敗被り姫と竜奏者

浦田 阿多留@最強吸血鬼1月25日発売!

プロローグ

 ──どうしてこうなった。


 鬱蒼と茂る木々の中にぽつんとあった空き地。その中心で火花を散らす焚き火を眺めながら、アリーゼ・ドラローシュは顔面をすっぽりと覆う仮面の下でため息をついた。


 横で眠る相棒の竜を撫でると、「クルルゥ」と気持ちのよさそうな声が聞こえてくる。

 私の気も知らないで──と理不尽な文句をアリーゼは抱いた。

 揺れる炎を挟んで彼女の正面に座る美少女は、そんなアリーゼに天真爛漫で純粋無垢な笑顔を浮かべながら語る。


「それでね、それでね。アルったらフォルテに噛まれて泣きそうになりながら『こ、これは名誉の負傷だ!』っていうの! それが私おかしくって! でも、そんな意地っ張りなところも大好きだったの」

「そ、そうですか……」


 頬をひくつかせながらアリーゼはお茶を口に含もうとして──仮面にカップが当たったことで断念する。動揺が隠せていない証拠だ。

 目の前で身振り手振りを加えながら『アル』という少年との思い出話を語るのは、フェリシア・ド・トアリフ。アイオライト王国の、第一王女その人である。


「それにアルったらロマンチックなところもあって、私に花を贈ってくれたことがあったのよ? くれたヴィオラの花と区別がつかないくらいに真っ赤になりながら! その花はもう枯れちゃったけど……落とした種からまた新たな花が咲いて……今も王城の窓際に飾ってあるの」

「そこまでお嬢様に大事にされるのだったら、アル少年も贈った甲斐があるというものですね。はは、はははは……」

「そうなの! それでね、それで──」


 乾いた笑い声をあげるアリーゼには気付かないまま、フェリシアは語り続ける。


 彼女が述懐するのは十年も前の記憶だ。


 初恋の少年と過ごした一か月にも満たない日々を、フェリシアはまるで昨日のことのように詳細に思い出しながらアリーゼに語り続ける。


 静かな森の中。黄金の月と散りばめられた星々に見守られながら紡がれる初恋の思い出。それはとても微笑ましい光景だっただろう


 ──『アル』という少年とアリーゼが同一人物でさえなかったら。


(もう、もうやめてくれフェリシア……!)


 内心で悲鳴を上げるが、当然誰にも聞こえることはない。

 目の前の少女はアルがアリーゼであると気づかないままに、過去のことを掘り返しまくしたてる。舐められないように男っぽい格好と口調で過ごしていたアリーゼの黒歴史を、本人に向けて微に入り細に入り語り続ける。


 状況の深刻さに気付いたときにはもう遅かった。今更自分はあの時の少年なんだと暴露することはできなくなった。それほどにフェリシアは赤裸々に思い出を語りすぎていた。真実が発覚したら、羞恥で燃え上がり灰になってしまうほどには。


 だからもう、アリーゼは彼女の言葉に何も知らないふりをしながら相槌を返すしかない。たとえそれが、我が身を焦がす恥辱の記憶の数々だったとしても。


(ああ本当に──どうしてこうなった!)


 仮面の下でアリーゼは苦渋の表情を浮かべ、キナ臭い仕事を安請け合いした過去の自分を呪うのであった。 

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