春の宴【KAC2025-1】

🐉東雲 晴加🏔️

🎉KAC参加作品🎉 春の宴




「あーあ、今年も結局お日さん見なかったなぁ……」


 さかずきに入ったアルコールをぐいっと傾けながら俺はボヤく。酒は酒でも料理酒だから味の薄いこと。


「しかも今年はついにあの人達、押し入れ開けもしなかったわよねぇ……かび臭いったら」

「まあ、ここの娘さんも今年でもう25だっけ? 今更ひな祭りもしないだろうしなぁ……」


 せっかくの晴れ着が臭ってきそうだとボヤく彼女を慰める。


「今更も何も! ここのウチの人、娘が十過ぎたらもう私達を殆ど出さなかったじゃない! 物ぐさにもほどがあるわよ!」


 見てご覧なさいよ、おかげで娘は行き遅れてんじゃないの!


 愚痴りだしたら止まらない彼女に、もう酔いが回ったか? 料理酒で? と俺は笑みの形で頬を引きつらせた。


「ま、まあ……今は25くらいで未婚は普通らしいから、そうとも言えないみたいだけど……」

「じゃあ永遠に結婚できないように呪をかけてやるわよ! 人形の怨念、舐めんなよ!」


 ……子どもの無病息災を願って作られたはずの自分たちがそんな事を思って良いのか。彼女の盃の中身をそろそろ水に変えようかと俺は給仕をしてくれている女官に目配せをした。


「それにしても暗いわね……もうちょっと明るくならないの?」

「……仕方がないよ。これでも押入れの外からコードを繋げてなんとかぼんぼりの明かりは確保したんだから。夜の宴みたいでこれはこれで乙なもんだろ?」

「何言ってんのよ。もう十年以上外に出る時は夜しか出てないじゃない! 飽きたわよ」

「確かに」


 それでもこの日を迎えるまでに、動きの素早い武人の彼や五人の童子わらし達が夜中にこっそりアルコールを調達してきてくれたから今こうやって酒盛りが出来ている。……残念ながら、我々の力では蓋があかなくて簡単にキャップが開く料理酒しか手に入らなかったのだが。


「まあまあ姫様、そうカッカせずに。日の目を見れんのは少々寂しいですが、その白いお肌が日焼けすることもありませんし、微笑を維持して頬がつることもないですしのぉ……! 三日の夜にこうやって酒を飲めるのも、忘れ去られているからこそ」


 人生長いのだから楽しみましょうぞ! ふぉっふぉっふぉ! とこちらもすでに出来上がっている顔で爺さまが姫の盃に酒を注ぐ。あっ! 爺さま、もうダメだってば!


「私もここに来た時は何も知らない純粋無垢な少女だったわよ! それが今じゃ自分が嫁に行けるわけでもなく、幸せを願った子が嫁に行くわけでもなく……ここん家の子の孫の顔も見ることなくお払い箱になるんだわぁー!!」


 人生長いっつったって、人生ほとんど真っ暗じゃないのよおぅ!!


 さっきまで怒っていたのに今度はワンワンと泣き出す。今度は泣き上戸か。

 いや君、一応俺の嫁さんという設定では? 俺の設定って一体何。俺の方が泣くよ? 


 ……それでも、あと何十年と共にいることになるこの面子メンツとは、もはや家族だと言っても過言ではない。おいおいと泣く姫の肩を抱きながら俺は優しく言った。


「もしかしたらその内あの子だって結婚するかもしれないしさ、また俺達にも日の目を見る日がくるかもしれないよ? 来年は……そうだな、もうちょっとマシなお酒を俺が調達してくるから」


 泣かないでよ、ね?


 そう言って微笑むと、姫は可愛らしい顔でウルウルしながら俺を見上げた。


「……黒霧がいい……」

「んッ?」

「来年はあそこに置いてある黒霧がいいーー!!」


 この家のご主人が晩酌用にカウンターにおいてある酒を見ていたらしい。

 姫よ、酒豪か。畜生、俺負けそう。


 わかったわかったと姫を慰めながら、俺達は今年もかび臭いひな壇の中で宴を繰り広げるのであった。




 ……数年後、彼らの願いが叶って久々に外に出した雛飾りが、何故か焼酎臭かったとかなんとか……。




────────────────────────────────




 ☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春の宴【KAC2025-1】 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ