第80話 防衛戦 3
大地との確認でわかったのは、最大火力の向上、込める霊力の制御力だ。霊能力の発動速度と操作性はほぼ変わっていない。
羽の生成で重視した二つが向上に繋がっていた。
今後はよほど慌てていなければ、紙の札を使っても燃えるようなことはないだろう。燃やしたいものを燃やす技術も思っているよりは早く習得できるかもしれない。
火力は幽霊を相手するなら過剰になっている。
「なにも考えずに火を放つと火事が確実に起きるな」
「燃やすものを選べるように、爺さんから練習方法を教えてもらいました」
「それは今後やっていく上で重要な技術だな」
確認を終えて、夕食をとるため食堂に移動する。
「そういえば、俺は今後どうなるんでしょうか。オカルト対策課の規則を破りましたし、罰は確実にありますよね」
もしかするとクビかなと呟く。それならそれで問題はないかなと思う。そうなったら祖母は喜ぶだろう。
「ある、はずだ。今回のことは俺だと判断つきかねるんだよ。勝手な行動をしたのはたしかなんだが、その行動が世界各地の龍脈を守る行動に繋がっている。もしお前の行動がなくて、灰炎が乗っ取られていたら、俺たちは悪魔と天使の計画に気付けなかったかもしれん。罰と功績が混ざっててなぁ。だがクビはないぞ。人手が足りてないのに引退はない」
ルールを破ってはいるが、功績の方が大きい。
このことから本部幹部はヒーローといった問題のある一級と同類かと頭痛を感じるかもしれない。
自由に動かせる戦力として扱うという話もどうなるかと大地は心の中で呟いた。
食堂に入ると稔の姿があった。そばには辰馬たちがいる。
「今回のことは稔も大きな役割を果たしましたが、その功績はどうなるんでしょう」
蓮司は稔の姿を見て、思いついたことを聞く。
「功績でこれまでのことがちゃらになることはない。そこは断言できる。だが多少の軽減はされるだろう。これを機に表に戻ってくれればありがたいんだが」
「無理じゃないですかね」
蓮司も表で一緒に行動したいが、彼らの事情を考えると表は息苦しいとわかる。
「稔の様子を見てきます」
「おう」
食事を受け取った蓮司はトレーを持って稔たちのテーブルに向かう。
「稔、起きたんだな。調子はどうなんだ」
「兄さん」
返事に元気がない。
体力的な面では問題なさそうだが、メンタル的にはまだ駄目そうだった。
辰馬たちに大丈夫なのか視線を向けてみると、その考えを察したようで首を横に振った。
「まだへこんでいるのか。気にしすぎだと思うぞ。俺は後悔していないし、母さんもリアスロスから解放された稔を見たら満足すると思う」
「二人は後悔してなくても、俺は」
「その調子で、仲間に恩を返せるのか。俺と母さんだけじゃなくて、稔の仲間も助けるための色々と動いていたんだぞ。まあすぐに元気を出せとは言わないけど、落ち込みすぎて心配をかけすぎるなよ。アリアなんて不安そうだ」
自分のことで精一杯の稔は言われてアリアの様子に気付くことができた。
隣に座るアリアを見て、すまんと謝りながら頭を撫でる。
「明日時間があるなら鍛錬に付き合ってくれないか。火の扱いは稔の方が上だろ」
鍛錬をすれば少しは気晴らしになるだろうと誘う。それに稔は頷いた。
そのまま蓮司と稔たちは一緒に食事をとる。
その様子は周囲から視線を集めた。手配書が出ている稔たちと一緒にいれば目立つのは仕方がないだろう。
仲が悪そうにも見えず、どういった関係なのかと噂が流れる。
仕事がバッティングして裏の者たちと協力することは稀にある。蓮司と稔たちもそういった関係で繋がりを得たのだろうという考えが主流だ。
家族に霊能力者がいるという状況はほぼないので、二人に血の繋がりがあると予想している者はいなかった。
食事を終えた蓮司は、また明日と言ってから稔たちと別れる。
リアスロスたちはまだ姿を見せず、翌朝約束通りに蓮司は稔と鍛錬を始める。
大地は防衛の話し合いに向かっていて、辰馬も稔の代理としてそれに参加している。
アリアと志摩と優斗は二人の近くにいる。志摩と優斗はそれぞれ鍛錬していて、アリアは稔が無理をしないか見ている。辰馬に目を放さないようにと頼まれたのだ。
「始める前に聞きたいが、兄さんの霊能力はどういったものなんだ」
「俺は火の異能だ。何ヶ月か前に土地神と協力して迦楼羅炎を扱ったことで、火に神の力が帯びるようになった。それで瘴気や邪気に対して効果的になったんだ」
「俺の霊力に効果を及ぼしたのはそういった事情があったのか」
なるほどと頷いて、稔は続ける。
「俺の術や技は合わないだろうから、それを教えるのはやめておく。俺の霊能力は式使い。悪魔の力を式として扱っていた。だから霊能力の使い方は違うものだ。霊力の使い方と火の扱いそのものについて教えていこう」
「頼む」
稔はこれまで自分が経験したことを話しながら教えていく。
霊力のまとわせ方、凝縮の仕方などを教わる。
一番印象的だったのは、水場での火の扱いだ。
「水中だと火はつかない。そう考えているだろう?」
「そりゃそうだ。どうやっても無理だ」
無理矢理光らせることはできそうだと思うが、発火は無理だろうと蓮司は返す。
「俺たちが使うのはオカルトの火だから、常識を無視できることがある。多めに霊力は使うし威力も激減するけど、やろうと思えば水中でも火を発生させることは可能だ」
「……やろうと思ったことがなかったな。どんな場面で使えるんだ?」
「正直使う機会は少ない。意表を突くのに使ってきた。隙を生み出して、仲間に攻撃してもらう。あとは似たようなことをほかの霊能力者もやれる。常識外のことをしてくることがあるから驚いて隙をさらさないように」
「たとえばどんなことを?」
「壁を壊さず素材を操作して音もなく穴を開ける。水の色を細やかに変えて穴がないように見せて落とし穴を作ったり、通れるはずの道がないと思わせる。風の流れを操作して、特定の音だけ耳に届かないようにする。こんな経験がある」
「そこまで細かく水とかを操作できるのか」
「己の霊能力に深い理解を得て熟練すればだけど」
「俺たちの火も水中での発火以外にも、変わった使い方とかあるんだろうね」
「そうかもな。でも応用は基本を磨いてこそだから、今からおかしな方向に走らないように」
「わかったよ」
霊能力者として十分おかしな成長をしているので、その助言はもう遅いかもしれない。
稔も霊能力者としてはまっとうではないため、似た者兄弟なのだろう。
稔は蓮司の鍛練に付き合いながら、自分がどれくらい弱体化したのか確かめていく。
(やれることは変わってない。だからこそ以前のまま霊力を気にせず使っているとすぐ枯渇しそうだ。節約を意識する必要がある)
リアスロスが持っていったのは霊力量であり、これまで鍛えた霊力質度は減っていない。
継戦能力に不安があるということを確認して、二人の鍛練は続く。
しかしそのまま長続きはしなかった。
「来たぞ」
という稔の言葉のあとに旅館から警報が響いたのだ。
『報告、襲撃あり! 各自備えるように!』
「リアスロスの気配がわずかだが感じ取れる」
辰馬たちが集まってくる。
「俺たちはどう動く?」
「リアスロスの邪魔をしたいと思うが、一級たちが相手するだろうな」
「一級だけではなく、手の空いている土地神たちも集まって相手することになっていると聞いた」
話し合いに参加していた辰馬が補足する。
「俺はこっちに来るであろう悪魔や天使に挑みたいが、今の俺だと相手にはならんだろう。しょうがないから強めの妖怪とかを探して挑むとしようぜ」
一人だけだったら力量差を気にせず突っ込んでいたが、アリアも巻き添えにするのは優斗も気が引けるのだ。
「それが無難だな。俺たちはこうする。兄さんはほかの奴らと一緒に行動するといい」
「……わかった。死ぬなよ」
彼らと一緒に行動すると連携の邪魔になるだろうと考えて、蓮司は別れることを承諾した。
去っていく稔たちを見送り、蓮司はスマホで大地に連絡を入れる。
『蓮司か、今どこにいる?』
「旅館そばの広場です。そこで稔と鍛錬していました」
『灰炎もそこにいるのか?』
「いえ仲間たちと妖怪を倒しにいきました」
『そうか』
戦力として確実な力量を持っているので協力して動いてもらいたかったが、表の霊能力者と共に動くのはやりづらいのだろうなと思い、それ以上稔たちに関して話すことはやめる。
「俺はどう動けばいいですか」
『話し合いでは接近戦ができるやつと遠距離攻撃ができるやつとで別れることになった。お前は遠距離の方だ。旅館入口前まで行けば、指示を受けられる』
「わかりました。そこに移動します」
『悪魔や天使が近くに来たらすぐに逃げろよ。お前が思っている以上にあれらは強い』
了解ですと返して、蓮司は通話を切った。
スマホをポケットに入れて、旅館入口に移動すると旅館の従業員があれこれと指示を出している。
「すみません。上司からここで指示をもらえと言われたんですが」
「等級とどういったことができるか教えてください」
「四級です。火の異能持ちで、札を使った遠距離を中心にやってきました」
四級と聞いて従業員は首を傾げた。
「四級ですか? 上司は避難を指示せずに、参加を勧めてきたのですよね? あなたについてほかに情報はありますか」
「特殊区分に指定されていると聞いてます」
「なるほど、でしたら」
従業員は地図を見せて、指差す。
「こことこことここに人が集まっています。そこにいる人たちは富士の石主様の領域と龍脈がある森を背にして遠距離攻撃をしかける人たちです。三班のいずれかに参加して彼らの指示に従ってもらえますか」
「わかりました。補給用に水とか持っていった方がいいですかね」
「多く持っていくと荷物になるので、小型のペットボトルの水やクッキーとかを持っていくといいでしょう」
そうしますと返して、蓮司は自動販売機で水を買い、食堂に置いてある個別包装のお菓子をいくつかもらって、指定されたところに小走りで向かう。
準備している間に戦闘は始まったようで、戦闘音が聞こえてくる。
空にもちらほらと飛べる妖怪の姿があった。
それらへと霊力の塊などが飛んでいっている。
森に到着して、そこにいる五人の大人たちに声をかける。
「ここに行って指示を受けろと言われました。火の異能持ちです。これからどうすればいいのでしょうか」
大人たちは若い蓮司を見て驚いた様子だったが、すぐに気を引き締めた。
その中の一人が手招きする。
「俺が指で示す方向に向かって火を放ってくれるか」
「威力はどれくらいがいいでしょうか」
「どれだけ防衛戦が続くか予想できないからひとまず抑え気味で頼む」
頷いて金属札を取り出した蓮司はいつでも火の玉を放てるように備える。
「あっちに見える妖怪に向かって撃て」
「はいっ」
指差された方向には獣系統の妖怪がいた。
それに向かって火を飛ばす。蓮司は抑え気味のつもりだったが、命を削る前より威力が上がっている。
同じ妖怪を狙った人たちも霊力を放って、次々と攻撃が飛んでいった。
龍脈に攻め込める実力があっても集中砲火を受ければたまらないようで逃げていく。
「あの規模で抑え気味なのか?」
「はい。おおよそになりますけど、あの威力なら百発以上撃てます」
「そりゃ避難より戦力に回されるわな。遠慮せずに指示を出していくからそのつもりでいてくれ」
宣言通りあちこちに指で示されて、蓮司はそれに従って火を飛ばしていく。
幸いといっていいのか、リアスロスたちに賛同する妖怪は大群というわけではなく、数で押し込まれることはない。向こうは指示する者がいないのか、好き勝手動いていて一点突破するということもない。かわりに、ばらばらに攻めてくるので撃退が間に合わず森に入る妖怪もいるし、攻撃を避けきって侵入する妖怪もいる。
蓮司たちが攻撃している間も、背後の森から戦闘音が聞こえてくる。
激戦のようでたびたび木々を通り抜けて風が吹き抜けてきた。
しかしまだ本番ではなかった。悪魔や天使が姿を見せていないのだ。蓮司と一緒に戦う大人たちは、こちらの消耗を待ってまだ様子見なのだろうと顔を顰めている。
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