第6話「受けて立つ!」

 岬を見る目が変わったのは、きっとそこからだ。これが、存在意義としての「役目」でなくなったのも。

 岬と共に日が暮れるまでどこかの家に足を運び、差別され、不気味がられた。

 それでも、元々パン屋さんだったというお宅では「最近母乳を飲みたがらない」という赤ちゃんを岬が診察し、口を開けさせて口蓋垂<こうがいすい>に水泡ができているのを見て、「小児夏かぜ」だと診察し、脱水症状に気をつけるようにと結論付けた。

 その姿を、心の底からかっこいいと思った。こんな小さな少女が、差別や偏見に負けず立派に医者として働いている。「特別じゃなくていい」という言葉は胸に引っかかっていたが、彼女の印象はずいぶん良くなった。彼女は本性からアドバイスをくれているのだと、そう考えるようにもなった。


 それから、しばらくは労働をこなして、日が暮れた。「もう帰ろうか」。そんな相談をしているそ最中、触手のうねる音が聞こえた。そして首の裏でぴちゃぴちゃという音が鳴り、音は遠ざかっていった。

 一体なんだったんだ、と思考を巡らす。竜は何だったろう。嵐、、雨雲、天災、自然災害。それと今の状況が繋がる部分はあるか?

 分かるのは、竜は災害の擬獣化だということだ。それなら、この触手の持ち主もなにかの災害なのか?

 「帰りましょう」と岬が言って、彼女の背中を追いかけている間、ぼんやりそのことを考えていた。

 途中、森の中で岬は野草を摘んでいた。興味本位からそれに寄り添う。

「これはなんなの?」

 目の前の深緑のギザギザの葉が幾重にも重なった背の低い植物を観察する。

「これはオランダゼリです。香草です」

「こっちは? 白いけど似たような形……」

 そういって影に手を伸ばすと、岬はその手を勢いよく払い除けた。私が驚き硬直していると、

「失礼しました。その手で目や口を触ると危険ですので。それは、オランダゼリによく似た毒草、ドクゼリです」

 といって、右手を挙げて徐々に腰まで下げていく。

 そこで、ハッと思いついた。毒だ。クラゲだ。クラゲは、伝染病なのだ。伝染病とは、古来からの天災であり、病とは、毒と解釈されてきたものだ。あのクラゲは伝染病の「擬獣化」。

 では、あの音は?

 私もその徒労病に罹ってしまったということか……?

 そして、あれだけ感染者の家を回っている岬のそばで触手が音を立てたことはなかった。

 彼女は、ずいぶん前から徒労病に罹っているのではないか。

 全ては仮説。しかし、嫌な汗が首筋を伝う。

「みぞれ様……」

「なぁに、どうしたの? 構ってほしいの?」

「かもしれません。力を借りたいんです」

「どんとこいですよ!」

 ゴリラみたいに胸を叩く。それを見た岬はジェスチャーも声も出ないようだった。どんどこいですよ! 

 しばらくして、

「鍛冶屋さんが家の中で言っていたことは事実です。この街は、この国から見捨てられました。不作や伝染病の場合、食料が手に入らない地域には王都から食糧支援が行われる法律があって、それに基づいてなんとかこの街は生きていますが、どんどん量は減らされています。あと少しで治るはずなのに、見殺しになってしまう。そこで、力を貸してほしいのです」

「どんとこいなのさ」

 岬は少し考えるそぶりをした。巻き込んでいいものか、という判断だろう。私、ポンと彼女の肩を叩いた。言葉はいらなかった。

「私は王都に行き、食糧支援の増加と支援隊の派遣を要請します。もしかしたら、その場で逮捕されるかもしれません。その間、街の人達の世話は両親に頼みます。二人とも私の怪我の件で先生への御恩がありますから。しかし、私が一人で王都に行ったところで、どうにもならない。だから、みぞれ様の力が必要なのです」

「分りました、そのミッション……」

 顔の右の方に交差させたピースサインが二つ。

「受けて立つ!」

 かくして、私たちは海の国の王都に急ぐことになった。


第一章 完結

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る