第69話 石碑はいずこ 3
おはようございますと言ってくる村長に、実里は挨拶を返して昨夜のことを話し出す。
「犬の幽霊は昨晩退治しました。その影響で土地がえぐれていますので、その穴を埋める作業は村の方々でよろしくお願いします」
幽霊と戦った場所を村長に伝える。
「ありがとうございました」
「一応聞きますが、問題となる幽霊が複数現れたという話はなかったですよね?」
実里の確認に村長は頷いた。
「はい、被害者から聞いた話では一体のみということでした」
「なにかあればオカルト部かオカルト対策課に連絡をよろしくお願いします。最後に今回の被害者の方々に、国からフォローがあるかもしれません。その件について役所から連絡が入ると思います」
「あるかも、なのですか」
「はい。封印が自然に解けたのなら治療費など国から支払われます」
「お二人は自然に解けたわけではないと思っているのですかな」
「自然に封印が解けたのなら、封印に使われた石碑が残っているはずなのですよ。ですがそれすらもなくっていると怪しんでしかるべきかと」
「封印が置かれた場所が見つかっていないだけという可能性は? 山も隅々まで探すとなれば大変ですし」
「場所は発見しました。ちゃんとそこにあったという痕跡があったのでまず間違いないでしょう」
「そうなるとたしかになくなっているのは怪しい。というか封印など持っていってなにになるのか」
「ああいった封印は高値で買い取る人がいるので、それを目的にした可能性があります」
探りを兼ねた実里の言葉に村長は心の底から迷惑だという感想を吐き出す。
蓮司たちから見て、その表情も声音も本音のように思えた。
村ぐるみの犯行といった方向ではなさそうだと実里は考える。
「もし誰かの仕業であった場合は、その人物に賠償金を請求し支払われることになりますね」
「素直に支払いますか」
「村の皆さんが請求するのではなく国から請求がいくので、国内にいるかぎりは賠償から逃げられませんよ」
時効も長いので、一ヶ月や一年逃げて帰ってきても捕まるだけだ。
村長に討伐終了の書類にサインを書いてもらって、二人は車で迎えに来てもらって拠点に帰る。
「二人ともおかえり、報告書を出したら今日は帰っていいぞ」
「わかりました」
大地に帰還報告をして、戸枝家の息子の方に進展はあったのか聞く。
「大学に連絡して息子とその周囲にいた人間を調査している途中だ」
この調査は大学関係者と警察が共同して行っている。なにか判明すればオカルト対策課にも情報が入ってくるようになっていた。
それを聞いて二人は報告書を作るために勉強部屋に移動する。
そこで敬太郎と今回のことを話しながら報告書を作り、提出してそれぞれの家に帰る。
翌日、蓮司と実里は大地に呼ばれる。
「先日の事についてなんだが、二人には大学に行ってほしい」
「大学になにかあるんですか?」
蓮司の質問に大地は頷く。
「そこのオカルト研究部の部員たちが暴れて捕まった」
「それだけだと私たちが向かう理由にはなりませんよね」
「そうだな。狂犬病に似た症状が出た。だが彼らが犬や猫に襲われたという話は出ていない。付け加えると、封印があった村の被害者も同じような症状が出た」
「あの幽霊に襲われたということですか」
実里の言葉を大地は肯定した。
「あの事件の続きと俺は見ている。だから部室の調査や彼らの家の調査を二人にやってもらおうと思ったんだ」
「了解です。あの事件と繋がりがあるなら、戸枝家の息子さんも一緒にいました?」
「彼は暴れていないが、一人暮らししているオカルト研究部のアパートに拘束された状態で見つかった。飲み食いできていなかったようで、衰弱状態で入院している。警察と一緒に事情聴取に向かってもらうこともなるだろう」
二人は車で大学まで送ってもらう。
総務課に顔を出した二人は、そこでオカルト研究部の調査に来たことを伝えて、部室のありかを教えてもらう。
今は警察によって出入りが禁じられているので、わかりやすいだろうということだった。
部室棟に移動すると、立ち入り禁止という派手な張り紙と三角コーンが置かれた部室が見つかった。
「あれでしょうね」
「ですね。あれだけ目立ってわかりやすいんだから間違いない」
預かった鍵で扉を開ける。
中には、棚と長机とパイプ椅子とパソコンがあった。
「あ」
長机に置かれていた本を見て、実里は寺にあった史料だろうと反応を見せた。
蓮司もそれに気付いた。
「息子さんが持ち出したんでしょうか」
「たぶんね。あれに関したノートとかあるかもしれない。探しましょ」
「はい」
ノートを見ていき、パソコンを立ち上げ調べていく。
最近はあの封印について調べていたようで、わかりやすい位置に封印に関したノートが置かれていた。
パソコンにもわかりやすくあの村の名前が書かれたフォルダがあった。
ここには封印に使われた石碑はない。さすがに目立つものを大学まで持ち込むことはなかったのだろう。
「ノートの方は封印やあの村に伝承に関した考察くらいですね。パソコンはどうですか」
「こっちも似たようなもの。でも天候を気にした記述があるわ。夜に雨か曇りの日をピックアップしている。隠れて移動しやすい日ということかしら」
ここでの調査を終えて、総務課に鍵を返して、オカルト研究部の家に向かう。
戸枝家の息子が捕まっていたアパートの管理人に会いに行って、鍵を受け取る。
アパートの部屋も部室と同じく出入りを禁じられていた。
鍵を開けて入り、そこにあるものを調べていく。夜の山を登るのに必要な物のメモ、夜の山を歩く際の注意事項を羅列したメモが発見された。
「確定ね」
「これだけ犯行に繋がるものが見つかってますしね。警察もこれを見逃すことはないでしょうし、逮捕に動いてそうです。あとは息子さんがどう関わっているのかを調べるくらいですかね」
頷いた実里にさらに聞く。
「犯人たちは入院してそうですけど、この場合も彼らに請求できるんですか? 支払い能力なさそう」
「されるわね。家族に出してもらうか、本人たちを臨床実験に使ってお金を稼ぐことになるんじゃないのかしら。あと犯人たちの治療費用は自腹だから、それの返済も追加されて借金地獄」
「自業自得としかいいようがないです」
鍵を返した二人は、戸枝家の息子が入院している病院に向かう。
犯人たちはオカルトによる怪我なので黒川病院に運ばれたが、戸枝家の息子はオカルトに関係のない衰弱なので入院施設のある一般の病院にいる。
病院の受付で手帳を見せた二人は、調査のため会いに来たと用件を告げる。
警察から話が通っていたようで、病室を教えてもらった二人はそこに向かうと戸枝家の奥さんが部屋から出てくるところだった。
「こんにちは。話を聞かせていただきたいのですが、今大丈夫でしょうか」
「はい、大丈夫です。ただ起きるはまだ辛そうなので寝たままになりますが」
問題ないと返して、奥さんと一緒に病室に入る。
「母さん、帰るんじゃ? それにそちらは?」
「村にオカルト対策課が来たと話したでしょ。そのときに訪ねてきた方々よ」
「封印されていたものを倒してくれたという」
起きようとした息子に実里がそのままと言うと、ありがたそうに体勢を戻す。
奥さんも話を聞いていくのか、扉の近くで静かにしている。
実里と蓮司は自己紹介して、息子も名乗り返す。明夫という名前だとわかった。
「なにから聞きましょうか……郷土史を専攻していて九竹寺で史料を読んだことは間違いありませんね」
「はい。あの史料で妖が暴れたことと封印されたことを知ることができました」
隠すつもりはないようで、封印のことを口に出す。
「寺から史料を一つ持ち出しましたね。それに封印の場所が書かれていたのでしょうか」
「はい、その通りです」
「住職は史料について触れなかったのですが、もしかして借りると伝えていない?」
「はい。持ち出すことは禁止とあらかじめ言われていたので、好奇心に負けて持ち出してしまいました」
ショックを受けた母親が口に手を当てた。盗んだということだから無理もない。
「その史料や村の封印についてオカルト研究部に持ち込んだ」
「はい、協力を仰ぎたくて」
「彼らの行動を教えてください」
「史料を読み解いて、本物を見に行きたいと村に向かうことに。ただ見に行くだけなら昼でもいいのに、夜を選んだのは封印の持ち出しを企んでいたと思います」
「止めなかったの?」
「俺には見に行くだけと伝えられていました」
「持ち出そうとしようとしたときには止めたのではないのかしら」
「俺は一緒に行かなかったので。持ち出されたと知ったのは被害が出てからでした」
それまで実里を見て答えていた明夫は視線をそらした。
「最初は偶然だと思っていました。俺は封印が解けたことに関わってなくて、怪我人が出たのは俺のせいじゃないと見て見ぬふりをしてました。県警のオカルト部が調査に来ても知らないふりをしたけど、あなたたちも調査に来て、しらばっくれるのは無理だと思ってオカルト研究部に話を聞きにいきました」
彼らは浮かれた様子で明夫を出迎えて、封印に関して聞いたことを答えていった。
封印の石碑を持ち出したという部分で、我慢ができなかった明夫はなんてことをしたのだと彼らを責めた。
そのせいで村に被害が出たことを本物のオカルト事件だと興奮したように聞いていた。
反省の色がない彼らを見て、警察に届け出ると明夫が言うと、さすがにそれはまずいと思ったようで明夫を殴り捕まえて縛り上げた。
「だいたいこんな感じでした」
オカルト研究部員たちの浮かれた対応や攻撃性は、その時点で狂犬病の症状が出ていたのだろう。
「石碑はどこにあるのかと言っていたかしら」
「手元に欠片を残して、すでに売ったあとでした」
「そう」
溜息を吐いた実里に、母親が恐る恐る声をかける。
「息子はどうなるのでしょうか」
「事件を起こすきっかけとなった人ですから無罪とはいきません。盗みも行っていますからね。実行犯のオカルト研究部員よりは罪は軽くなるでしょう。被害者たちはきっかけを作った彼こそ一番悪いと言うかもしれませんが」
狂犬病は発症してしまうと治療法がない。今回の症状は狂犬病そのものではないが、よく似たものではある。死に至る病にかかったかもしれないという被害者たちの精神的負担はかなりのものだろう。その思いのはけぐちとなる可能性は十分にある。当然オカルト研究部員も同じことになるだろうが、明夫は同じ地域に住んでいるため、責められやすい立ち位置にいる。
大学としても問題を起こした彼らを放置はしないはずで、退学が通知されるだろう。
「で、でも息子は止めようとして」
「そうですね。ですがそれだけで無罪を勝ち取ることは無理です」
すっぱりと実里に言いきられ母親は肩を落とした。
「警察から連絡が行くと思うので、ご家族はそのつもりでいてください」
「……はい」
明夫の方は当然のことだろうと受け入れているようで気落ちした様子なく、母親に謝っている。
明夫が一人だけで研究していれば、それだけですんだのだ。余計なことをしたと自覚があるため償うのは当然だと思っている。
「これで調査は終わりです。今後大変でしょうからせめて今だけは落ち着いてすごして体を癒してください」
明夫が頷き、実里と蓮司は母親に一礼して病室から出る。
拠点に戻り、聞いたことを報告書にまとめて大地に提出して、二人の仕事は本当に終わる。
時間が経過して、今回の件について二人は大地から聞くことになる。
犬の幽霊に噛まれて狂犬病に似た症状を発症した者たちやまだ発症していない者たちは、死ぬことなく完治に向かっているということだった。
ただしオカルトを使った治療のため治療費は高くなった。
その治療費をオカルト研究部員たちと明夫が負担することになった。その彼らは大学から退学を通知されていた。
明夫の負担は軽いものの、原因ということが村人たちに知られて、一家そろって引っ越すことにした。そのときに畑と家を売って治療費にあてた。そのお金で支払いは終わった。
主犯のオカルト研究部員たちは家族たちの協力も得られず、個人で治療費を出すことになった。石碑を売ったお金は余っていたが、まったく足りなかった。簡単には出せない金額なので、実里が予想したように危険度の高い臨床試験を受けることになって寿命を削りながらお金を稼いでいる。
オカルト研究部員のその後は当然のものと二人は思う。明夫の方はなにをしているのかわかっているか聞くと、治療費を肩代わりしてくれた両親にお金を返すためバイトをしながら、社員雇用してくれるところを探しているということだった。
村人は明夫をもう責めていない。最初は責めたが、治療費を含めた迷惑料を支払ってもらい、引っ越したことで関わりは断たれたと考えた。もし治療不可能だった場合は、長く恨みを持ち続けることになっただろう。
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