第22話 さよなら王子様

  珍しい申し出に、隼人は迷わず頷く。優は「ありがとう」とほほ笑み、努めて明るい声で語り出した。


「僕、目立つ容姿をしているでしょ。だから中学生の頃はちょっと大変だったんだ。男子からは嫌がらせをされるし、女子からは過剰に庇われるしで、どこにも居場所がなくてさ」


 話すにつれて優の視線は下がっていった。前髪で目が隠れている姿は、隼人が優に初めて会った時とよく似ている。人に怯え、閉じた世界で生きる者が放つ、息が詰まるような雰囲気。


「だから、高校は他県に進学した」

「中学からの同級生がいないからか?」

「そうだね」


 優はあっさりと肯定する。湿っぽい雰囲気が一切ないのが、逆に痛々しかった。


「外見や雰囲気を変えたら、もうこんな思いをしなくてすむと思ったんだ。事実、誰も見向きもしなくなった。そして僕も、誰の目もまともに見れなくなった」

「……白川」


 誰かを見ることも、誰かに見られることもない。それはどれだけの孤独だろうか。想像するだけで目頭が熱くなる。


「そんな僕を見かねて、担任の先生が生徒指導に相談するよう言ってくれたんだ。生徒指導の先生は僕の悩みを聞いて、この教室を『逃げ場』として提供してくれた」

「じゃあ、放課後はずっとここに?」

「うん。ず──っと、ここにいた」


 感じた長さの分だけ、優は単語を伸ばした。何といえばいいか分からず、隼人は口を無意味に開け閉めする。


「でも、ある日、隼人くんが来てくれた」


 優の声色が変わった。深刻だった語り口は軽やかになり、下がっていた視線はぴったりと合う。


 雰囲気が変わったのを隼人は感じ取った。優は頬杖をしながら、おかしくてたまらないといった風に目配せをしてくる。


「いきなり入って来たと思ったら、『頼む! 何でもするから匿ってくれ! 土下座、いや、五体投地するから!!』なんて大声で叫んでさ」

「オレ、そんなこと言ってたの!?」

「うん。何ならほんとにしようとした」

「ヤバいな。そりゃ頷くわ」

「しかも、正面に座って来たからね。行く手も塞がれて、どうしようかって思ったよ。でも、」


 優は笑いながら、「星の王子さま」をさする。


「隼人くんは僕に興味を抱いてくれた。本を通じて、ただの白川優を見てくれたんだ。あの瞬間から、僕の一番は隼人くんだよ」


 頬をそっと撫でられ、隼人の心臓が騒ぎ立てる。一連の言葉は、「好きだ」と直接的な言葉をかけられた時よりも、ずっと熱烈に響いた。


「まあ、本の話の続きはできなかったけど。ほんの口約束だし、話したのはせいぜい5分ぐらいだから、仕方ないけどね」


 隼人はまた「ごめん」と口にしかけ、優に制された。「責めてるんじゃないよ」と言う声は、ただ優しい。


「むしろ感謝してるんだ。隼人くんが、自分を変えるきっかけをくれたから。前髪も切れて、あいさつもできるようになった。人の目をまっすぐ見れるようになったんだ」


 王子様は完全に誤算だったけど。優はおどけたように舌を出す。


「おかげで、隼人くんと話すきっかけが作れた」

「それじゃ、恋愛相談は……」

「隼人くんと一緒に過ごす口実。隼人くんの恋を応援しつつ、僕を意識してもらおうと思って。分が悪い賭けだったけど」


 清水さんだけじゃなくて、僕とも仲良くしてほしい。このトンデモ発言が言葉通りの意味だったのに、隼人は驚く。どうりで強引な訳だ。ゴリ押しからの言質を取りにいく手腕は、正にプロ級だった。


 ただ、1つ訂正したい箇所がある。


「──賭けじゃないぞ」

「え?」

「オレは清水さんを通して、あの頃の白川を見てた。だから、賭けは成立してない」


 優は数秒ほどポカンとしていた。でも、隼人の言わんとするところを分かり、ニマニマし始める。


「恥ずかしがり屋の隼人くんがそこまで言ってくれるなんて。明日は雨かな」

「うるさい。オレは好意をストレートに表現する派なんだ」

「実は僕もなんだ。相性がいいね、僕たち」

「……そうかもな」


 否定しなかったら、優のしまらない顔が悪化した。言葉の1つ1つを噛みしめるように、ゆっくりと瞬きをする。


「そんな言葉を聞けただけで、『王子様』をやったかいがあったよ」


 だからもう謝らないで。そんな意味合いを感じ、隼人は「そうか」と言うに留める。それでも、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせていたのだろう。


「それなら、ごほうびをもらおうかな」

「ごほうび?」


 優がポンと手を打つ。不吉な予感に隼人は警戒した。優が上機嫌なのも怖い。


「うん。頑張って王子様をしたごほうび。隼人くんからほしいなって」


 やけに綺麗な目でねだられ、隼人は怯む。が、優が頑張ったのは事実だった。特に今日は、大勢の前で見事主役を務めてみせたのだ。何かしら報いはあって然るべきだろう。


「分かった。オレにできることなら応える。できることならな」

「ありがとう。じゃあ早速」


 言い終えるやいなや、優は隼人の頬に、耳の下にと口づける。隼人は椅子からひっくり返りそうになった。慌てて優を押しのけて距離をとる。


「ちょ、ちょ、ちょっと待った! 何この空気!?」

「有言実行しようかと思って」

「もっとすごいの今すんの!? もっと他に言うべきことがあるだろ!?」

「ダメかな?」

「ダメじゃないけど、物事には順序ってやつが」

「ダメかな?」

「前もしたぞこのやり取り! 完ッ全に味を占めてる!!」

「じゃあ、おふざけはこのくらいにして」


 優は隼人で遊ぶのをやめた。立ち上がると、隼人の席の横で跪く。想い人だけに捧げる、極上の笑み。完璧な角度で手が差し伸べられる。


「黒田隼人くん。僕と付き合ってくれますか?」


 セリフはともかく、今の白川は全然王子様じゃなかった。ズボンは床のせいで汚れているし、爽やかな笑顔の裏では「もっとすごいの」について考えているし。


 でも、隼人は今の白川の方が好きだった。全身全霊で好意を示してくれる優は、やっぱりカッコいいから。


 だから。だから、絆されても仕方ない。


「……おう。お手柔らかに頼む」

「どうかな」

「おい」


 白けた目つきをしつつも、差し伸べられた手をとる。優は嬉しいのを隠し切れない笑みを浮かべ、顔を近づけてくる。隼人は目をつぶり、顔を傾けた。


 窓から差し込んだ眩い光が、1つになった影を映し出す。そこには王子様はおらず、ただ愛し合う恋人たちがいるのみだった。

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学校の王子様に恋愛指南をお願いしたら、なぜか王子との距離が縮まったんだが!? ロッタ @popcornha_shio

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