今昔ortギバナSh

高見つかさ

第一回 昔 シンデレラ"Welcome to Cinders era."

 絶対に見つけなければならない。

 これはわたしの沽券に、いや、我が国の威信に関わる問題だ。ただの失態では済まされない。


 なぜ。なぜあんな小娘一人を捕り逃してしまったのか。


 三国でもなかなか目にしないような絢爛なドレスに身を包み、ガラスに見えさえする硬質のヒールを履いて、そのドレスの縫製が如く巧みに衛兵の間を縫い、夜闇へと溶けるようにはしり去る。


 一体どれだけの情報が漏れていたのだろう。城の経路、警備、形状においても筒抜けだったと考えるほかあるまい。そのうえでどんな機密を盗まれたのか、それすらも想像がつかない。さらにあの女は、王子の心まで持ち去ってしまったようだ。


 逃亡を図った馬車などの形跡もなく、御者をはじめ、誰に聞いても見た顔がいなかったという。果たして、後に残していったこのガラス、本当にガラスだったこの靴だけが頼りとは。


 王子が熱をあげて探せと騒いでいるのが幸いだ。アイツが女の素性を気にして探させているはずはないが、乗らない手はない。あの小娘だけは、絶対に見つけなければならない。




"Welcome to Cinders era."




 大胆不敵とはこの事かも知れん。そんなわけはないのだ。この堅さの靴にあつらえたが如く脚が合うのだとしたら、脱げ落ちるほうがおかしいはずだ。


 となるとあの女、靴が脱げたのではなく、敢えて落としていったと考えるほうが納まりがつく。深入りし過ぎたがために逃亡を謀ったのではなく、故意に印象を強めたというのか。


 しかし、いったいなぜこんな小国の情報が必要なのだ。跡継ぎのボンクラさは国中に痴れ渡っている。特産もなければ戦術的要地でもあるまいに。


 行動に目を光らせるのも難しくなるだろう。王子は自分と自分の女に対する目しか気にしない。メイド長に逐一報告させるしかないな。しかしあの女も裏の知れぬところがある。もう二手、三手先までは準備をしておかなければ。




 胸が弾む。それが野菜を刻むように早い呼吸のせいなのか、飛ぶようにお城を走り抜けた気持ちの高まりなのかはよくわからなかったけど、はじめて、夢の中で全力疾走ができた、シンデレラはそう思った。


 夜のカーテンを閉めるために空を焼く、その夕陽の色が暖炉の火といれかわる時間。重い薪の束を運んだ手が、朝焼けのように赤と黄色と白になってて、それを見ていたら、フェアリー・ゴッドマザーという女の人が現れた。


 驚いたというより、名前が大それ過ぎてて、なんていうんだろう、神様とか? に失礼なんじゃないかなって思った。だけど自分で言ってるんだから、そうなんだろう。何度か名前を繰り返して口にしてみた。だから最初の方は何の話をしていたのか、あんまり聴こえてなかった。


 その人(人なのかな?)があまりにも変ビビディ・バビディな呪文を唱えるからシンデレラはとても怖かった。ぎゅっと目をつむる。カエルに変えられるんだと思った。


 でも、魔女じゃないのか。妖精フェアリー? って言ってるしな。って、考えると、もっとしっかり見ておけばよかったって、馬車の中でちょっと叫んだ。


 そう! かぼちゃが馬車になったときは、かぼちゃの"わた"が気になって仕方がなかった! ソファーのクッションになったのかしら。馬車の中身にはその名残がなかったから、とっても不思議だった。かたい靴のかかとで何度も床をコツコツとやった。


 それにしても馬のメジャーが御者さんになったのには本当にびっくりで。そのかわり? ねずみたちが馬になって馬車をひいているんだもの。"そのかわり"ってなんだろうって、自分で言ってみて吹き出しちゃった。馬は馬でよかったんじゃない? って。


 お城の中は完全な夢だったな。夢じゃなかったらちょっと嫌だなと思えるくらい。豪華で、キラキラしてて、いい感じに趣味も悪かった。うちもそうだけど、なんでお金持ちっていい感じに趣味が悪いんだろう。


 靴がかたくて足がしんどかったけど、美味しいものをたくさん食べて(つまみ食いだけど)、お酒も(すこしよ?)飲んで、誰よりも綺麗なドレスを着て。鍛冶屋のミザリーや葡萄畑のマリアも一緒に来れたら良かったのにな。そうそう、ダンスも踊った。ずっと笑ってる変な人だった。でもとってもいい人そうなのはわかる。悪い人じゃ、ないんだろうなって。すごい、目を見てきて、とてもはずかしかった。とても。


 そして、鐘が鳴った。


 夜遅かったから(それともお酒のせい?)頭の中がからっぽになって、ただただ走ったって感じ。通り過ぎていく兵隊さんやメイドさん(あんな躾の整った人たちはじめて!)の顔が面白くって、シンデレラ、変な顔で走ってただろうな。


 ほんとうに飛ぶように走れて、とても幸せだった。これも変な魔法のおかげなのかな。それともシンデレラ足が速いのかも知れない。今度のお買い物は、走っていってみようかしら。帰りが遅くなって、怒られるのも嫌だし。


 中心街より外の道は舗装も悪くって、走ったらお怪我しちゃうかしら。でも貧民街の小麦屋さんの方が質もいいしお値段も安いもんな。


 ただ、脱げた靴のことだけが心残り。最初は魔法が切れたんだと思った。でも片足にはちゃんとあるしドレスもそのまま。それで階段を降りたから、膝が抜けるかと思った。かぼちゃの馬車が元に戻って、中で潰れちゃわないかも心配で、はやくメジャーが馬に戻ってくれないかって外ばかりみてた。


 無我夢中でお家に帰ってきて、いま。最高にすてきな夢だった。ドレスや馬車はなくなったのに、靴の片方はそのまま。夢からさめたのか、まだ夢の中なのか。それともその間? 間なんてあるのかしら。目がさえて眠れない。あれ? 夢の中で眠る必要なんて…ゆ




 シンデレラれない!シンデレラがお妃さまだなんて!目がさめても夢がつづいてるなんて思いもしなかった。このまま夢の世界から出られなかったらどうしよう。それはそれできもちがわるい。


 お城で踊った人は王子様だった。落とした靴をもってシンデレラを探しに来てたけど、顔を見ても思い出せないなんて失礼しちゃう。願いはなんでも叶えてあげるよと大それたことを言い出すから、王様でもないのに? と思った。この人が次の王様なのかしら。


 だからひとつだけお願いを聴いてくれるなら、って約束をした。毎日、真夜中に鳴る鐘を、もう鳴らさないでほしいって。農民は暗くなったら寝るし、朝、陽が出たら起きて仕事をはじめる。日が変わる瞬間なんて、誰も気にしてないから。ほんとうに迷惑だって。


 これでシンデレラも、目覚めることなく、夢を見つづけられるかしら。だったらもうちょっとお願いして、貴族の贅沢や貢租こうそのお話もしちゃおうかしら。あ、あと、衛兵隊長? が、なんだかいっつも変なことを口に出してしゃべってるから、それもやめさせてもらいたいな。何が目的なのだ! って、遠くで言われてもなあ。






 終






 オトギバナシ ノ ショートショート

"今昔ortギバナsh"は 昔 と 今 それぞれつづっております。


シンデレラの 今「fille rundes bassirées」もご覧頂ければ幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16818622170182505330/episodes/16818622170421207137



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