第19話 王子様と浮上した記憶
抱きしめ合う2人に、野太い叫び声が奇声に変わった。その一方で、舞台裏から委員長が「巻いて」と口パクで伝えてくる。
完全に2人の世界に入っていたのを、隼人たちは恥じた。ぎこちなく離れると、調子を取り戻した優がセリフを続ける。
「でも、僕はあのバラに責任があるんだ。だから、行かなくちゃ。……さよなら」
王子さまが後ずさり、僕から距離をとる。王子様の覚悟を前にして、今度は僕も追いすがろうとはしない。
2人の距離が十分に離れたところで、金属がこすれるような音が聞こえてきた。音は徐々に大きくなったかと思うと、黄色い閃光へと姿を変える。光が王子様を呑み込んだ。ヘビの「シャーッ」と鳴く声が、静かな空間に響き渡る。
王子様は音もたてずに床に倒れこんだ。呆然と見つめることしかできない僕を置いて、舞台は暗転する。
明転した時、照明の下に立っているのは僕だけだった。僕は俯いていた顔を上げると、喘ぐように言葉を紡ぐ。
「こうして、王子は自分の星へ帰ってしまいました。僕もまた、直した飛行機で国へ帰りました」
僕は胸元を強く掴んだ。
「王子と別れて、もう6年になります。……もし、皆さんがアフリカの砂漠に行くことがあったら、王子さまを探してください。そして、見つけたら、必ず僕に教えてください。王子さまが帰ってきたよ、と」
隼人が最後のセリフを言い終えるのと同時に、観客から盛大な拍手が上がった。裏方を含む全員が舞台に集合し、主役である優を中心に前後2列に並ぶ。
優が右隣の隼人と左隣の静香の手をつなぐ。優に倣って、クラスメイトも両隣の人の手をとった。
「ありがとうございました!!」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
全員の手がつながれたのを確認すると、優は大声で挨拶し、深く頭を下げる。続いて隼人たちも頭を下げた。拍手の音がいっそう大きくなる中で、幕がゆっくりと下りる。
「皆さん、お疲れ様でしたー!!」
拍手が止んだタイミングで、委員長が全員に声をかけた。それを境に、クラスメイトから歓声が起こる。友人とハイタッチしたり、泣きながら抱き合ったりと、喜び方も様々だ。
「さて、次のクラスの出し物もあるから、この辺で撤収しましょう! 大がかりな物の片づけは、文化祭が終わってからでいいらしいです。最低限の荷物だけ持って、クラスに戻ってください」
委員長の指示を受けて、全員が動き出す。
急いで荷物をまとめようとした隼人は、台本がないのに気が付いた。念のため持ってきて、舞台のどこかに置いたのは覚えているのだが。隼人は視線を巡らせる。
「お疲れ様、隼人くん。探し物はこれだよね?」
「白川」
肩を優しく叩かれ、隼人は横を向く。優の手には探していた台本があった。表紙を見せるようにして差し出される。
隼人は「サンキュー」と受け取ろうとし、固まった。思考がストップする一方で、手は機械的に台本を受け取る。
優は珍しく興奮していて、隼人の異変には気づいていない。息を荒くしながらも、必死に言葉を連ねる。
「隼人くん、今日はありがとう。舞台の前も、舞台の時も、ずっとフォローしてくれて。すごく緊張していたけど、隼人くんのおかげでやり遂げられたんだ。隼人くんが、『絶対に離れない』って言ってくれたから。本当に、心強かった。ありがとう、隼人くん」
緊張から解放された優は、いつもより幼く見えた。その口元からこわばりは消え、緩やかな笑みを浮かべている。汗で張り付いた前髪から覗くのは、かつて見たこげ茶色の双眸。
水底から浮かび上がった記憶が形をなし、鮮やかな色に染まる。隼人は言葉を失った。そうだ。そうだった。その笑顔を見て、当時の隼人は思ったのだ。何となく、いいなあって。
「白川、お前ひょっとして……!」
衝撃のあまり、隼人は言葉を続けられなかった。もどかしそうな様子に、優は目を瞬かせる。しかし、次の瞬間には、隼人の真意を理解してフッと笑った。遅かったね。そう言いたげに。
優はなおも言い連ねようとする隼人の唇を、そっと人差し指で制する。
「続きはまた後で。ね?」
優しく微笑み、優は指を離す。隼人が引き留める間もなく、彼は女子の輪の中に入っていった。
ぽかんとしていた隼人の肩に、一回り大きな手が添えられる。驚いて隣を見ると、数学の鈴木先生がいた。「よっ!」と片手を上げ、笑いかけてくる。
「先生、どうしてここに?」
「次はうちのクラスの出し物だからな。準備しに来たんだ。そんなことより! 白川お前、演技できたんだな! 先生、ちょっと涙ぐんじまったよ!」
「いって! 先生! 褒めてくれるのは嬉しいけど、背中叩くのはかんべん!!」
「おう、すまんすまん!」
一切悪びれずに、鈴木は白い歯を見せる。
「つい嬉しくなってな。オレの補習から逃げるようだった白川が、こんなに成長してくれて……!」
その発言を受けて、隼人は劇が終わってから聞きたかったことを思い出した。ツッコミを入れるかわりに、顔をずいと近づける。
「先生! あの時のことなんですけど。オレが先生に捕まる前に話していた相手って、誰か分かります!?」
「え? えーと、誰だったかな……」
鬼気迫る勢いに押され、鈴木はたじたじになる。彼は腕を組んでしばらく考えていたが、不意に「ああ!」と大きく頷いた。
「今と全然雰囲気が違うから、すぐ思い出せなかった! そう言えば、あれは──」
その名前を聞いた瞬間、隼人の中でこれまでの全てがつながった。
「先生ありがと! 話の続きはまた今度!!」
「お? おう! 次の数学のテストも頑張れよ!!」
鈴木に軽く頭を下げると、隼人は優を探す。舞台には隼人を含め、もう数名しか残っていない。となると、教室にいると考えるのが普通だ。でも、優は「また後で」と言っていた。それならば。
「もしかして、白川のこと探してんのか?」
「学! 清水さんまで!」
着替え終わった2人が、隼人の両隣に並び立つ。静香が声を潜めた。
「白川くんから伝言。『あの場所で待ってる』って」
「こっちのことは何とかするから、行って来いよ。行って、バッチリ想いを伝えてこい」
「2人共……!」
静香は舞台の外を指差した。学は隼人の手から台本を奪い、胸に軽く拳をぶつけてくる。
2人の献身に隼人は胸がいっぱいになった。最高の友人たちに何も返せない自分が情けない。それでも、一つだけは伝えられた。
「2人共ありがとう! 愛してるぜ!!」
隼人は2人を思いっきり抱きしめると、その場を駆け出す。これ以上、待たせるわけにはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます