Kei

「それ」は突然現れた。

まだ国になりきらぬ土地の中心であった。


「それ」は巨大な円柱だった。天に突き抜ける先は雲に隠れていた。


その地に住んでいた人々は、離れていても近くに見えるほど巨大な「それ」を遠くから見ていた。次に恐る恐る近づいていった。「それ」はあまりに巨大で、見上げると果てしなく壁であった。


“ 恐ろしいことが起こるのかもしれない ”

文明を持たぬ人々は皆、この超自然的な出来事に恐怖した。


しかし何も起こらなかった。

「それ」はただ突然現れ、存在しているだけであった。


人々の不安は時間とともに薄らいでいった。しかし根源的な畏れは残った。

いつしか「それ」は信仰の対象となっていった。


人々はそれを「塔」と呼んだ。




数百年が経った。

塔は相変わらずそこにあった。




土地は国となっていた。

文明が進み、あらゆる自然現象が法則に基づくことが発見されていた。

塔は人知を超えたものとして畏れられながらも、同時に理解されるべき対象として再発見された。


人々は塔を理解しようとした。種として繋ぐ時間と積み上げる知識をもって。


塔の立つ地面を掘った。何もなかった。大地からのだった。


塔に侵入しようと試みた。しかし一見煉瓦のようでもある壁には、何をもってしても傷ひとつつけることはできなかった。


何世代か後、人々はついに翼を手に入れた。

しかし雲海に続く円柱は果てしなく、文明が辿り着けるより遥かに高かった。


そこまでであった。

人知を継いでわかったことは、塔はただ立っている「何か」だということであった。



この頃には、人々はすっかり「種」から「個」に変貌していた。


塔が出現した時、人々はいまだ種の気配を残していた。

喜びを、不安を、そして畏れを分かち合っていた。


世代を経ていくうちに、人々は何よりも個を追求するようになっていた。

個であることが文明の証であり、個こそが生であった。


喜びは個のものとなったが、同時に孤独を引き受けることになった。

個であろうとする欲求も、孤独の苦しさも、塔のごとく聳えていた。


文明の進みに反するように人々は不穏であった。

すなわち「種」は不穏であった。



不穏は空気に満たされ飽和した。そして耐えられなくなった。



ある日、空が震えた。

塔のはるか高くが鳴っていた。あたかも雲が落ちてくるかのように思われた。

人々は恐怖した。隣に居た人と身体を寄せ合って震えた...


恐怖する人々の頭を光が刺し、強烈な痛みが襲った。

人々は耳を押さえて倒れこんだ。

目の奥に映像が映された。


-群衆


人々はその中に自分がいることに気がついた。


-暴徒


自分は獣のような顔をしている。


-暴力


家族を、隣人を、見知らぬ人を殺そうとしている。


映像は途切れた。人々は目を覚ました。

その瞬間、これまで身体を寄せ合っていた友人が、親が、わが子が襲ってくるのが見えた。

首を絞められ、あるいは殴られ、刺された。

暴力の痛みと共に意識が消えた瞬間、再び目を覚ました。映像だった。

その瞬間…

人々は悲鳴をあげながら気を失った。


人々が次に目を覚ました時、空気に満たされた不穏は消えていた。


塔も消えていた。

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Kei @Keitlyn

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