第1話 獣異世界
赤ん坊に転生し数日が経過した。
二十代前後の女性達が交互に僕の面倒を見てくれており、一泣きすれば5秒以内に誰かが駆けつけてくれる。
ちなみに彼女らの頭にはモフっとしたケモ耳が付いておりとても可愛らしい容姿をしていた。
「オギャー」
別に腹は減っていない。
かと言ってしょんべんを漏らしたわけでもない。
「おやおや、どうしましたか?」
ただただ彼女らのケモ耳を眺めたいだけで呼び出していると言っても良い。
今回来てくれたのは黒猫の獣人さん。たまに面倒を見てくれる齢八歳前後の幼女である。とても面倒見の良い子で、乳児の扱い方が丁寧だ。
中性的な顔立ちで人間と同様の見た目だがケモ耳を付け加えるだけでこうも魅力度が増すとは......罪深い。
「また、嘘泣きですか?仕方のない子ですね」
君も相当幼いけどな。
そういうと彼女は僕を抱きかかえ寝かしに入る。
小刻みでリズミカルな縦揺れは何故だがとても安心感を覚え僕を微睡に誘う。
そして数秒後僕は眠りについた。
◇◇◇◇◇
月明かりが丸窓から差し込む。
再認識したと言って良いだろう。
睡眠欲は本来抗ってはならない欲で我慢してはならない欲であると同時に管理しなければならない欲であると。
決まった時間に寝なければこの様に朝を迎えられず変な時間に起きてしまう。
しかし、赤ん坊の身体的特性として仕方がないことなのかもしれない。
眠い時に寝れるのは赤ん坊の特権だ。
前世では眠りたくても眠らせてもらえなかったからな。
僕はもう社畜になんてならない。今世はなんとかして普通の日常を送れる様な仕事に就いてみせる。
さて、どうしたものか。
再び寝ようにも頭が冴えわたり全然寝付けない。
この暇な時間をどう乗り切れば良いのだろうか。
誰かにまた寝かしつけてもらう?
今、夜泣きをすれば誰かは来てくれるだろう。しかし、それはそれで少し申し訳ない。
どんな仕事をしているのか分からないが仕事の合間を縫って面倒を見てくれている方達に対し睡眠時間まで取らせるのは少々可哀想である。
昼間はケモ耳を見たいがために呼びつけている手前さらに申し訳ない。
『なら、私が話相手になってやろうか?』
真横から凛とした女性の声が聞こえる。
「ふぎゃ?!(誰?!)」
気配がしなかった。
不意の出来事に体が硬直する。
恐る恐る声のした方へ視線を向けるとそこには月光を浴びる白い虎の姿があった。
『私の名は願望のダヴァンシェ。今はただのダヴァンシェだ』
願望......てか虎が喋ってる!?
『珍しいかい?』
元いた世界では動物は喋らないんだ。
『そうかい。君は別の世界から来たんだね?』
好奇の眼差しでこちらを見るダヴァンシェ。
というかなぜ会話が成り立っているんだ?
『私は相手の心の声を聞ける。それが異界の言語であれ、なんと無く何を言いたいのか意味を理解できるんだ。お互いにね。それよりも久方ぶりに私を認識する者に出会えた。話をしよう。私はこの世界について話すから君は君の元いた世界の話を聞かせておくれ』
どうやら、ダヴァンシェは僕の元いた世界について興味を持っているらしい。
これは今の僕の現状を知れる絶好のチャンスだ。それに良い暇つぶしになる。
「あぅあぅ!(分かった!)」
『期待しているよ。それじゃあ私から話そうか』
久しぶりに人と会話するのが嬉しいのか意気揚々と話始める。
......
............
..................
気がつくと朝になっていた。
正直、近所の定食屋の旦那が浮気しているという話から何も覚えていない。
どうやら寝落ちしてしまった様だ。
ふと、横を見やるといびきをかきながら眠るダヴァンシェがいた。
夢では無かった様だ。
もう一度瞼を瞑り昨日のダヴァンシェの話を整理することにする。
まず、この世界は端的に言うと獣人のみが住まう弱肉強食の異世界。
弱きものは淘汰される(物理的な意味を含む)かなりシビアな世界の様だ。
そして僕が生まれた場所というのが五大国の一つ白蓮月聖王国の王都より東に外れた大都市、東都にある遊郭大見世の【桃源郷】と呼ばれる場所らしい。
もはや東都=遊郭といっても過言ではない世界屈指の色欲都市に生まれたのである。
ひょっとしたらかなりまずい状況なのかもしれない。
遊郭といえばよく時代小説なんかに登場する吉原を思い浮かべるが......だとしたら僕はいずれ彼女たちと同じ売春の道を強要されてしまうのかも知れない。
ちなみに僕は男だ。
陰間茶屋的なものがあるとしたらそこに行かされるのだろう。
なんとかして掘られるのだけは回避せねばならない。
なかなかにハードモードな人生だ。
逆に運が良かったと考えてみよう。
白蓮月聖王国は五大国の中で唯一小動物系の獣人族への差別が少ない国らしく【最も平和な国】と世間では呼ばれている。
まぁ、【最も平和な国】の中で一番治安が悪いところ、それが東都な訳だが僕はまだ運が良い方なのだろう。
別の国ではこの様に綺麗な部屋で普通の赤ん坊の様に育ててもらうことすら叶わない。育児放棄なんて当たり前の世界らしい。
また、ここ【桃源郷】のオーナーは侯爵の位を賜った東都を治めるお貴族様とのこと。
だからなのか、部屋が異様に広くとても清潔。面倒を見てくれる人全員差はあれど煌びやかな衣装に身を包んでいる。
何よりも女郎の人たちは皆優しい。
皆可愛いくてこの異世界に生まれたこと自体に感謝したいぐらいだ。
まだ、この世界の厳しさを知らないから楽観的になれるのだろうがそれでも僕はこの世界を好きになってしまった。
とりあえず現状は赤ん坊生活を謳歌しつつ今後の立ち回りでも考えておこう。
そういえば朝ごはんを食べていないな。
泣くか。
「オギャー!」
「呼んだかい?」
早ッ!
ひょっとして襖の前でスタンバってました?
「ふふふ、お腹すいたの?」
妖麗な笑みを浮かべる牛の獣人さんは僕を抱き抱え授乳の準備を始める。
「はい、飲んで良いよ」
もう慣れたものである。
流石に最初はかなり抵抗があったが空腹には逆らえない故慣れざるを得なかったと言っておこう。
無心になれ。
「あんっ!」
やはりこの人の母乳は別格である。
味覚がまだ育っていない赤ん坊のはずなのに味がするだなんて......まるで本物の牛乳を飲んでいるかの様な濃厚さがあり流石、牛の獣人さん。
ただ、飲んでいる時に喘ぎ声は勘弁してほしい。
そしてお腹が満たされた僕はその牛の獣人さんに背中をトントンと叩かれ無事ゲップを出すことに成功する。
「ゲップができて偉いねー」と僕の頭を撫でる。
頭を撫でられるなんていつぶりだろうか。
幼い頃事故で両親が亡くなって以来誰かに抱きしめられたり、頭を撫でられたりする機会が無くなり、それが当たり前となって気がつけば大人になっていた。
故に、心のどこかではそういう【あたたかさ】を求めていたのだろう。
そう、僕はモフられたかったのだ。
頭を撫でる手の感触に思わず顔が綻ぶ。
「か、可愛い〜!」
その後何故かめちゃくちゃモフられた。
相変わらず何を言っているのかわからないためとりあえずこの世界の言語の習得に専念するとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます