第81話 防衛戦 4

 防衛が続き、霊力がなくなってくる人が出てくる。


「霊力がなくなった者は補給に向かってくれ。そのまま少しだけ休憩して戻ってきてほしい。できれば一時間くらいで戻ってきてほしいかな」


 蓮司に指示を出していた大人がほかの者たちに声をかける。

 それに頷いて三人が急いで補給に向かっていった。

 今回は救援に来た土地神から霊力の補給ができるのだ。戦うことが得意ではない土地神がそういった補佐に回っていた。


「すまないが俺たちも霊力が心許ない。しばらく君に負担を押し付けることになってしまう」

「俺はまだ余裕があるので大丈夫ですよ」

「俺たちは極力霊力を減らした霊力弾で牽制する。相手が避けたりしたところを狙えるようにやっていこうと思う。それでいいかな」

「戦い方はお任せします」


 霊力量は蓮司が上でも経験では彼らの方が上だ。素直に従っておく方がスムーズにいく。

 彼らは素直に従ってくれる蓮司に礼を言い、防衛を続ける。

 事態が急変するようなことはなく、休憩に行った者たちが戻ってくる。


「交代だが、君はどうする? 一緒に行くこともできるが、余裕があるならもう少し続けてほしくもあるのだが」

「一時間なら大丈夫じゃないかと思います。無理ならその時点で休憩させてもらいますが」

「わかった。それでいこう。ありがとうな、君がいてくれて本当に助かっているよ」


 礼を言った大人は休憩を終えた大人たちに引き継ぎをして、急いで休憩に向かう。


「皆さんはどれくらい霊力が回復したんですか?」

「半分にちょっと足りないくらいだね」

「複数人にそれをやっている土地神様がいるんですよね。すごいことやってますね」

「そうだね。龍脈の力を引き出して利用しているみたいだ。普段はやらないことだそうだけど、今回は特別だと言っていた。龍脈が狙われるなんてことがなければ、やらないことなんだろう」

 

 龍脈に流れる力は地球の体力といってもいい。あまり使いすぎるとバランスを崩すことと同じように困ったことが起きる。

 だから今回もほんの少し引き出して霊力回復に使っている。

 龍脈から力を引き出すのは別の保険もあった。どこかで防衛が失敗して力を注がれても減っている状態ならば、龍脈が乱されずただの補充になるという考えだ。

 そういったことをした経験はないため、上手くいくかどうかわからないがやってみる価値はあると、富士の石主たちは判断した。

 

「おかげで俺たちも長期戦を維持できる。霊力の補給がなければもっと悲壮感に溢れた戦いになっていたはずだ。まあ天使と悪魔の出現が確実だから、気楽でいられるのは今のうちだけど」

「皆さんはそれらに遭ったことありますか」

「俺はないよ」


 ほかの二人もないと答えてくる。

 彼らも同僚や先輩から怖さをたっぷり聞かされたのだ。話に聞いただけだと油断しそうなものだが、これまで自分たちが戦った強い妖怪や怪異よりも上だと聞かされているためやばそうだと思っている。

 そういったことを話しながら妖怪たちに対処していると、休憩に行った人たちが帰ってくる。


「ただいま。今度は君が休憩に向かうといい。食堂に行けば、霊力の補給ができるし食事もね。俺たちと同じく一時間くらいは向こうでのんびりと過ごすように。短時間仮眠をとるのもいいな。戻ってきたらまた頑張ってもらうよ」

「わかりました」


 蓮司は牽制として炎の玉をいくつも遠くへ投げてから、その場を離れて食堂に向かう。

 そこでは休憩中の人や治療を受けている人たちがいる。ここにいる怪我人は軽傷者ばかりで、重傷者はここではなく治霊院へと運ばれている。

 食堂を見渡した蓮司は、人間とは違う気配を放つ女に近づく。


「こんにちは。霊力の補給を受けたいのですが、あなたであっていますか」

「ええ、あっているわよ。私はとある場所にある霊木の精。今回の騒動で手伝いにきたの」


 手を出してちょうだいと言われて蓮司は手を出し、その手を握られて力が流れ込むのが感じられた。

 以前錬金術で受けた補給のような異質感はまったくなく、すごいなと蓮司は感動している。

 その蓮司を霊木の精は叱るような顔で見る。


「あなた、こんな状態で参加したの?」

「えっとどんな状態でしょう? 俺としては特に異常は感じていませんが」


 問題があるから叱られたのだろう。しかし本当に自覚症状はないのだ。


「わかりづらいけど魂に小さなひびが入っているし、ほんの少しだけど霊力が漏れているわよ」

「爺さん、富士の石主はそういったこと言っていませんでしたよ」

「あの方は武に関わる方で、治療に関してはそこまで得意ではないからね。ここまで小さなものだと気付けないかもしれないわ」

「放置したら駄目なやつですか?」

「そうね。このまま放置すればその状態で固定されてしまう。それが当たり前になってしまって治療できなくなる。霊能力者をやめておとなしくしているならほとんど問題はないわ。でも今後も続けていくなら、霊能力の使用とともにひびが広がっていく。それにともなって疲れやすくなり、その疲れが取れにくくなる。しばらくすればいっきにひびが広がって、常人よりも病気になりやすくなるし、寿命が早くに尽きる」


 語られる将来を想像した蓮司の顔色はよくない。引退したとしても、なにかの拍子で霊能力を使うことはあるかもしれない。それが原因で早死も考えられる。


「それはさすがに嫌ですね。治霊院で治療できますか?」

「今なら私がどうにかできる。でもそのためには一日おとなしくしてもらう必要があるわ」

「今回の騒動が終わったあとだと遅いのでしょうか」

「ええ、治療するなら今がいい」

「今任されている場所があるので、そこの人たちに事情を話して一時離脱させてもらいます」


 頷いた霊木の精から離れて、現場に戻る。


「早くないか? もっとゆっくりしていていいんだぞ」

「事情ができて今日一日離脱することになりまして」

「なにがあった?」


 よその場所で問題が起きたのかと表情を強張らせる。


「俺個人の問題ですね。数日前に寿命を削る霊能力の使い方をしたんですよ」

「なんて無茶を」

「俺はそれを後悔してないんです。その後遺症として魂にひびが入っているらしく、治療に一日かかると補給をしてくれる霊木の精に言われたんです」

「わかった。しっかりと治してもらうといい」

「はい。急に離脱してしまってごめんなさい」

「その理由なら仕方ないさ」


 ほかの人たちにも蓮司は頭を下げて、食堂に戻る。


「戻ってきたわね。今日一日私のそばで過ごしてちょうだい。あなたはそれだけでいいわ」

「それだけでいいんですね」

「術をかけて、それを維持するだけ。おとなしくしているのが一番なのよ」


 早速術をかけるということで、蓮司は目の前に立つように言われる。

 霊木の精は蓮司の腹に手を当てた。

 太陽と同じ色の光が霊木の精の手から放たれて、蓮司は暖かなものが体中を巡るのを感じた。

 すぐに光が消える。


「もう少しじっとしてて、維持の術をかけるから」

「はい」


 今度は緑の光が放たれる。先ほどより弱い光は服の下で光ったままだ。


「あとは明日の朝まで近くにいなさい」

「寝泊まりもここで?」

「そうなるわね。事情を話せば寝具を持ってきても問題ないでしょう」


 目立つだろうなーとは思うが、治療に必要なことだしと蓮司は受け入れる。

 そのままなにもしないのは暇なので、霊力質度を上げる鍛錬をしてもいいか聞く。


「そうね……まあいいでしょ」


 許可を得て昼食をとったあとに座禅をして、鍛錬を始める。

 そんな蓮司を見て、霊力の補充に来た者たちはなにをしているのかと首を傾げる。霊木の精の邪魔になっていないかと疑問を発する者もいるが、霊木の精がなにも問題ないと話して、やがてスルーされるようになる。

 霊力の補充には大地や稔たちもやってくる。

 蓮司がどうして近くにいるのかと彼らも聞き、事情を説明されて深々と頭を下げて礼を言う。

 蓮司は稔が来たときは鍛錬を中止して、霊木の精に稔の魂もおかしなことになっていないか聞く。

 一体化していたものを無理矢理剥がした形なので、異常がでていないかと思ったのだ。

 霊木の精はじっと魂を見るように目を細めて、大丈夫だと答えた。疲弊しているだけで蓮司のような状態にはなっていないということに、蓮司も辰馬たちもほっとする。

 疲れすぎているので今回の騒動が終わったら、しばらく霊能力者としての活動を休む必要があるという助言には、辰馬が守らせると強く頷く。

 彼ら以外にも知人はいた。京都の佐塚だ。龍脈を守るために本部から要請が来て、こちらに来ていた。

 蓮司がここにいることに驚いていたが、稔関連でここにいると話すと納得する。本部からの情報で、この防衛戦の始まりは灰炎から提供された情報だと知っていたのだ。

 

 翌朝、蓮司は食堂の床に敷いた布団から体を起こす。

 朝食に人が集まっていたが、それが気にならないくらいに熟睡していた。落ち着いて寝られるように、霊木の精によって音が排除されていたのだ。

 

「さて目の前に立って頂戴」

 

 促されて昨日と同じく霊木の精の前に立つ。

 腹に手を当てられて蓮司は診断を待つ。

 蓮司的には昨日と同じ状態で、なにか変化あったようには思えない。


「完治したわ。また同じことをやったら新たにひびが入る。それは覚えておきなさい」

「はい。富士の石主や上司にやるなと言われているので、やることはないと思います」

「それがいいわ。寿命を削って発動できる術なんてろくなものではないわ。二度と使わないならそれにこしたことはない。次は治療できる幸運に恵まれるかどうかわからないし」

「肝に銘じます。このあとは手伝いに行っていいんですよね?」

「ええ」


 ありがとうございましたと言って、蓮司は布団を持って部屋に戻る。

 軽くシャワーを浴びたあと朝食をとって、昨日と同じ森のそばに向かった。


「おはようございます」

「おはよう。もう大丈夫なのか」

「はい、大丈夫だと言っていました」

「そうか。頑張ってもらうぞ。少しずつ妖怪が増えてきたから、戦力が増えるのはありがたいんだ」

 

 彼らが言うように、昨日より妖怪が近づいてくる頻度が上がっていた。

 蓮司は昨日のように指示を受けて、霊能力を使っていく。

 魂のひびがなくなり、霊力の消耗がさらに減って長くその場に滞在できるようになっている。

 おかげでその場の維持はできているが、ほかの場所ではそうではない。人手が足りないと霊力の補充に向かった大人が話していた。

 じりじりと劣勢に傾いていると思わされて、初日の余裕がなくなっていく。

 天使や悪魔には会いたくはないが、早く来いという思いも霊能力者たちは持ち出していた。余裕があるうちに決着がついてほしかった。

 その焦燥感はつまらないミスも誘発し、怪我人が増えていく。

 ただでさえ戦力は不足気味であるのに、さらに減って妖怪たちが多く龍脈のある森に入っていく。

 それを排除しているのは大地をはじめとした二級たちと一級のヒーローだ。

 二級の一部は森の外でも活動している。単体相手が得意な大地は森の中で、複数相手が得意な佐塚は外にいる。

 二日目はこの先の苦戦を思わせる状態で終わる。

 三日目はさらに劣勢に傾くと思われたが、一級の義行と虫使いが到着して一時的に持ち直す。広範囲への攻撃が得意な二人の到着で、一般霊能力者の負担が軽減されたのだ。その雰囲気のおかげで再び余裕も生じて、士気向上に繋がった。

 四日目は上がった士気を下げるためか、一級たちが集中して狙われる。だが初日から戦っていたヒーローを含めて彼らは物量に負けることなく、返り討ちにしていく。

 その結果を見て、霊能力者たちの士気はさらに上がる。

 そしてこれ以上流れを防衛側に傾かせるのはまずいと思ったのか、天使と悪魔が五日目に姿を見せた。悪魔はリアスロスの本体だ。

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