第4話 チュイルリー宮殿の赤い男

 ここに一枚のカードがある。その表にはあることを象徴する絵が描かれていた。星鏡は手にしたそのカードの絵をしばしの間、感慨深そうに眺めてから、顔を上げると、「これだ」と一こと言い、カードをテーブルの上に放った。

 カードは絵を表にしたままクルッと二、三回転してピタリと止まった。カードの周りには、同一のサイズのカードが多数散らばっていた。それらのカードはみな表を向き、そこにはそれぞれ色々な絵が描かれていた。火を吹く双頭の翼竜、サソリを背景にこぶしを振り上げ演説するブーツの独裁者、フラスコに閉じ込められたホムンクルス、ギロチン台へ向かう死刑囚と見物人、馬車に乗せられた仔牛……。絵のタッチはみな同じだから同一の作者であろう。どれも怪しげなオーラを放っている。版画の画技が使われているように見えた。

 星鏡に放られたカードを一目見て、丸いテーブルの向い側に座っていた赤い男が低く唸った。

向星鏡むかいせいき。世界で最も偉大なタロット術師マギと噂される占い師……」

 狭いウッディな洋室には窓はなく、天井から吊り下げられた古いランプ型の電灯と、隅のサイド・テーブルに置かれたアール・ヌーヴォー調のキノコを模した照明スタンドだけが、室内をべっこうあめ色に照らしていた。周りの本棚には、古い革装の洋書や古代中国のものらしき書物、ラテン語の表題の書物など、古今東西の書物がぎっしりと並べられていた。内容は占星術、カバラ、錬金術、タロットなど魔術や占いに関するものが多数を占めていた。

 テーブルの上に表を向けて撒かれているカードは一般的なトランプのサイズよりも一回り大きい。きれいにシャッフルするにはそれなりの技量が必要なものに見えた。

「うかがうが、どうしてこのカードがこのカード世界へのゲートカードだというのですかな」と赤い男がしわがれた声で言った。

 もし、ゲートカードでないカードからカード世界へダイヴしてしまったら、二度と戻ってくることはできない。優れたタロットダイバーが助けにくるまで永遠にカード世界の中をさ迷うことになってしまう。もしそうなれば、小乙女を救い出すこともできない。二人で永遠にカード世界をさ迷うか、四人の『キング』の争いに巻き込まれて命を落とすかだろう。そうなったタロットダイバーは数多い。

 男は中世の修道士が着るような、赤というよりも赤茶けた服を着ていて、室内だというのにフードを頭に覆ったままだった。痩せて彫の深い顔立ちがフードの陰からかいまみえたが、顔と表情ははっきりとはわからない。前ぶれもなくチュイルリー宮殿に出現し、王家の人間や皇帝にその身の破滅を告げてから消える赤い男のようだと星鏡はふと思った。

 星鏡の放ったカードの表では、ある人物の事象が描かれていた。絵は美しく彩色されていて、その下端には太文字である表題が書かれていた。

 いや、こればかりではない。テーブルの上に撒かれたカードにはどれも絵の下端に表題がつけられていた。『竜使い』『独裁者』『ホムンクルス』『恐怖政治』『ジェノサイド』

 その他のカードにも。

『大淫婦』『オストラコン』『冬将軍』『美酒』『コクーン』『ゲーム』『ハルマゲドン』『飢餓』『革命家』『羅睺らご計都けいと』等。

その他も含め、全部で二十数枚ほどであろうか。タロットの大アルカナより少し多いぐらいの数のようだ。星鏡はそれらを一通り眺めてから言った。

「黙示録の天使のラッパが鳴らされる前の静けさを感じる。ここから世界を一望できるが、落っこちそうだ。タロットにもあるでしょう」

「黙示録……」

 そう口の中で呟いて、赤い男が一瞬フードの奥の双眸を光らせたように感じた。それから、赤い男がゆっくりとこう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る