

最後の最後で盛大にやらかしてしまった。彼女はあまり人の名前を覚えられないのだ。覚える必要性を見出せていないだけかもしれないが。

「ターシャだったか?お前に言っておきたいことがある」

安西の顔が凛々しくなる。それは入院患者のものではない。教育者、師匠、先生といった導く人の顔だ。

「人の名前をちゃんと覚えたほうがいい。人の名前を間違えると言う事はコミュニケーションでも悪手だ。その上、相手に向き合っていないという自己証明でもある。名前を間違えられて怒る人も多いからな」

ターシャはその発言を受け止める。受け止めたうえで、笑顔で言い放った。

「ごめんなさい。私、人の名前なんかより、知識を詰めていたいんですの。なにせ、私の憧れにして始まりのシャーロックホームズは「that a man should keep his little brain-attic stocked with all the furniture that he is likely to use, and the rest he can put away in the lumber-room of his library, where he can get it if he wants it.」とおっしゃるのですから。」

すー、はー、と息を吸って吐く音。どうやら安西全一が深呼吸していたようだ。

「………そうか。いつか後で泣く羽目になってもしれんぞ」




次の病室に向かう前に外山が口を開く。

「悪いが、俺は月食空の家に向かう。調べたいことができたんでな。」

「そうですの。分かりましたわ。私はつごもりさんの所へ行きますので、仮称:闔は外山さんと共に行動してください」

「了解です。つごもりではなくつきこもりです」

おい待てと外山が仮称:闔を指差す。

「なんで俺がそいつと一緒なんだ?」

「あなた魔力ないでしょう?【門の創造】がつかえませんわ」

「別に歩けばいいだろ。医者の不養生になったらどうしようもないからな」

外山はどうやらとてつもなく気に食わないらしい。ターシャはそんなことお構いなしに言いくるめた。やはり、探偵というものは変わり者が多いのだろうか。一方で、仮称:闔はスマホを見ている。特に何も興味がないのだろう。仮称:闔がブツブツと呟くことは外山の耳には入ってこない。降参だと言わんばかりに外山は両手を上げる。

「……アァ、わかった、わかった。仮称:闔も連れてけばいいんだろ?」

「違いますわ。あなたが連れて行かれるんですの」

「は?」

仮称:闔の呟く声が止まった。次いで、トンと外山の背を押す音。少しよろけた外山の視線の先は病院特有の清潔な壁ではない。アスファルトの地面が見える住宅街だ。

「あれ?君たち…」

女の声がする。見ればMiracles rarely happen in your life.But if you want to witness one, you just have to take action.と書かれたTシャツというラフな格好と彼岸花の首飾り。月食空がそこにいた。




ターシャはスマホのメッセージアプリを起動する。そこにはターシャの指示通り、朧月長閑が北山知奈のインタビュー音声があった。ヘッドホンを装着して、ボタンを押す。ヘッドホンはノイズキャンセリング機能搭載の高性能かつ高価なものだ。さすがお嬢様といったところだろう。待ち合わせの暇つぶしにはなるだろうと、ターシャは音声に耳を傾けた。


「マネージャー、大丈夫ですか?」

「…うん。もうちょっとでなんとかなるかなって」

「あ、事故についてもう一回聞きたくて」

「あー、あの事故だね。わかった。あれ、でも以前病院で、ライブハウスの電球が交換された次の日に耳鳴りがしたかと思えば、電球が割れてしまったって以前言わなかった?」

「私たちが道具の手入れをしている間に。一体何が。

あ、それだけじゃなくて。

マネージャーが電球を変えている時に変な動物を見ませんでしたか。さっき安西さんに聞いたところ、事故に遭った時、青いトカゲを見たとか言ってたんですけど」

「見てないよ?青いトカゲなんで、見つけたらSNSとかにあげたら万バズ狙えるじゃん(笑)」 


トンと肩を叩かれる。瞼を上げればメガネと椿の髪飾り。晦晏如がそこにいた。ヘッドホンを外して、ペコリと頭を下げる。

「申し訳ございません。少し、音楽を聴いていましたの」

「大丈夫だよー。自分もー、音楽好きだもんー。ギターもやろうと思えばー、完璧にできるからー」

ゆっくり歩みながら、二人はガオンモールと書かれた建物の中に入っていった。




ガオンモールエリア番号217。ファミレス「ロロジュナ」にて、日の入りを眺めながらターシャはパスタを食べていた。さすがお嬢様というべきか、その所作に非の打ち所がない。そんなのはどこ吹く風というように晦晏如は抹茶ラテを飲んでいた。ちなみに晦晏如の好物である。

「それでー?何を聞きたいのー?」

「月華京亭の成り立ちについて詳しくお願いしますわ」

「りょーかーい」

晦晏如はメガネを一回拭く。そして、偉い大人が咳をするように掛け直した。

「月華京亭、月食空が夢を叶える為に結成された演奏集団。メンバーの名前に月に関係する言葉が入っていることが名前の由来。華が入っているのは着物の柄と、結成日に月食空が華の髪飾りを譲渡した事によるもの」

カラトリーを動かす手が止まった。

「月食空の夢とは何ですの?」

「さぁー?自分はそこまでは知らないよぉー。あ、でもどうしてこんなメンバーになったかは知ってるよー。空がぁー引き立て役を探しててぇー…」

待ったの声が入る。某推理アドベンチャーゲームならカットインが入りそうだ。

「空語はやめてください。そうであれば、彼女にアンチの手紙なんて来ませんわ。そもそも引き立て役であればもっとレベルが低くなるように選ぶでしょう?」

ターシャの脳裏には安西の言葉がチラついている。『別に歌声は問題ない...初めてから数週間のボーカルとしては及第点どころか、他を出し抜くレベルなんだがな。ま、他がバケモノというか...神に認められそうなくらい上手いからな。ファンも自然と勘違いすんだ』

他が神に認められそう。もし、これが…と考えていたところで、あーと落胆したような声。

「やっぱバレるー?」

「探偵に嘘など真実も同じですわ。それに、私にはあなたの嘘の癖も理解しておりますもの」

かかってこいよ。見破ってやるから。

そう言うようにターシャは不敵に笑った。晦晏如もひょうひょうとしている。力はなくとも知から、あるいは血から名声を手に入れた二人だ。似たタイプなのだろう。水面下で火花が散っている。

「正確には凛が、埋め合わせを探しててー。それに選ばれたのが自分たちだったってだけー。でも凛はぁー、自分たちが演奏出来ることぉー、知ってたしぃー?」

「つごもりさん?」

「つきこもりだよー?まー、嘘ついた自分が悪いけどさー」

お互いの瞳に「馬鹿なのかな?」と書かれていた。




住宅街。外山、仮称:闔、月食空の三人は空の家に向かう途中だった。なぜか仮称:闔が月食空の手をがっちりと繋いでいる。恋人繋ぎと呼ばれるものをわざわざするなど、水無月凛に頭ブン殴られてもおかしくないだろうに。まあ、仮称:闔がブン殴られてしまったところでバイオ装甲という簡単にいえばシールドによって生半可な攻撃は通らないのだが。ギリと、誰かの歯軋り音が仮称:闔のみ聞こえた。もしかしてストーカーは水無月凛だったのか…!?(そんなわけない(多分))


閑話休題。


月食空の家についた。小さな何処にでもありそうな家。その鍵を空が開けた。外観とは異なり室内は女の子らしい可愛らしくて清潔な部屋だ。

ぐるりと部屋を見回して、仮称:闔は一直線にクマのぬいぐるみのある場所へ向かう。仮称:闔が可愛いらしいクマのぬいぐるみを持ち上げ、頭を何の躊躇もなくもぎ取った。外山は仮称:闔の奇行に目を丸くする。しかし、以前にも人の頭をもぎ取ったことがあるのが仮称:闔だ。仮称:闔が何かやらかしてしまったとしてもテレビインタビューで「アイツならやると思ってました」と外山は答えるだろう。仮称:闔がクマのぬいぐるみ(死骸)の内部をまさぐる。何か違う感触を感じたのだろうか。黒くて小さな何かが仮称:闔の掌から掬い上げられた。

「おい、ストーカーさん。月食空はオレの彼女だ。手ェ出すんじゃねぇぞ。」

外山の筋力を十とするならば、仮称:闔の筋力は二十二になるだろう。そんな筋力を発揮して仮称:闔はポキリと黒くて小さな塊(盗聴器)を粉々にする。

「お前、一人称オレだったか?」

「いえ。自分の性別はどちらでもないのですが、それを利用すれば上手くいくかと」

どうやら先程の恋人繋ぎも仮称:闔の作戦のようだ。もしかしたら、仮称:闔はそのうち刺されるかもしれない。仮称:闔がやられたら、南無三と外山は手を合わせてくれそうだ。

「そういえば、二人はどうやって知り合ったの?」

ひまわり柄のベッドに月食空がちょこんと座って問いかけた。あー、と外山が声を出す。とうとうそこに触れられたかと顔に書いてある。手紙は本棚にあるよとフォローにもなってない事を月食空が言った。


「まあ、俺はただのターシャの依頼人になる予定の人間だった。」

「そんでコイツ、仮称:闔は」と仮称:闔を指差す。

「マティーニ社のプロジェクト【ティリラギュンシ】で生産された【人間の脳を使用した戦況を変える為の戦闘兵器】だ」

まばたきによって仮称:闔の赤い瞳が一瞬、隠れる。目を閉じた姿は人形のようで。月食空は息を飲んだ。

「依頼内容を話そうとしたところでコイツが乱入してきた。いやー、【門の創造】とかいう魔法なんて初めて見たな」

外山が本棚にあった月食空宛の手紙を開く。三通の手紙はどれも異常に満ちている。ハートマークで埋め尽くされた恋文。礼儀正しく月食空の死を願う脅迫文のような手紙。行動全てを見たのだろう、目線の合わない月食空の写真。

「問題ないでしょう?貴方も【被害を逸らす】と【門の創造】を習得できたのですから」

外山は手紙を元の位置に戻して本棚に目をやる。コレでアナタもプロのように歌が上手くなると謳い文句が書かれた歌の指導書。リーダーシップとデカめのゴシック体で書かれた本。アンガーマネジメントについての本。彼女に必要だったであろう本が並んでいる。たしか、彼岸花は。

「問題大有りだ。そのせいでターシャに依頼断られたし、庚申(こうしん)のやつにも…」

あークソと外山が頭を掻く。嫌な事でも思い出したのだろう。

「そんなこんなで、俺はあんまりコイツは得意じゃない。」


「それともう一つ、ただの憶測で済めばいいんだが」と外山は月食空の方へ向き合う。仮称:闔は特に興味もないのか、棒立ちになっていた。金髪の医者が本棚を背にして立ち、糸目のおさげ髪の女がひまわり柄のベッドにちょこんと座り、アルビノのような見た目のモノクルをつけた男が棒立ちとは。どこかそれが不思議な空間を作っている。

「月食空、お前…月華京亭のメンバーでも僻んでんじゃねーのか?」

月食空は自分の心臓のBPMが大きくなって速くなっている事に気づいた。どうして。この人は、探偵でもないはずなのに。

「やだなぁ。どうして、そんな風に思うのさ?」

「…なんとなくだ。気を悪くさせたな。すまない」

外山の手が月食空の頭に数センチで触れるところまで近づく。仮称:闔がスマホを取り出した。

「俺なら空ちゃんのこと、分かってあげられると思ったんだけど…」

仮称:闔がいきなり外山の背中を蹴り飛ばす。蹴っ飛ばされた体は【門の創造】により開かれた門の向こうに消えてしまった。月食空の滅多に開かない糸目が驚きでまんまるに見開かれたが、ソレを見た者は残念ながらいない。水無月凛であればレアショットと言わんばかりに撮っただろうか。もしかしたら慰めたりするのかもしれない。

「帰還命令が出されました。帰りましょう」

「だからって蹴る必要あるか!?この無慈悲マイペース!!」 

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