20話目 玲奈と菊池さんのバイト先に遊びに行く話

 クーラーを利かせた自分の部屋で数学の課題をやっている日曜日の昼先。私のスマートフォンに着信が入った。

「誰だろう?」

 通知画面を見てみると、相手はカリンさんだった。スマートフォンを手にとって通話する。

「もしもし、カリンさん?」

「もしもーし。サクラコ、今、時間空いてますか?」

 数学の課題はもうすぐ終わるところだ。ちょうどいいと言っても差し支えないだろう。

「うん、大丈夫だよ。なにか用?」

「実は、アヤノとレイナのバイト先に行ってみませんかってお誘いなんデスけど、どうデスか?」

 玲奈と菊池さんのバイト先はカフェだったはずだ。玲奈がバイトをすると言ってからは足を運んだことはない。

「興味、ないデスか?」

 カリンさんが私に再度尋ねてくる。興味あるか無いかで言ったら、それはもちろん──

「うん、行ってみたい」

 玲奈が働いている姿が想像つかないので、一度は目にしてみたい。

「それじゃあ、この後一四時に駅前で待ち合わせでいいデスか?」「分かった。それじゃあ、支度するね」

「ワタシも支度しちゃいます! また後で」

 私は通話を切って、出かける準備をし始めた。

  × × ×

 時間通りに駅前へ到着した。カリンさんは先に来ているだろうかとキョロキョロとあたりを見渡して探してみる。駅入口の方へと目を向けた瞬間、手を振るカリンさんの姿を確認できた。カリンさんは小走りで私のもとにやってくる。

「こんにちは、サクラコ! お待たせしましたか?」

「ううん、いま来たとこ」

「そうでしたか。それじゃあ、早速行ってみましょうか」

「うん」

 カリンさんが先導して、私たちは玲奈と菊池さんの働いているカフェへと赴いた。

  × × ×

 玲奈と菊池さんの働いているカフェに到着した。外観は西洋風で、オシャレに見える。

 ドアのプッシュプルハンドルを押して店内へと入る。店内は茶色を基調としていて、アンティークなランプや食器棚が置かれていて、落ち着いた雰囲気だった。

 店員さんのいらっしゃいませ~の声が店内に響き渡る。

「いらっしゃいませ~、何名様で……って、桜子にカリン! どうしてこんなところに?」

 出迎えてくれた玲奈はメイド服姿だった。メイド服はクラシカルスタイルで、普段の玲奈と比べて大人びて見えた。ちょっと憧れる。

「メイド服、似合ってるね」

「ワタシもそう思います!」

「あ、ありがと。それはそれとして、どうしてここに?」

「ワタシたち、暇だから遊びにきました!」

 カリンさんが明朗に答える。

「まあいいや。お席、案内しますね」

 クラシカルメイド服の玲奈に案内されて、私とカリンさんは席に向かう。

 玲奈の後ろ姿を眺める。玲奈のポニーテールと長いスカートがひらひら揺れて可愛らしい。

「こちらへどうぞ」

 席へ到着し、私とカリンさんは椅子に座る。

 玲奈はメニューを開き、テーブルにスッと置く。

「メニューはこちらです。日替わりは店長こだわりのアールグレイです。お決まりになりましたら、そちらのベルを鳴らしてください」

 玲奈は会釈してテーブルを後にした。私はメニューを見る。紅茶がオススメらしく、ダージリン、アッサム、ウバにフレーバーティーが取り揃えられていた。

「バイトしてるとは聞いてましたけど、紅茶推してる店だったんデスね」

「みたいだね」

 メニューのフードの方へ目を移すと、スコーンにパウンドケーキ、マフィンにショコラケーキ……と紅茶に合いそうなラインナップだった。

「こんなにあると、迷っちゃうね」

「デスねー」

 メニュー表としばらくにらめっこしてから注文を決めた。

 私は銀製のベルをチリンと鳴らす。高級そうな音がベルからして、自然と背筋が伸びてしまう。菊池さんがスッとやってきて、注文を取りに来た。菊池さんもシンプルなクラシカルメイド服で似合っていた。

「菊池さんもメイド服似合ってるね」

「デスねー」

「ありがとう」

 菊池さんはペンと注文票を手に、いつものような感じでクールに言った。

「ご注文どうぞ」

「私、店長こだわりのアールグレイとスコーンで」

「ワタシ、ダージリンとシフォンケーキ、お願いします」

「かしこまりました」

 菊池さんは注文を繰り返して言って確認を取り、私たちは頷くと、スッと店内奥へと去っていった。

「アヤノ、かっこよかったデスね」

「うん。二人とも似合っていたね」

「サクラコは着てみたいと思いませんか?」

「私? 着てみたいとは思うけど……」

「けど、なんデスか?」

「その……接客とかちょっと……」

「そうデスね。接客大変そうデスよね」

 働いている玲奈と菊池さんを見る。店内の落ち着いた雰囲気に引っ張られるけれど、二人は忙しなく店内の奥とホールを行き来していて大変そうだ。私では二人のようにキビキビとは動けないだろうから、お店の迷惑になってしまうだろう。

「そうデスね。ワタシでも二人のようにテキパキとは出来ないでしょう」

 メイド服着れて羨ましいなぁ、と思いながら待っていると、玲奈が紅茶とお菓子を乗せたトレーを持ってやってきた。

「こちら、店長こだわりのアールグレイとスコーンです」

 玲奈は私の頼んだ品物をテーブルへと乗せてくれた。私の目の前に温かなアールグレイと出来立てほやほやのスコーンが置かれた。

「こちら、ダージリンとシフォンケーキになります」

 カリンさんの前にも品物が置かれる。カリンさんの注文したダージリンとシフォンケーキも美味しそうに見える。

「それでは、いただきます」

「いっただきまーす!」

 私たちは両手を合わせ、声をそろえて言った。

 私はアールグレイに口をつける。

「美味しい」

 紅茶の爽やかな香りが鼻を通り、さっぱりとした風味で楽しませてくれる。

 スコーンを手にとって、添えられたいちごジャムをつけてパクリといただく。外はさっくりとしていて、中はふんわりホクホク。いちごジャムのひんやり感が合わさっていて心地いい。そこへアールグレイをまた一口いただくと、スコーンが持っていった口の中の水分を戻してくれて、更に心地よくなった。

 カリンさんの様子を見てみると、カリンさんも紅茶とシフォンケーキに舌鼓を打っているようだった。

 紅茶とお菓子を堪能した私たちは玲奈と菊池さんに別れの挨拶を告げてから、喫茶店を後にした。

 × × ×

 夜。ベッドの上で玲奈といつものように玲奈と電話をしていた。

「まさか遊びに来るなんて思ってなかったよ」

「お昼に電話きてね」

「それならそれで教えてくれても良かったのに」

 玲奈のムッとした表情が浮かんでくる。

「ごめんね。今度からはそうするよ」

 ごろんと寝転がりながら、私は続けて言う。

「メイド服似合ってたよ」

「そう? それなら、良かった……かな……」

 声が小さくなっていく玲奈。きっと照れているのだろうと私は想像した。

「桜子はどう? メイド服、着たくない?」

「それ、カリンさんにも言われた」

 そんなに私にメイド服を着てほしいのだろうか……?

「そんなに着てほしい?」

「見たーい」

 メイド服なんて着る機会そうあるだろうか?

「まあいいや、なんか機会あると良いね」

 その後も私たちは雑談を続けて時間を過ごしていった。

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