第14話 王子様への気持ち

 放課後の図書室。勉強や読書に励む学生の中に交じって、隼人たち4人は机を囲んでいた。入り口側に隼人・学、向かい側に静香・優の席順である。


「結局、いつものメンバーになったな」

「そうだね」


 学の呟きに優が苦笑いを浮かべつつ同意する。


「でも、本当にバラ役が私でいいのかな。ヒロインなんて柄じゃないし……」

「いやいや、むしろ清水さんしかいないって」

「そうだよ! 清水さんのおかげで無駄な血が流れなくてすんだんだ!!」


 不安そうな静香に、すかさず隼人と学がフォローを入れた。事実、静香が務めるのが一番平和なのだ。


 くじの結果、バラ役に決まったのは静香だった。クラスの女子は初め、静香に役を変わってもらおうと一斉に群がった。


 輪の中心で途方に暮れていた静香を救ったのが委員長だ。彼女はクラスの女子に、「本の虫である静香に演じてもらった方が、抜け駆けが出なくていい」と囁いたのである。


 効果はてきめんで、クラスの女子は一転して静香のバラ役を応援するようになった。こうして、2-1の平和は保たれたのである。


「正直なところ、僕も清水さんが相手でほっとしているんだ。脚本の原案まで担当できる人なんて、清水さんしかいないよ」


 心なしか、いつもよりぐったりしている優が感謝の言葉を述べる。静香は「ううん」と首を横に振る。


「みんなが手伝うって言ってくれたからだよ。1人だったら、私も引き受けなかったもの」


 あくまで劇は文化祭の出し物。会場も体育館を他クラスと交代で使うため、それほど長い尺は取れない。原作をそのまま映像化するのではなく、重要な要素だけを取捨選択する必要がある。


 そのため、脚本の原案は原作の理解度が高い静香、それを基にして脚本を担当するのが委員長含む演劇部という分担になった。放課後、こうして4人が集まっているのも、静香の原案作りを手伝うためである。


「清水さん1人だけに任せるなんてできないよ! な、学!!」

「そうだけど、お前は何ポジションなの?」

「お母さんを守ろうと必死な子ども、とか?」

「期待に応えて泣くぞ! 5歳児みたいに!!」

「ふふ。ところで、何から始めよっか?」


 いくら読書家とはいえ、静香は脚本を書いた試しなどない。静香の疑問に優は親指の爪を下唇にあてる。


「とりあえず、脚本を書くのに必要な資料を集めてみる? 『星の王子さま』の翻訳もいろいろあるし、読み比べてみると参考になるかも」

「そっか、『大切なものは目には見えない』も訳によっては違うものね。いいかも!」


 優の提案に、静香は目を輝かせる。隼人と学も賛成だった。


「じゃあ、俺と隼人は『星の王子さま』関係の本を探してくるよ。2人はどうする?」

「それなら、僕たちは戯曲を探してみようかな。脚本を書く上で参考になるしね」

「了解。ほら、行くぞ隼人」

「え、あ、おう!」


 席を立つ学に隼人も続く。海外小説が並んでいる棚は、図書室の奥にある。古ぼけた背表紙が並ぶ中から「星の王子さま」を探していく。


「うわ、大分ほこりっぽいな。くしゃみ出そう。早いとこ見つけようぜ、学」

「そうだな。……そう言えば、隼人」


 学に名前を呼ばれ、隼人は背表紙をなぞる指を止める。学はやや緊張した面持ちをしていた。あくまで何気ない感じを装い、問いかけてくる。


「あれから白川と話はできたのか? 本は返したみたいだけど」

「……話はできた」


 含みをもたせた言い方に、学の顔が険しくなる。無言で続きを促され、隼人は覚悟を決めた。淡々と事実だけを述べる。


「でもって、告白された」

「は!? 告白!?!?」

「しーっ! 声が大きい!!」


 思わず2人共大きな声を出してしまい、近くで勉強していた学生から睨まれる。2人は慌てて「すみません」と頭を下げた。人の邪魔にならないよう本棚の影に隠れ、仕切り直す。


「告白って……。オッケーしたのか、それとも断ったのか?」

「……保留にしてもらってる」

「キープか」

「キープじゃなくて、ちゃんと向き合うための保留だから! それに、白川と合意の上で決めたし!」

「まあ、双方合意ならいいけどさ……。どういう経緯でそうなったんだよ」


 学は呆れを隠さずに聞いてくる。冷たい視線に怯みながら、隼人は答えた。


「白川がオレに好意を抱いてくれてるのは、何となく気付いてた。だから、断ろうとしたんだ。白川の想いに応えられないのに、見て見ぬふりなんてもう嫌だしさ。それに、オレが好きなのは、清水さんだから」


 嘘偽りのない本音だ。隼人にとって優は特別だからこそ、分かる。同じだけの想いを返せないことに。それを分かっていて素知らぬ顔をするのは、絶対に嫌だった。


「でも、白川と話しているうちに気づいたんだ。白川の気持ちに応えられないのを苦しく思っている自分に。そうしたら、自分の気持ちが分からなくなった」


 今は同じ想いを返せないなら、今じゃなければいいのか。優からそう指摘を受けた時、隼人は頬を赤くした。それは、優の甘い囁きに照れたからじゃない。自分でも気づかなかった本心を言い当てられたのが恥ずかしかったからだ。


 自分が好きなのは静香だ。それなのに、隼人の想いにも応えたいと思ってしまっている。矛盾した気持ちは、そのまま隼人の混乱を表していた。


 それきり隼人は黙り込んだ。その様子を見て、学はアプローチの仕方を変えることにしたようだ。純粋な疑問として問いかけてくる。


「なあ、隼人って、どうして清水さんが好きなんだ?」

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