春と創作

小狸

始まり

 *


「へー、ももちゃん、小説書いてるんだ。読んでいい?」


「別にいいけど」


 *


 ネット上の小説投稿サイトに登録して早半年が過ぎたが、まだ一度も評価されていない。


 元々文章を書くことは得意だった。


 相手を感動させよう、相手にこういう感情を喚起させようとして、うまく言葉を入れ替えたり使い分けるだけだ。人の気持ちなんて単純で、感動させようと思えば言葉をちょっと選んで遣えばすぐにその通りになる。相手が望む文、好かれやすい文を、言葉を提供すれば、簡単に選んでもらえる。ようは言い方なのだ。その時その場で最も良い言葉を引っ張ってくる才能に長けていた私にとって、文章を書くことははっきりいってちょろいものだった。


 それだけでも、充分に目立つことができた。


 読書感想文の賞は、小学1年生から中1までずっと取り続けていて、そういう積み重ねが、私にとっての自信になっている。


 だからこそ、中2の今年に――せっかくならその有り余る才能を発揮しようと思い、小説投稿サイトに登録をした。


 創作にはパソコンを使っていたので、同世代の子よりかは、そういう方面には詳しいつもりだ。メールアドレスを登録した。


 まずは投稿小説の確認だろう。


 どんなものがあるのか、どんな傾向の作品があるか。ランキング上位からあらかた目を通した。どうやら日間平均ランキングと、週間、月間、四半世紀間のそれぞれ別で序列付けされているらしい。色々な作品に目を通せるから、ラッキーと思った。


 速読は得意だった――ぱっぱと見て、ほとんどを網羅した。


 が。


 なかなかどうしてひどいものだった。


 同じような話の繰り返しである。


 作り込んでいない世界観、曖昧な言動、統一性のないキャラクターの性格、どれをとっても、こんなものは物語とは言えない。


 ただの駄文じゃないか。


 ここでのし上がることは簡単だろう。の物語ならば、朝飯前だ。ご飯をお茶碗に盛るよりも早く、作ることができる。


 文と文を組み合わせて、物語は完成する。


 どうしてこいつらは、こんな乱雑で粗だらけの物語を投稿できたのだろう。


 取り敢えず年間ランキングまで見終わった後で、失笑を禁じ得なかった。


 そして、いくつも小説を書いた。


 文章の作り方は何となく心得ていたので、ぱっぱと書いて、ぱっぱと次のものへと進んだ。まあ、取り敢えず興味がありそうな冒頭で引き付けて、ブックマークや評価が多ければ、それの続きを書こう。


 そういう魂胆だった。


 再三になってしまうが、私は文章を書くことが得意だ。


 読書感想文でも何度も選ばれた経験があるし、自分でも才能があると自負している。


 だからこそ、それを遺憾なく発揮するために、この場所を選び、小説を投稿することにした。


 しかし――しかしだ。


 1つとして、評価されない。


 ブックマークをされないことは仕方がない。もうこのサイトも古いものだ。新参者がぱっぱと成り上がれる程に、簡単なものではない。そんなことくらいは分かる。


 しかし、評価されない。


 最後までスクロールしたところに、5段階評価をする場所がある。星にマークを付けるだけの簡単な作業だ。30を越える作品を投稿したけれど、評価されたものは1つもなかった。


 無論、評価がないのだから感想やレビュー等も埋まることはない。


 最初こそ、評価されるものと思ってずっと更新ボタンを押して待っていたけれど、最近はそれさえ惰性になってきた。


 別に全てを評価されたいとは思わない。私だって運動はあまり得意ではない(成績五は取れるけれど)し、そこまでキングイズム(今作った言葉だ)な思考を持ち合わせてはいない。ただ、得意で自信のあるもので評価されないというのは、何というか、とてもそわそわする気持ちだった。


 落ち着けない。


 毎日、サイトを訪れて作品を確認したけれど、評価ポイントが上昇することはなかった。


 焦って――いや、でも私は、こんなことで焦り散らす程に子どもではない。どうして評価されないのかを考えた。私の文章は完璧のはずだ、ならば――そう、


 


 そう思った。


 そもそも駄文の集合体のようなこのサイトである。投稿者がそういう文を書くのなら、読者だってそういう文を求めているのだ。ニーズのレベルが低いのだ。ははーん、そういうことか。ここのサイトを読むようなやからには、私の文章の良さが理解できないのだ。


 そう思って――ついつい、笑みがこぼれてしまった。


 そんなときに、「あー、ももちゃん、何、小説書いてるの?」と声をかけてきたのは、姉のさくらだった。


 五歳年上で、常にぷかぷかと浮いているような、足元のおぼつかない喋り方をする彼女は現在ライトノベルの作家をやっている。


 中学2年生の時にデビューし、そこから執筆を続けているのだ。


 あんなイラストだけで成り立っているような退廃文学の何がいいのか。アニメで動かすことを前提としている物語の、何がいいのか。微塵も理解できなかった。


 そんな反抗心から、私は文章を磨き始めたのだ。


 事実私は、姉よりも多くの読書感想文賞を受賞し、去年のものは全国にまで入賞している。クラスの子も先生もたくさん褒めてくれる。


「いいよー、読んで」


 と、適当を装って言った。まあ、こんなサイトの馬鹿よりも、実際に小説家をしている姉の方が、見る眼はあるだろう。あるいは理解ができずに、適当な負け犬の言葉を吐くだろうか。いやいや、姉なら理解できるはずだ。何せ現役の作家だし、小説に関しては、姉は嘘を吐かない。


 そんな風に思って――姉の後ろ姿を見ていた。


 姉も私と同じで速読であるけれど、何か、読み方が違う。


 じっくりというか、ちゃんと読んでいるというか。


 30篇の短編を読み終えたようで「ふー」と、両手をあげた。


 私は尋ねようとし――。




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