第68話 石碑はいずこ 2
表札を見ていき戸枝の名前を見つけて、インターホンを鳴らす。
出てきたのは五十歳くらいの女だ。
「はい、なにか用事ですか?」
実里が身分を明かして、息子さんにお話を伺いたいのですと伝える。
「大学に行っていて、まだ帰ってこないのですが」
「そうですか。ちなみに奥さんは息子さんがお寺にある史料を読んだことは知っていますか?」
「ええ、そんなことを言っていたのは聞いています。その史料がなにが問題でもあるのでしょうか。読んだら呪われるようなまずいものだったとか」
「そういった問題はないです。今この村で起きている騒動にまつわる話が載っているかもしれないのです。その史料を読んだという息子さんにその件について話を聞きたかった」
「そういうことですか。今日はバイトもないし、夕方前には帰ってくると思います。そのときにもう一度来ていただけたら会えると思いますよ」
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」
情報収集はひとまずここまでとして、昼休憩を挟んだあと妖探しを行うことにする。
昼食後に村長からもらった資料をざっと見ていき、特定のルートでの行動はしていなさそうだと話し合う。
今日のところは山の奥までは行かずに、霊探器で反応を探るために留める。
問題の妖かほかの妖怪かはわからないが、反応はあった。おおよそどの方向に反応があったのか、しっかりと記録を残す。
そうして夕方になる少し前に村へと戻る。
二人は先に村長のところに向かった。
「今日はそろそろ帰ります。明日、夜になっても山を歩くことができる装備を持ってまた来ます」
「できれば村に留まってほしいのですが」
「妖が出るのは夜。夜の山に逃げられると追いかけることができないので、しっかりと準備したいのですよ」
村長は山近くに住んでいるので、素人が夜の山を歩く危険性はよく理解できている。そのため村長も納得する。
「わかりました。なにかあれに対して注意すべきことがあれば教えていただきたい」
「夜に出歩かないこと。玄関や居間の明かりをつけておくこと。この二つですね。封印から目覚めたばかりならば、電灯の光は妖にとってよくわからないものと考えて警戒します」
「皆に伝えておきます」
「あとは村の周辺で霊能力を使っておくので、それを妖が察すると警戒して近寄ってこないこないかもしれません」
「よろしくお願いします」
村長の家から離れた二人は手分けして村周りで霊能力を使う。
三十分ほどで合流して戸枝家に向かう。
インターホンを鳴らし母親が顔を出す。その表情はすまなさそうなものだった。
「どうしました?」
「あの子、大学に忘れ物したと言ってまた出たんですよ。お二人が来ると言ったんですが、大事なものだからと」
「実里さん、どうします? 今日のところは会わずに帰りますか」
実里は悩んだ様子を見せながら、息子の部屋を見せてもらってもいいかと母親に聞く。
「荒らすことはしないのでお願いしたいのですが」
「大丈夫です。中へどうぞ」
母親としては村の異常を早く解決してもらいたいので、反対する理由はなかった。
そんな母親を見て実里は、息子が犯人だとしても家族は無関係の可能性がありそうだと考える。
「ここが息子の部屋です」
「ありがとうございます」
ふすまを開けて中に入ると、パソコンや本が目に入ってくる。
本は趣味の小説や歴史関連のものが多かった。
「ノートや引き出しの中身を確認しても大丈夫でしょうか」
母親の頷きを確認して、実里と蓮司は妖に関したものを探していく。
蓮司は本棚の本とノートを見ていき、実里は引き出しの中のノートを見ていった。
「これだ」
蓮司は九竹寺について書かれたノートを実里に渡す。
実里もぱらぱらっと中身を見て、ほかにもあるかもしれないからまだ探すように指示を出す。
約三十分探して、収穫はノートと本に挟まれたメモ三枚だった。
「このノートとメモとメモをはさんでいた本をお預かりしていいですか」
「はい、役に立つのならどうぞ」
母親の許可のもと、それらを預かる。
待機していた車に乗って二人は拠点に戻り、大地に今日の報告を行う。
「戸枝家の息子が関わりありそうだな。忘れ物ではなく、会いたくないから逃げたように思える」
「私もそう思います」
「妖自体は見つかりそうか?」
「霊探器で反応は追えているので大丈夫ではないかと。人手が足りないと思ったら、頼むことになります」
「わかった」
その後は三人で持ち帰ったノートなどを調べて、解散になる。
ノートには封印のことが書かれていて、戸枝家の息子が封印について知っていたことが確認できた。封印の場所も見当をつけたようで、ここらではないかと書き込まれていた。
村の歴史調査には大学の知人も関わったという文章も見つけた。
その知人たちの犯行という線も出てきて、大学に調査を入れられるように大地は本部に連絡を入れて準備を整えておく。
翌日の集合は夜に活動することも考えて、昼過ぎになった。それまで多めに寝ておけということだった。
昼食後に拠点に来た二人は、夜の山を歩くことができるようにライトなどを準備して、村まで送ってもらう。今日は村に滞在予定なので、二人を送り届けた車は拠点に帰っていった。
村長に到着報告を行い、昨夜異常はあったか尋ねる。
「ちゃんと皆に伝えたおかげか被害者はいませんでした。それと村の外縁を移動する獣の足音が聞こえたという報告もあります」
「電灯に慣れ始めたのかもしれませんね。今日は滞在するので、そのときに退治できるといいんですが」
「滞在するのなら食事はどうされますか? うちで用意しましょうか」
「コンビニによって買ってきたので大丈夫ですよ」
明るいうちは山にいて、夕方くらいに戻ってきて村で妖を待つと伝えて、村長の家を出る。
その足で二人は戸枝家に向かった。息子が帰ってきていれば話を聞こうと思ったのだが、帰ってきていないそうだ。
連絡なく友人のところに泊るのは、たまにあるので今回もそうじゃないかと母親は言っていた。
話の流れで息子の大学名を聞き出し、戸枝家から離れた二人は大地に連絡して伝えておいた。
山に入った二人は、ノートに書かれていた封印がある場所に向かう。封印の場所は、麓から少しだけ奥に行ったところだ。
霊探器も出して、奇襲にも備える。
「だいたいここらへんかしら」
「それっぽいものがあるといいんですけど」
二人してあちこちを見ながら歩き回る。
そして異臭を嗅ぎ取る。なんだろうかと発生源に行ってみると猪が死んでいた。体のあちこちに噛み傷や食いちぎられた跡もある。
これが妖の仕業なのか、野犬などによるものか二人には判断つかなかった。
一時間ほどでなにかが置かれていた凹みを発見した。
「これかな。なにか重いものを置いていた感じだし」
「霊的な痕跡もありますしね」
霊視ゴーグルを通してへこんだところを見てみると、わずかにだが霊力が濃いのがわかる。
ずっと封印がここにあったことで、土にも霊力が少しだけ染み込んだようだった。
「封印目当ての犯行ということですかね。偶然壊れたのなら残骸が残ってそうですし」
「そうね。壊しただけなら持っていかないでしょう」
石碑はそのまま持っていかれたらしい。砕いたのなら少しは破片が残っていそうだが、それらしきものはない。
なくなったことを確認できて、二人は大地にそのことも伝えたあと、妖を探して山を歩く。
妖は逃げ回っているのか、たんに移動しているだけなのか遭遇することはなかった。
日暮れに二人は自治会が管理する一軒家の屋根に上がって、そこから周辺を警戒する。
夕食のパンとスープを飲み食いしながら、妖力を探る。
完全に日が暮れて、暗くなった村の中を会社帰りの車がたまに走る。
二人は暇だと話しながら妖の出現を待ち、そろそろ午前一時になる頃合いで霊探器が反応を見せた。
「来たみたいね。行きましょ」
「荷物はどうします?」
「必要なものだけ持っていく」
食べ物などを入れたリュックは屋根に置いたままで、アタッシュケースとライトを持って霊探器が反応を示す方角へと走る。
向かった先には大型の犬の幽霊がいた。
二人を見ると、逃げるどころか口からよだれを垂らしながら向かってくる。
「私が前、あなたはあれが逃げそうになったら追撃を」
「了解です」
実里は如意棒もどきを抜いて犬へと突き出す。
実里の戦いが始まり、下がった蓮司は小鳥型の火を生み出す札を使う。生み出した火を犬の逃走を断つ位置に移動させる。
戦いは実里優勢だ。リーチを生かして、噛みつこうとする犬へ一方的にダメージを与えている。しかし食欲が痛みに勝っているようで犬は怯えなど全く見せずに実里へと牙を向ける。実里に当たらない噛みつきは、地面を大きく抉って戦いの跡を残す。犬の攻撃は当たれば痛いだけではすまないと実里も蓮司もわかる。
犬にとって霊能力者はごちそうに見えている。感じ取れる霊力が極上の肉を思わせる。一般人と山の獣でどうにか空腹を紛らわせていたところにそんなものと遭遇してしまえば、理性が吹っ飛んでしまう。アカメの見回りを察した犬は、目を付けられないように警戒心が増していた。だがその理性を実里たちの霊力から放たれる豊潤な香りは削る。
理性を削られ剥き出しになった野生の前では、多少のダメージは退く理由にならなかった。何度叩かれても必ず実里たちに食らいつくと牙を剥く。子供や酔っ払いに噛みついたときと違って、なんとしても食べて糧にする気なのだろう。
その壮絶な食欲への気迫は、対峙する実里の背筋を冷たくさせる。
「いいかげん倒れてほしいんだけどねっ」
実里は棒を伸ばして犬の足を払い、転がしたところに蹴りを叩き込むため近づく。
「火で追撃よろしく!」
蹴りながら実里が指示を出す。
蓮司はすぐに待機させている火の小鳥を犬へとぶつける。
燃えて悶えている犬に実里は上段からの大振りの一撃を叩き込む。
さすがにきついダメージだったようでギャウンと悲鳴が上がる。
それでも消えることなく、なんとか逃げようと動く。けれどもダメージのせいか動きはそこまで速くない。
「本当にしぶといわね。蓮司、あの犬の進路を防ぐように攻撃」
返事をした蓮司は火の玉を飛ばす札を取り出し、犬へと狙いをつける。
実里も槍投げのように棒を構える。
「いきます」
蓮司の札から火の玉が弧を描くように飛んで、犬の前方で破裂する。
止まることはなかったが速度を落とした犬へと、渾身の力を込めた実里が綺麗なフォームで棒を投げた。
かなりの勢いをもって真っすぐに棒は進む。たっぷりと霊力が込められた棒は狙いを外すことなく犬に突き刺さった。
地面を転がった犬は、大ダメージとなったようで姿を消していく。
「弱体化していてよかったわ。全盛期であの執念だとそりゃ手に負えなくて封印もするわ」
「わりと楽に終わったと思ったけど、弱体化してましたか」
「さすがにあの強さなら三級でどうにかなるしね」
三級の霊能力者ならば昔も当たり前にいたわけで、この土地の有力者が確保していないわけがない。
それで封印を選んだのだから、昔はもっと強かったのだと推測できた。
「幽霊退治は終わったけど、もうひと仕事あるかしらね。封印を解いたのが誰か探すっていう仕事」
「怪しい人はいますけど、確定はしてませんからね」
話しながら二人は荷物を置いてある建物に戻る。
建物の鍵は開いているので、そのままそこで眠って朝になってから村長のところに向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます