真珠の小姓

玉響和(たまゆら かず)改名しました

真珠の小姓

 ある所に小姓がおった。

 大層偉い大名に、仕えておったそうだ。

 大名は、その小姓を大いに可愛がった。

 寝る時も、城下町を見に行くときも、果ては女と寝る時も、小姓を側に仕えさせた。

 小姓も、大名を好きであった。

 百姓にもなれない、身寄りのない子供の頃、大名がたまたまその小姓を見つけた。

 大名が、その小姓を見たとき、天から舞い降りた羽衣かと思った。

 潤んだ瞳に、しっかりとしたまつ毛、色白の肌。

 大名はすぐに小姓を城に連れて行った。

 城に着くと、大名は小姓の髪を自分の着物から出た、赤い紐で結ったという。


 大名は派手好きでもあった。

 常に黄金を身に着け、高価で派手なものに目がなかった。

 尾張一の武士と言われたその男は、民衆からの人気も熱く。

「黄金様」と呼ばれ、城下町を歩けば、どの武士の行列よりも長い列ができたという。

 ある時、その大名は小姓を連れて、国の海岸沿いを歩いておった。

 なんでも、漁師が奇妙なものを釣り上げたという。

 大名は浜辺まで降り、小姓と一緒に、その珍物を見た。

 それは、黒い貝であった。普通の貝ではない。

 田んぼを二つ足して、ようやくそれと同じになるほどの大きな貝。

 大名は、その貝を見て大層喜んだ。

 が、貝は心を持っていた。

 貝はこう言う。

「子供一人を私の中に入れたら、この世で最も大きな真珠をくれてやる」

 大名は驚愕した。貝が喋ったことではない。

 その真珠とやらに興味が湧いたのだ。

 大名は言う。

「よし。わかった。子供を連れてこよう」

 

 その貝とのやり取りがあった後、大名は本当に子ども一人連れてきた。

「身寄りのない、貧しい子供だ。そなたにくれてやる」

 貝は、体を震わせ、ぼろ布を着た子供を、その中に飲み込む。

 すると、再び貝は体を震わせ、子供の頭ほどの大きさの真珠を吐き出す。

「なんと。これが、そなたの真珠か」

 大名は目を輝かせる。

「もっと連れてこい。もっと大きな真珠をくれてやる」

 それから、大名は憑りつかれたように、国の子供を貝に差し出しては、真珠をもらった。

 大名の城は真珠だらけとなった。

 大名は、小姓の存在など忘れて、真珠の山を愛でた。

 

 大名が、真珠に憑りつかれてから三月も経つと、国の子供は、ほとんどいなくなっていた。

「黄金様」と慕われていたのも、昔。

 今は、「真珠の人さらい」となっていた。

 大名が城で家臣の報告を受ける。

「もう子供がいません。殿様、もうやめにしましょう」

 そう言う家臣を無視して、大名は刀を手に取った。

 一瞬のうちに、その家臣を切り殺す。

 大名は、隣に座る小姓の手を取り、城を出る。

 

 大名は貝に小姓を差し出す。

「これが私の中で一番の宝物だ。だから、もっと大きい真珠をよこせ」

 貝の体は震え、小姓を一口で飲み込む。

 小姓は貝の中で、怒り、嘆き悲しんだ。

 貝はこう言う。

「これが私にとっての真珠だ。お前らが海からあげた罰だと思え」

 そういうと、貝は再び体を震わせる。

 大名が身に着けていた真珠の首飾りは、砂へと変わる。

 貝は萎み、中身が溶け、空虚な殻だけが残る。

 大名は、殻の中を見る。

「真珠はどこにやったんだ」

 大名は見つけた。

 真珠ではない。小姓が髪につけていた赤い紐だった。

 大名は、己のしたことに気が付いた。

 

 その国は一夜にして滅んだという。

 敵の将が、城の中に入った時には。

 無数の砂と、赤い紐で首を吊った、大名の亡骸があったという。

 

 

 

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真珠の小姓 玉響和(たまゆら かず)改名しました @Tamayura999

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