新しい季節

第8話

~芽衣~


観里の一周忌でなにか様子がおかしかった千里は、それからは普通だった。

雪の降る日や天気の悪い日には電話をくれる。

授業も一緒にサボってくれる。


あたしは一周忌のことは何かの間違いだったんじゃないかというような気がしていた。

そして、いつも通りにあたしに優しくしてくれる千里から、穏やかな気持ちを与えてもらっていた。



そこからさらに日は流れ、新しい季節、4月になった。

なんと、千里は新学期初日にも関わらず熱を出して学校は休み。


あたしは一人でクラス替えの表示を見に行く。

って言っても友達もいないからそんなに興味のあるものでもないけど…。


全部で6クラスあるので千里とも同じクラスになるわけもなく、あたしは一人で自分の新しい教室に向かった。


新しい教室、新しいクラスメイト、新しい担任。

新しいクラスには転校生もいて。

みんなざわついていたけど、あたしにはどうでもいいこと。


あーあ、それにしても新学期もしんどいなあ。

欲しいとも思ってないけど、友達も別にできない。


学校なんて何にも面白くない。

唯一の頼みの綱の千里も学校にいないし。


サボっちゃおう…。


1限が終わってぼーっとしてたあたしは、授業まであと1分というところで思い立って教室を抜け出して屋上に上がった。

屋上に上がると、すごく良い天気。

春の空が心地よい。


でも、屋上に一つの人影を見つけた。

フェンスの近くで体育座りをしている女の子…。


サボりかな…。


その子は空を眺めてて。

あたしが屋上に入ってきた気配に気づいてこちらを向いた。


さっきの転校生の子だ…。


あたしは軽く会釈をした。

向こうも会釈を返してくれて、また空を眺め始めた。


そのとき、あたしは何か不思議なものをその子に感じた。

空を見るその後ろ姿が何か悲しげで。


この子と話がしたい…。

ふとそう思った。


あたしはそーっとその子に近づいた。


「隣、いいかな?」

あたしがそう言うと、その子は軽くうなずいた。


「あたし、岡崎芽衣。村田むらた花乃かのさん、だよね?」


どうしたんだろ、あたし。

こんな風に誰かに話しかけるなんて久しぶり。

でもどうしてもこの子と話がしてみたかった。


「村田さんは…サボり? だよね」

あたしがそう言うと、村田さんは軽く笑った。


「そりゃそうでしょ」

あたしはその笑顔に少しホッとする。


「あたしもサボり~。しんどいんだよね、学校って」

「分かる。学校変わっても一緒」


村田さんはそう言って屋上に寝転んだ。

あたしも隣に寝転ぶ。


「天気良いね」

「あたし、天気良い日苦手なんだよねー」


村田さんがふとそう言った。

意外な言葉にびっくりして村田さんを見るあたし。

あたしと逆だ。


「そうなんだ。あたしは天気の悪い日が苦手。きっつい」

そう言って苦笑した。


村田さんはじっとあたしを見てる。

それからお互い、ぽつりぽつりと喋っていた。


学校には来たくないけど家に一人ではいられないこと、心がモノトーンで楽しみがないこと。

あたしたち、何か通じ合うものがある…。


そう思ったとき、村田さんがびっくりすることを言った。


「こんなこと言ったら困るかもしれないけどさ…あたし、1年前に兄が死んだの」

「えっ」


村田さんは…あたしと同じ境遇だった。

だから…不思議なシンパシーを感じたんだ…。


「村田さん…実は、あたしも1年前に…彼氏が死んだんだ」


あたしがそう言うと、村田さんはすごくびっくりした顔をしていた。


村田さんのお兄さんは、去年の夏前にバイクの事故で亡くなったらしい。

4歳年上のお兄さんは、いつも村田さんのことをかわいがってくれて、そんなお兄さんのことを村田さんは大好きだったらしい。

お兄さんが亡くなってから、毎日村田さんの心には色がない。


「岡崎さんと話してて…何かあたしと似た雰囲気があるなって思ってたの。こういうことだったんだね…」

「あたしも同じこと思ってた…。村田さんに話しかけたいって思ったの」

「芽衣って…呼んでもいい? あたしのことも、花乃って呼んで」


あたしと花乃ちゃんは友達になった。

同じ傷を持つ不思議な仲。


それからもしばらく花乃ちゃんと話をしていた。


「それでね、その千里っていうのがあたしの心を癒してくれたの」

「欠かせない出会いだったんだね」

「うん…千里がいなかったら、今ごろあたしはまだ闇の中にいたと思う。闇から救ってくれたのは間違いなく千里なんだ」


あたしは千里の話を花乃ちゃんにする。

花乃ちゃんはうんうんと話を聞いてくれる。


「あたしも、お兄ちゃんが死んで、彼氏がそばで支えてくれたから、今こうして普通にできてるんだと思うな。支えてくれる人の存在って大事だよね…」

「うん…。だから千里には本当に感謝してるし、いつも優しい千里がそばにいないとあたしはダメになっていくと思うんだ」


あたしの話に、花乃ちゃんは軽く微笑んだ。

そして、驚くようなことを言う。


「こんなことあたしが軽々しく言っていいか分からないけど…。芽衣は…千里くんのことが好きなんだね」

「えっ!?」


何言ってるの…?

千里のことが好き…?


「そんなことあり得ない…」

「聞いてて思っただけだから。余計なこと言ってごめん」

「あたしが好きなのは…観里だよ」

「観里くんのことを好きなのも間違いはないんだと思う。だけど、心にはもう一人…千里くんがいるんじゃないかなって、そう思っちゃったの。ごめん、気にしないで」


そんなこと…。

あり得るわけがないでしょ…。


花乃ちゃんの言っていることを咀嚼できないまま、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。


あたしたちは教室に戻った。


花乃ちゃんの言うことに納得はできなかった。


だから忘れることにした。


それよりも、久しぶりにできた友達があたしには嬉しくて。

友達ができて嬉しいという感情も久しぶり。


それを早く千里に報告したかった。


千里に報告したい…。


これも、普通の感情だよ…。



3日後、回復した千里が登校してきた。


「おかえり。よく無事に戻ったね」

「途中危なかったわ。水すら飲めない瞬間あった」

「季節変わって調子崩したのかね」


あたしが誘った屋上でのサボり。

千里にとっては新学期から3日開けて初登校したのにその初日からサボったことになる。


それでも付き合ってくれるんだからやっぱり優しい…。

あたしは千里に友達ができたことを報告した。


「ふーん。良かったな」

「うん、なんかね、あたしから話しかけられたことにびっくりしたし嬉しかった」


千里はあたしのことを優しい顔で見る。


そのふとした表情に…あろうことか少しドキッとした…。


いや…あり得ないあり得ない。

気のせいだよ…。


でも千里って今まであんまり気にしてなかったけどよく見たら顔が整ってる。

観里のことはかっこいいと思ってたけど、考えてみたら観里にそっくりな千里だってかっこいいはず。


実はモテるのかな…。


って…。

花乃ちゃんのせいでなんか変に意識しちゃう…。

花乃ちゃんのせいだ…。


なんかでもやばいかも…。


真面目な話…千里を好きになるなんて、あたしにはあり得ないことで。


意識するなんて絶対によくない。

好きになるなんて絶対にだめだ。


そんな後ろめたい…観里に後ろめたい感情、あたしは持つわけにはいかないの…。


意識しないようにする。


あたしは固く心に決めた。


次の日から、あたしは千里を避けるようになって。

サボりにも誘わない。

学校ですれ違っても目を逸らす…。


あからさまかな…。


千里の気持ちを考えたら胸がきゅっとなった。

だけど、この胸が切ない感情の正体も考えないようにして…。


でも天気の悪い日には変わらず電話をくれる千里。


「もしもし…」

≪なあ…最近お前変じゃない?≫

「そ、そう…?」

≪まあ…俺の気のせいならいいけど≫


やっぱり分かるよね…。

千里を避けるなんてあたしにできるんだろうか…。


でもこうしてる今でも、電話をくれる千里に嬉しいと思っている。

不思議な温かい感情が湧いている。


これはやっぱり…見ないふりをしなきゃだめなの…。


千里のことはやっぱりそれからも避けようと努力をしていた。


そんなある日。

朝から大雨のひどい天気。


あたしはほとんど病気だから、まだこういう日は克服できない。

それでもなんとか学校に行って。


1限の授業はいつも以上にジメジメした美術室。

やば…無理かも…。


心臓がドキドキしている。

吐き気がこみ上げてくる。

胸のあたりをさすって何とか落ち着かそうとする。


隣にいた花乃ちゃんが心配そうにあたしを見てきた。


どうしても苦しい。


千里…助けて…。


千里に会いたい。

どうしても苦しくて、千里に助けてほしくて。


あたしは千里に『助けて』とメッセージを送った。


すぐに既読が付き、『屋上な』と返事が来る。


心がホッと落ち着きを取り戻すのが分かった。


あたしは先生に体調が悪いから保健室に行くと嘘をつき、屋上に駆け上がった。


千里は屋根の下に立っていた。

あたしを見てあたしに駆け寄って。


「大丈夫か?」


その顔を見たら、何もかもが安らいだ。

もはやあたしには千里がいなくてはいけない存在になっている…。


「千里…ありがとう」

「久しぶりだな、屋上の呼び出し」

「そう…かな」


あたしは屋上に少し出て、屋根の下で深く深呼吸をした。

外の空気が肺を満たす。


千里はあたしの今までの態度と、久しぶりの呼び出しに何か思うところがありそうな様子だったけど、何も言わなかった。


千里のことを好きになってはいけない。


その裏腹に、千里からはどうしても離れることのできない自分を感じていた。


そしてそれは同時に、観里への後ろめたさも助長して。


あたしはどうしていいのか分からなかった。

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