第3話 王子様の噂

「ふ~ん。なんにせよ、引き受けてもらえたなら良かったじゃん。ついでに、白川とも仲良くしとけよ」

「良くねえよ!!」


 翌日。隼人は朝の挨拶もそこそこに、昨日の出来事を学に説明した。てっきり心配してくれるかと思ったが、学の反応はイマイチだ。今も話しこそ聞いてくれているが、視線は数学の問題集に向かっている。


 前の席に座る学の椅子をガタガタと揺らしたが、反応はない。隼人は一層ムキになって言い連ねた。


「引き受けてもらえて良かったのは本当にそうなんだけど! けどさあ! 距離感おかしいだろ!? これが今までまともに話したことがない相手に対する距離の詰め方か!?」

「独特なのは間違いないな」

「だろ!?」

「でも、まだ恋愛的な意味合いと決まった訳でもないだろ。友達との距離感がずれてるだけかもしれないし。見たところ、あんまり男友達がいそうなタイプじゃないしな」


 学がちらっと優を盗み見た。その視線を追って、隼人もまた彼を見つめる。今日も今日とて、優は女の子に囲まれていた。和やかに談笑する姿に昨日の強引さは窺えない。


 しかし、隼人の手はまだ優の骨ばった手の感触を覚えていた。思い出すと、頬に変な熱が集まってきそうだ。


「じゃあ、その。恋人つなぎ、してきたのは……?」

「外国流のスキンシップだろ、多分」

「あいつバリバリの日本人だけど!? オレの相手するの面倒なだけだろお前!!」


 きゃんきゃん騒ぎ立てると、学はようやく手を止めてくれた。疲れた様子で何度か頭をかくと、椅子を後ろに向けてくれる。


「あのな、隼人。別に俺はお前を心配してない訳じゃないぞ。ただ、確定してないことをあーだこーだ言っても仕方ないだろ? 重要なのは、ヘタレなお前が一歩踏み出したことだ。だからまあ、頑張れ。色々と」

「意味深に付け加えるな!」

「悪い悪い。隼人がそんなにテンパるのって見たことなかったから、面白くてつい」

「お前なあ……」


 目に涙を浮かべて笑う姿に怒る気力も沸かない。まだ笑いが収まらない学を放置して、隼人は頬杖をつく。


 学の言う通りだ。優がどういう意図で「仲良くしてほしい」と言ったのか。今の隼人には知る由もない。優に直接尋ねるにしても、今すぐには無理だ。女子を押しのけて優に問いかける勇気はない。考えても仕方ないのである。


 それでも考えてしまうのは、ひとえに隼人が意識しているからだ。優の甘い声や、欲に揺れる瞳を、忘れられないから。


「ただ、言われてみれば1つ気がかりなことがあるな」

「へあっ!? え、気がかり?」

「ああ……」


 学の発言によって隼人は我に返った。ふわふわとした心地を追い払おうと、激しく首を振る。誰がどう見ても挙動不審な人物だったが、学は気付かない。険しい顔で慎重に言葉を選ぶ。


「正直言うと、今でも半信半疑なんだが……。白川にまつわる噂で、こんなのがあるんだ」


 躊躇いながらも、学は隼人に内容を告げた。それを聞いて、隼人は思わず口元を引きつらせる。あからさまに怯えている様子に、学が焦ってフォローを入れた。


「まあ、あくまで噂は噂だから。アイツを妬んだ奴が、腹いせに広めただけかもしれないし」

「そ、そーだな! はは……」

「けど、何かあったら迷わず助けを呼べよ。駆けつける努力はする」

「努力かよ」

「2人とも、深刻な顔してどうしたの?」


 不意に頭上から凛とした声が降ってきた。静香だ。途端に身動きが取れなくなった隼人の代わりに、学が顔を上げる。


「いや、何でもないよ。隼人に勉強を教えるのがあまりにも難しくて、絶望してただけ。おはよう、清水さん」

「おはよう。勉強って、教えるのも教わるのもすごく難しいものね。学くんも隼人くんも朝から頑張っててすごいな。私も見習わなくちゃ」


 スムーズに会話ができている学に対して、隼人は緊張のあまり顔を上げるのもままならない。学が机の下で軽く足をつつかれた。「お前も挨拶しろ」の合図だ。隼人は頭が真っ白になりながらも、懸命に声を振り絞る。


「あの。お、おは! よう、清水さん」

「あ、黒田くん。おはよう。勉強おつかれさま」

「……アリガトウ」


 かなりぎこちなかったが、とりあえず意図は通じたようだ。静香は笑みを返すと、席について読書を始めた。真剣な横顔に一瞬見とれたが、学に「やめとけ」と足をつつかれる。隼人は慌てて前を向いた。


「それで、さっきの話しの続きだけど。噂とはいえ、警戒した方がいいかもしれない。俺から勧めといてあれだけど、やっぱり止めた方が……」

「心配してくれてありがとな、学。でも、大丈夫だ! ヤバいと思ったらすぐ逃げるし」


 掌をぎゅっと握りしめて、隼人は懸命に笑顔を作る。保身に走っている場合ではなかった。好きな子とまともに挨拶もできない。そんなヘタレな自分から脱却するためなら、多少のリスクは背負わなければ。全ては静香と付き合う未来のため。


 宣戦布告の意味を込めて、隼人は優を睨みつけた。視線に気付いた優が、例の甘ったるい笑みを浮かべてみせる。


 まさか気付かれると思っていなかったため、隼人は急いで顔を背けた。高まった熱が苛立ちによるものか、胸の高まりによるものか。難しくて判断が下せない。


 

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