第5話 見知らぬ竜
「キュアアア!」
フェリシア達が身を隠す樹洞のそばに降り立った
目の前に突如現れた竜に気を取られ、リン、リン、リンとアリーゼの左手から小さな音が鳴っていることに、フェリシアは気付かなかった。
「ど、どうして
「……どうしてでしょう」
アリーゼもこればかりは予想外なようで、明確な答えを返さない。
(警戒されていない今のうちに……)
アレグロの方に向かおうとフェリシアは立ち上がった。が、当の
「あ、アリーゼ!? 逃げないと……!」
「あー……いえ、その必要はないと思います」
「え──?」
予想外の言葉にフェリシアが固まると、同時に
「きゃっ!?」
その蒼い体がフェリシアに近づき、体をぶつけてきた。意外と気持ちいい──なんて思う余裕もなく、フェリシアはパニックに陥る。
「ええええええ!?」
グリグリ、と頭をフェリシアの体にこすりつける
結論、死。
(ああ、お父様お母様ごめんなさい。フェリシアの亡命は初日で終了いたします……)
目をつむって両親に懺悔するフェリシア。
(最後に竜に乗れたのは良い思い出になりました……外の世界はとても広く、私の小さな足では到底歩ききれないことでしょう)
「フェリシア様?」
(ああでも、心残りがあるとすれば──アル。死ぬ前にもう一度だけ貴方に会いたかった)
「あの、フェリシア様。目を開けてください」
この際だから辞世の句を読もうかと真剣に考え始めた彼女の耳に、アリーゼの落ち着き払った声が届いた。
「──え?」
「キュ~キュル~」
その声に目を開くと、それはそれは穏やかな表情を浮かべた
「え、あの、私を食べようとしていたんじゃないの?」
「……大分人に慣れた子みたいですね。もしかしたら、フェリシア様によく似た人に幼い頃世話をしてもらったのかもしれません」
「そう、なの……?」
「その子からは、最初から敵意を感じませんでした。どうして、こんな場所に、やってきたのかは、全くの不明ですけどね……」
どこか疲れ切った声を零すアリーゼ。そんな彼女に
「キュルルゥ……」となんだか情けない声を漏らした。
「アリーゼ、どうしてそんなに厳しいの?」
「厳しくなんてありませんよ。むしろ自分の甘さに心底あきれています」
「なんの話!?」
どうにも会話がかみ合わず、フェリシアは苦笑いを浮かべた。
「はあ……まあいいでしょう。その子がここにやってきたのは、恐らくこの匂いにつられたからだと思います」
ため息をつきながら、アリーゼは外にあった鍋をかんかんと叩く。蓋がされたその中には、夕飯に食べたアリーゼ特製のシチューが残っているのだ。
「明日の朝用に取っておきたかったのですが……」
「キュルルル……」
「……」
甘えるような
「あなた、お腹が空いていたの?」
「キュラ!」
ふさふさした頭を撫でながらの問いに元気のいい反応を返す
「ふふ、なんだかこの子を見てると昔を思い出すなあ……」
貧民街で仲良くなった少年アルは、一匹の幼竜を飼っていた。アル曰く、「アジダ人には同じ日に生まれた子供と竜を組ませる風習があるんだぜ!」とのことだった。
あの竜は『真っ赤な姿』をしていて、目の前の
「名前はそう──フォルテ」
「キュラアアア!」
「わ、急にどうしたの?」
フォルテという単語を聞いた
「嬉しそう……」
「キュラ、キュラララ」
「わっ、あはは! 本当に人懐っこいのね」
喜びに満ちた顔をこすりつけてくる
「ねえアリーゼ……この子のこと、フォルテって呼んじゃダメかしら?」
「……」
「アリーゼ?」
「……」
「おーい、アリーゼったら!」
「──はっ、すみません!」
何故か固まっていたアリーゼは、あたふたと手足をばたつかせながら明後日の方を見た。
「さっきからどうしたの、アリーゼ?」
今までずっと冷静沈着な彼女の姿しかみてこなかったフェリシアは、彼女の変わりぶりに目を白黒させる。
「名前、ですか……竜に名前を付けるのはそれなりに大事ではあるのですが……まあ、その子が喜んでいるのなら良いのではないでしょうか?」
「やった!」
アリーゼの答えにフェリシアはぱあっと表情を輝かせた。
「それじゃああなたのことは、フォルテって呼ぶわね!」
「キュララララ!」
フェリシアに呼ばれたフォルテは、全身でその喜びを表現しようと再び大きな翼をはためかせた。
「食器がひっくり返るから、あまり動かない!」
「キュラ……」
アリーゼの貫禄ある叱咤にすぐに小さくなってしまったが。
その晩。散々フォルテと遊んで疲れ果てたフェリシアは間もなくして眠りについた。
「──テ、どうしてここに来たの? 君達との待ち合わせ場所は──湿原のはずだったでしょ?」
「キュララ……」
「懐かしい匂いがしたって……ああ、フェリシアか」
夢の中をさまよっていたフェリシアの耳に、押し殺した二つの声が聞こえてきた。重い瞼を薄く開くと、並んで座るアリーゼとフォルテの姿がある。
「フォルテ……残念だけど、私とフェリシアはもう昔のようには遊べないんだ。君も今のうちに──の元に戻ってくれ。彼女の側にいたいのはわかるけど、それはもう少し先まで待っていてくれないかい?」
「キュラ? キュララ」
「……うん。フェリシアは変わってない。変わってしまったのは、私だよ。ごめんね、フォルテ。良い子だから──」
(ああ、アリーゼ。一体なんの話をしているの? 貴方は、私と……)
子守歌のような心地いい会話に埋もれて、フェリシアの意識は再び夢の中へと誘われていった──
翌朝。
「フォルテ……? フォルテ!」
フェリシアが目を覚ますと、昨夜あれだけ仲良くなった竜は忽然と姿を消してしまっていた。慌てて名前を呼ぶが、帰ってくるのは木々のざわめきばかり。
「おはようございます、フェリシア様」
狼狽するフェリシアに声をかけるのは、相も変わらず仮面をつけたままのアリーゼだ。網の上で燻製肉を焼いていて、そこからなんともかぐわしい香りが漂ってくるがそれどころではない。
「アリーゼ! フォルテが居なくなっちゃった!」
「ええ。私が起きた時にはもうどこかへ去ってしまっていましたね」
「そんな……」
アリーゼはいつも通り平淡に答える。ともすれば、冷たさを感じてしまうほどに。
「友達になれると、思ったのに……」
「……きっと、彼女にも帰る場所があったのですよ。ここは、休憩所だったというだけの話です」
「むぅ……アリーゼの意地悪」
「意地悪で結構──朝ごはんが出来上がりましたよ、食べますか?」
「……食べる」
空腹には逆らえない。フェリシアは拗ねた表情を浮かべながら、アリーゼからパンとベーコン、トマトの乗った皿を受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます