Ⅰー① 王の母となる女・内定

 世紀末の現世。

 人類にとって欣快きんかいなる『サジェスチョン』が降り注いでいる。

 天界からの『暗示ヒント』を解読ディサイファーし、修得アクワイアできたならば、無尽蔵むじんぞうなる未來をたまわるだろう。

 ばら撒かれたヒントを手繰たぐり寄せ、たっと褒美ほうびを掴みとる果報者(幸運者)の現出をこいねがう。



 大宇宙コスモは『六世界』で構成されている。

 『天界ヘヴン三世界』・『冥界インフェルノ三世界』をあわせて六世界と呼称する。 

 天界『ヘヴン』とは、元素エレメント神界ゴッド人間界ヒューマンである。

 冥界『インフェルノ』とは、黄泉ターニング魔界ソーサリー霊界ヘルである。


 ギギギイィ…………、

 びついた鉄の扉が開く。

 冥界の霊界ヘルの端っこに『怨恨部屋グラッジルーム』と呼ばれる吹きまりが存在する。

 そこはドロリ、よどんだ空気が充満している。

 グラッジルームには無数のおりが点在する。牢獄プリズンに閉じ込められているのは、無念とわだかまりのかたまり『地縛霊』である。

 冤罪えんざい被害者、暗殺あんさつ謀殺ぼうさつ被害者、歴史的不条理にさらされて『非業ひごうの死』を遂げた被害者たちが幽閉されている。

 彼ら(彼女ら)は権威者の一存によってじ曲げられた『史実隠蔽しじついんぺい』の真実トゥルースを知っている。

 それゆえ、裸にされ、口枷くちかせをされ、眼球をくり抜かれて、グラッジルームに封印スフラギダされていた。


 プツンッ……! 

 グラッジルームに破裂音が響いた。

 地縛霊たちの積もりに積もった憤懣ふんまん怨念おんねん隠忍いんにんが激烈爆発した。

 膨れ上がった積年の怨恨グラッジは無数の『思念体タルパ』(人工的霊体)に姿を変えた。

 奇々怪々ききかいかい変容へんようしたタルパたちが天界ヘヴンを侵食してむしばみ始めた……。



 遥か天空の彼方。

 神界ゴッド元素エレメントのはざまに、蒼き星が輝いている。

 このラピスラズリの星には、未來王の親友『魔導師ウィザード4人衆』が暮らしている。

 魔導師ウィザード4人衆の名は、シップ、ゲイル、クロス、イレーズという。

 彼らは、この上なき美しき男たちである。

 非の打ちどころのないジーニアス(天才)である。

 突出したアビリティ(才能)を有したエキスパートである。

 彼らは、『輪廻転生リーインカーネイション』の根幹をになっている。

 けがれなき透明感を身にまとう『ネオ・ヒューマン』である。

 しかし、羨望の的である彼らは、非常に冷厳冷淡、ラディカル(過激)な性質だ。

 愚かしさを繰り返す『人間ヒト』という生命体を徹底的に毛嫌いしている。

 それゆえ、彼らが敬愛し跪拝きはいするのは『未來王』ただひとり……。



 魔導師ウィザード4人衆は想起する。

 少し前まで、大宇宙は破滅デストラクションの道筋まっしぐらの様相だった。

 『六世界』(天界三世界・冥界三世界)のバランスは大きく揺らいでいた。

 ヘヴンの残存余力は減衰して壊滅の瀬戸際まできていた。

 因果応報ブーメランことわりのっとるならば、666年後、天界ヘヴンは完全没落する。

 冥界インフェルノ完全支配の『大暗黒時代』が幕を開けることになる……。


 神々は万事休す、一斉いっせい御匙みひを投げた。

 神々は『ある人物』に懇請こんせいする。ひざまずいてすくいをう。

 しかし『ある人物』は難色を示して同意せず。

 しかれば、ならばと、神々は強硬手段に打って出た。

 最終カード(最後の切り札)『君主交代チェンジ』を行使する。

 ある人物『未來王』は、不承不承ふしょうぶしょうに受諾した……。



 魔導師ウィザード4人衆は安堵あんどして狂喜乱舞する。

 新時代ネオフューチャーが幕を開けた! 

 ついに、未來王がレイン(統治者)となられた! 

 ようやく六世界は球体となる! 神々は連携し、ひとつになる!


 我らが敬慕する未來王は嘆いている。

 まぬ人間たちの愚行蛮行、虚偽虚言、凌辱罪咎りょうじょくざいきゅう……。

 だがそれでも、王は休むことなく、すくいの道筋を模索している。

 没落を食い止めようと足掻いている。

 王が諦めていないならば、我ら魔導師が成すべきことはただひとつ! 

 御心おこころに添い、この力のすべてを注ぎ尽くすまで……!


 魔導師4人衆は慌ただしい。

 世紀末の現世、未來王『降誕』が決定した。

 約一世紀の間、王は人間ヒトとして地上に暮らすこととなる。

 降誕に向けての準備選定、メソッド(手順)、コンストラクト(構築)を急ぐ。

 『王の母となる女』が定まった……。



 田舎町のあばら家。

 散切り頭のお転婆てんば『チュリ』が庭先を走り回る。

 グシャリ、砂利道でつまずいて転んだ。

 べろり、皮がける。両膝りょうひざから赤い血が流れ出す。


 近隣の大人たちは顔をそむけて見て見ぬふりをした。

 周囲の子供たちは指をさしてせせら笑った。

 チュリは唇を噛んで歯をくいしばる。

 痛いけど痛くない。涙と鼻水が出ているけれど、泣いてない。

 山の湧き水で傷口を洗い流した。


 チュリは、空を見上げて空想にふける。

 ……ああ、お腹がすいた。贅沢なごちそうを食べたいな。

 カラフルなお菓子を食べてみたい。

 コンドルの背に乗って、空を飛べたら楽しいだろうな。

 冥界インフェルノ幻妖霊獣げんようれいじゅう・ブラックユニコーンに会ってみたい。

 やさしい友達が欲しい。

 もしも生まれ変わったら『幸せな星』のもとで暮らしてみたい……。


 こうして、ままならない毎日を『空想』でまぎらわす。

 すると『いつもの』声が聴こえてくる。

 孤独なチュリの話し相手は、ヘンテコな『あいつら』しかいない。


 《プルルル……、ねえ、聴こえてる? チュリの運命の相手はね、都会に住む『理髪師』の男だよ? イレーズ》


 《プルルル……、聴こえるか? お前は『王の母』になる宿命を背負っている。成人後、田舎町から都会へと旅立つのだ! ゲイル》


 

 チュリは歯向かう。 

 は? 馬鹿を言うな! この世には高貴で美しい女がごまんといる。

 あたいが王の母になるはずがない。

 ここは地獄とおんなじだ。泣いたって、誰も助けてくれない。

 お利口にしたって、誰も褒めてくれない。夢を持ったって、叶うことはない。

 あたいの今生こんじょうは、とっくにあきらめている……。



 魔導師・シップはうたう。


 ギタンジャリ・49

 あなたは 玉座ぎょくざから降りてきて、

 わたしの小屋の戸口にお立ちになった。

 わたしは ただひとり 苫屋とまやの片隅でうたっていた。

 そして、その歌声が あなたのお耳に届き、

 あなたは 降りてきて、わたしの小屋の戸口に立たれたのだ。

 あなたの殿堂には 数多あまたの巨匠が居並び、

 そこでは 四六時ちゅう 美しい歌がうたわれている。

 それなのに、この未熟者の素朴な讃歌が、あなたの愛のこころを打ったのだ。

 ひとつもの悲しげな小さな旋律しらべが 世界の大いなる音楽に混ざり、

 そしてあなたは、褒美にと ひと茎の花をたずさえて降りてきて、

 わたしの小屋の戸口にお立ちになったのだ。

 (詩聖・タゴール)


 《プルルル……、神は偉大な王国に退屈するようになるが、小さな花々には退屈しない……。(タゴール) 王とは、まさにそんな御人である。 シップ》


 《プルルル……、裕福な人が、神からの恩恵だと財産を自慢するとき、神は恥じる……。(タゴール) 王とは、まさにそんな御人である。 ゲイル》



 チュリは目を吊り上げて悪態をつく。

 その王とやらは嫌味な物好きか? 

 わざわざ貧しき賤民せんみんを選ぶとは……!



 魔導師・ゲイルは謳う。


 ギタンジャリ・8

 王子の衣装を着せられ、宝石をちりばめた鎖をくびにかけられると、

 子供は遊んでいても すっかりたのしさを奪われてしまいます

 歩くたびに 着物が邪魔になるからです。

 着物がすりきれはしまいか、ほこりで汚れはしまいかと気がかりで、

 子供は 仲間から離れて、身動きすることさえおそれます。

 母よ、晴れ着で束縛しても 無益です。

 もしそれが 大地の健全な塵埃ほこりから人を遠ざけ、

 庶民の暮らしの 大いなる祭典に参加する権利を奪うというなら。

 (詩聖・タゴール)


 《プルルル……、ねえ、聴こえてる? この運命さだめあらがうことはできないよ? イレーズ》


 《プルルル……、チュリ、聴こえるか? 腹をくくれェ! 運命に流されろ! クロス》



 人間性の尊厳は、わたしたちが人生の嵐に立ち向かわなければいけないことを義務づけている。

 (ガンディーのことば)



 チュリは頬を膨らませる。不満げに口を尖らせる。

 魔導師4人衆は愉快気に笑った。

 吹き抜ける風は、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』の旋律メロディーかなでた。

 ♪

 なにも心配ない なんの問題もないのさ どうせ風は吹くのだから…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る