消えない花火

第9話

~千里~


芽衣が最近おかしいのは明らか。

顔を合わせても、電話をしても。

どこか慌てていて。


そのおかしさは、もしかしたら…。


心当たりがないわけでもない。

だけどそれ以上は考えちゃいけない…。

俺は、それ以上考えちゃいけない。


それに、俺も…。


距離が縮まれば縮まるほど。

日ごと芽衣の存在は大きくなる。

目を閉じると芽衣の笑顔が浮かんでくる。


あの笑顔が欲しかった。

あの笑顔を取り戻したかった。


そして今、それは戻りつつあって。

でも俺が思っていいのはそこまでだ…。


だって、観里は。



だって観里は、俺のせいで死んだから。



俺は芽衣を好きだなんて思ってはいけない…。


だけど守ると決めたから。

俺は今日も芽衣に電話をかける。


「もしもし」

≪千里っ? あっ…今日もありがとね≫


上ずった声。

その声は俺を期待させてしまうから…。

やめてくれ…。


そう、観里の一周忌のとき。

芽衣がはじめて観里の法事にやってきた。

初めて墓参りもして。


それは芽衣の大きな一歩でもあったと思う。

俺はそれが嬉しかった半面、ここに来るまでに一年もかかったことがまた罪の意識を高めた。


観里の墓の前で芽衣と並んだとき、芽衣が涙をこらえて俺の裾を掴んだのも。

こらえきれず墓の前で泣き崩れたのも。

俺には全部罪の意識を高めることで。


たまらなくなって家に帰って、観里の部屋で一人で俺は泣いた。


そこに芽衣がやってきて、俺のことを抱きしめたとき…。


俺の心はやわらいだ。


そのやわらぎが、やっぱり俺には許せなかった。


俺は…どうしたいんだろう。

芽衣のことを守りたい。


それは間違いない事実で、そして俺がすべきことだと思ってる。

それ以上芽衣とどうかなんて思ってない。


思っていないはずなのに、心は芽衣のことを求めている…。

こんなに苦しい思いは俺には当然の罰だ。


でもそれを芽衣には知られたくなくて、ずっと普通のふりしてる。


芽衣のぎこちなさにも出来るだけ気づかないふりをして。


それに、芽衣と果たさないといけない約束がある。


いつもよりも天気の悪い今日。

梅雨はもうすぐ終わるだろう。


いつもみたいに芽衣に電話をかける。


「大丈夫か?」

≪うん…いつもありがとう≫

「芽衣、花火大会、今年こそ行くか」

≪えっ?≫

「去年約束しただろ。花火大会行くって。観里の代わりに行くって」

≪約束した…≫

「行くぞ」

≪うん…≫


芽衣とした色んな約束。

2人でいろいろなことをしたけど、これが最後の約束だ。


これが終わったら、俺たちはどうなるんだろう。


今まで通りに天気の悪い日には電話をして、芽衣の苦しい日には一緒に屋上で授業をサボって。

そんなこと、芽衣にはもはや必要ないんじゃないかという気がした。



「千里! お待たせ!」

夏のはじまり、花火大会の日。

芽衣は浴衣でやってきた。

ひまわりの柄の浴衣は芽衣によく似合っていて、やっぱりどこか俺はときめいてしまう。


無理に考えないようにして、「行くか」と歩き出した。


花火大会は、会場に着くまでもすごい人の数。

時おり姿が見えなくなりかけるので、裾を引いて芽衣を隣に戻す。


「ここ持ってろよ」

そう言って芽衣の手を取って俺の服の裾を掴ませた。


「うん…」

遠慮がちに俺の服の裾を持ってうつむき気味に歩く芽衣。

俺たちの間に不思議な時間が流れた。


「人多いな」

「花火大会って来るの久しぶり。こんなに人いっぱいいたんだね」


なんてことない会話をしながらゆっくりと歩く。

人の波に乗りながら歩くと、会場となる広い土手に出た。


土手に出るとそこは開けていて、さっきの混雑とはうってかわって空いてるスペースもたくさんある。

それから屋台もいくつか出てて。


「なんか食うか?」

「うん!」

「何がいい?」

「うーん…たこ焼き」


芽衣にたこ焼きを買ってやったら喜んだ。

それから適当な場所を見つけて座る。


「千里も食べる?」

「じゃあ少し」


芽衣と一緒にたこ焼きをつついて食べる。

こんな時間も俺には幸せで…。


いやいや、ダメなんだって。


俺が幸せを感じてどうする。


これはあくまでも観里の代わりだから…。


「たこ焼きおいしいね」

「歯に青のりついてんぞ」

「うそっ」

「うそ」

「ねえ!」


芽衣が俺の腕を叩いた。

俺は笑った。

芽衣も笑っていて…。


俺の心はどうあれ、2人の間に流れる時間は穏やかだった。


それからも他愛のない会話は続く。

時折2人で笑って…。


そうしていたら、花火が一発、大きく空に上がった。


「うわあ、綺麗…」

芽衣の顔は花火に照らされキラキラしている。

この距離で見る花火はすごい迫力。


それからも次々と上がり続ける花火。

あまりにも綺麗なそれは、俺たちを引き付けた。


「綺麗だね」

「そうだな」

「観里にも見せてあげたかったな…」

「…」


芽衣の顔を見ると、涙を目元に浮かべていた。

それからそれはどんどんと溢れ出して。


俺は何も言えない。

片手で芽衣の頭をそっと撫でた。


そこから芽衣の涙は止まらなくなった。


「千里…」

「うん」

「あたし…観里のこと…裏切ってるのかなあ…」

「…」


芽衣はそう言いながら両手で顔を覆って泣いて。

俺は…思わず。


芽衣の苦しみを全部分かってやれる気がして。


芽衣のことを強く抱きしめた。


「千里…」


そう言いながら泣き止まない芽衣。

抱きしめながら、芽衣の頭を撫でると、芽衣はさらに俺にしがみついた。


こんなことしちゃいけない。


芽衣に必要以上に近づいちゃいけない。


そう思っても、目の前の泣く芽衣をどうしても俺は離すことができなかった。

花火は俺たちの苦しみもすべて見透かすように、ただひたすら咲き誇っていた。

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