理沙の話
「子供がいるのにさ、遊びに行くってワクワクしちゃって。平日だって仕事でいないのよ?3連休まで、釣りで出かけるなんて」
釣りが趣味な旦那は、朝早く出て行って、夜遅くに泥酔状態で帰ってくる。
「私は四六時中、家事に子育てに奔走してるって言うのに、気にも留めない。協力しようって気がそもそもないのよ。子供欲しがったのは、旦那なのに」
始まった愚痴を奈々は頷きながら聞いていた。共感しているのではなく、脳内のメモ帳に書き留めているのだ。そして数年前に書き溜めた、メモ帳の1枚を捲る。
「”子供は俺の楽しみだ”だっけ?」
それは数年前に聞いた、プロポーズの言葉だった。
「そう!子供は俺の楽しみだ。変化だ。君とその変化をむかえたい」
「私はその時点で断るけど」
目をキラキラさせて言われたプロポーズの言葉に、理沙への思いやりは微塵も感じられなかった。結婚と子作りは別の話。子どもは授かりものだ。我欲だけでつくるものじゃない。と言う理沙の考えを、完全無視していたからだ。
「まあね。お腹痛めて産むのこっちだわ!って思ったわよ」
それでいて少なくとも5人は欲しいって言ったのよ。なんて、理沙の愚痴はヒートアップしていく。
さんざん言い終わって、理沙は最後に盛大なため息を吐いた。
「それでも、私は婚期を逃したくなかったのよね」
「夢だったもんね。お嫁さんも」
「アンタはそのころから、映画監督1本だっけ」
どちらからともなく、歪な笑顔を作る。
「お互い、夢に奔走してるってことね」
「そっちが1歩リードしてる。お嫁さんになったし、暮らしっぷりも平均以上でしょ」
「旦那唯一の美点よ」
お金に困っているとはいえ、理沙は今、専業主婦だ。旦那の稼ぎだけで成立する家庭も最近では珍しい。
結婚、そしてパート勤め、からの子育て。理沙は状況が2転3転しても、変わらず料理をふるまい続けていた。毎日料理に勤しめる家庭が、理沙の絶対条件だったからだ。惣菜を買ったことがない理沙の手料理は、とても美味美麗で、発信すれば?と勧めてしまうほどの出来栄えだった。しかし理沙は興味がなく、今どき珍しい非ネット民で、ご自慢の手料理が世間に出る機会は、奈々の映画だけだった。
「おばあちゃんが良い人で良かったね。ついでに、旦那叱ってもらったら?」
今日は姑が子供の面倒を買ってでてくれた。だからこのたった数時間の女子会は成立したのだ。だから理沙はクッキーを焼いて、可愛く包装した。お迎えの際に、義母に渡すために。今食卓に並んでいるのは、そのおこぼれだ。
「無理よ。昔っから、女の言う事きかない人だったみたいだから」
「それは大変」
「ほんと、マジで最悪」
理沙がなぜ甘味を欲しているのか、分かる気がして、奈々は苦笑をこぼした。
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