第12話 進む未来と暗く輝く過去
「うちの会社で、私が開発した専用カメラアプリの正式な試験も決まった!後はそれをベースに作って結衣の店の社長とすり合わせれば、うまくいくよ!」
「怜先輩!おめでとうございます!」
三月上旬の国際女性デー。私たちは先輩の実家の部屋で二人だけの祝賀会を開いていた。
ここまで仕事で紆余曲折あったけど、このまでアプリ開発とすり合わせを先輩と頑張って良かった。
思い出の詰まった先輩のベッドに座り、二人でノンアルコールビールで乾杯する。
「ふふ。こうしてみると、私たち相性が良いわね」
怜先輩は頬を赤らめて身体を寄せていた。私は彼女の綺麗なストレートヘアから香る汗と石鹸シャンプーの優しいにおいが、私の心臓を刺激してくる。
「そ、そうですよね。先輩のおかげで、四月から副店長に昇進する事が出来ました」
「お、副店長か!凄い出世だね。おめでとう!」
先輩がまるで自分の事のように褒めてくれる!私はもう、幸せに満ち溢れていてこのままずっと続いたら良いのに。
「そろそろ、ケーキが冷えた頃だと思うから取りに行こうか。早くしないと、妹夫婦に食べられるかもしれないし」
「はい!」
今日は、アプリリリースのお祝いの為に有名デザート店の高めの桜のアイスケーキを買ってきた。
私たちはルンルン気分で、桜のアイスケーキを冷やしている冷蔵庫へ向かう。
「スピー⋯⋯。すぅ」
台所の食卓テーブルで、怜先輩の妹である薫さんが幸せそうな顔を浮かべて寝落ちしている。
よく見るとノートパソコンやら書類やら散らばっている。きっと学校の宿題の最中に疲れて寝ているようだ。⋯⋯あれ? 薫さんの右目に眼帯つけてたっけ?
「宿題中に寝落ちなんて、懐かしいわね。全く、いつまでたっても可愛い妹何だから」
怜先輩は、部屋から毛布を優しく妹にかける。
「何だかんだ言いながら、先輩って本当に妹さんの事を気にかけているんですね」
「……私たち、武岡君に頼りすぎてたんだよね。あの頃」
怜先輩は含みのある言葉を呟き、冷蔵庫にあるふたりぶんのアイスケーキを取り出す。さっきまで慈悲深い表情から一転して何か負い目のある目になる。
まるで過去の自分を責めているような目。
⋯⋯一体、武岡龍世と先輩の間で何があるんだろう。
「どうしたんですか?顔色悪いですよ?」
「いや、大丈夫。それよりも桜のアイスケーキ溶ける前に食べよっか」
そのひとつを私に手渡して作り笑いをする。なんだろう。ここから先に踏み込んだら、私たちの関係が壊れそうな気がしてこれ以上の追及をするのを辞めた。
きっと、私の気のせいだろう。私はそう言い聞かせて先輩の部屋に戻ろうとするが、ある事に気付いて足をとめる。
「これ、宿題じゃなくて契約書ですよね」
テーブルに散らばった書類は学校の宿題のプリントだと思っていたが、実際は違っていた。
「婚前契約書?しかも、うちの実印と武岡くんの割印が押されてるって、本格的な奴じゃん」
ほんの一瞬だけ、婚前契約書を手に取った怜先輩が手が震えた。
「もしかして、武岡くんのお母さんが作ったのかな」
「いや、弁護士の欄が空欄で判子が無いからこのふたりがどっかのサイトのテンプレで作ったか、武岡くんの母親の書類をパクったんだろ」
あのふたりの本気が伝わるけど、でもそこまでする必要ってあるのかな。
「あのふたりの本気が伝わるけど……」
ふと、隣の怜先輩を見る。
彼女は、どこか寂しそうに笑っていた。
「あれ、薫の顔、少し赤くない?」
「最近ちょっと体調悪かったし、心配ね」
「……ん? LINEが来たみたいだけど、武岡君?」
ふと、薫さんのスマホからラインの通知がなって私たちはスマホの方向へ振り向く。
「……噂をすれば、妹の旦那様からのラインか」
怜先輩は、妹のラインのスマホの画面を開く。その動作の指のひとつひとつが震えているようだった。
……やっぱり、怜先輩は武岡龍世に何かしらの負い目を持っているんだ。
『無理はするなよ。ホットココアといつもの羽根つきを買って玄関に置いてきたから、今日はゆっくり休めよ。それと自嘲癖は治した方が良いぞ。俺は薫の事を愛しているからな』
「けっこう優しいですね。龍世さん。いや、前後の文章見てみましょう」
私は安心してそう呟いていたが、「自嘲癖」の言葉が妙に引っかかる。
私の提案に先輩は無言で頷き見てみる。
『今週は本当にごめんなさい。今日は楽しみにしてたのに、君のおもちゃが使えなくて。口なら大丈夫だよ』
『そういうの早まるのはしょうがないとして、薫の身体は俺のおもちゃじゃないだろ。あくまでも、俺たちは対等だ』
『ごめんね。そうだよね。今日は私の為に買ってきてくれてありがとう』
『当然の事をしたまでだ。また不安になったら電話してもいいから』
『ありがとう。大好きだよ。良くなったら一緒に今後を考えよう』
『無理はするなよ。ホットココアといつもの羽根つきを買って玄関に置いてきたから、今日はゆっくり休めよ。それと自嘲癖は治した方が良いぞ。俺は薫の事を愛しているからな』
読み終わった私たちは、薫さんのメンタルを気遣っている彼の文章をみて涙目になっていた。私にもこんな恋人が欲しいくらいだ。
「……なんていい子なの。龍世くんは。でも、アレの日で体調悪いだけなのに、薫さんはこんなに自嘲気味だろう」
私の独り言を聞いた怜先輩は目をそらして苦悶の表情を浮かべる。
「わからないけど、あの子けっこう重いからね。メンタルが不安定になるし」
嘘だ。それだけじゃない理由を知ってて私に隠そうとしている。
……先輩は、私の事を信頼していないの?
私はまだ、先輩にとって「信頼してすべてを話せる相手」じゃないんだ。
それが、少しだけ悔しかった。
まるで、先輩の過去には私の知らない誰かがいるみたいで――。
私の胸が一気に苦しくなる。
「そ、それよりも、この『想い出記録』ってファイルが気になるね。どんなのが入っているんだろ」
先輩は私の不安な表情に気付いたのか、急に話題を変えて薫さんのPCにあるファイルを指指す。
「……これって、開けてもいいのかな?」
「でも、妹が隠してるわけじゃないし……」
先輩は一瞬、迷ったように画面を見つめる。
「……だけど、私たちの知らない薫がここにいるのかもしれない」
そう呟いて彼女はファイルを開き、その中から一つの動画をクリックした。
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