第24話 MotoGP 第22戦 スペイン・バレンシア
本部のザルツブルグに戻らず、桃佳は澄江さんとともに、スペインにやってきていた。
木曜日にチームから重大な発表があると聞いたからである。桃佳と澄江は、ジュン川口から前日にその発表内容を聞くことができた。
「スペンサーJr.はチームを脱退する。他チームへの移籍を希望していたが、既に来年のチーム体制が決まっているので、なかなかうまくいかなかった。それで、彼は古巣のアメリカンスーパーバイクのチームにもどることになったらしい」
「アメリカで走るの?」
「そうなると思う。それと、ウチのチームはベルギーのアルストに移る。オレがH社に拾われた時に住んだところだ。近くにゾルダーというサーキットがあり、そこがホームコースとなる」
「GPのコースではないのね」
「そうだ。スパに1時間で行けるが、スパでもGPはやってないからな。いちばん近いGPのサーキットはオランダのアッセンかな」
「あそこは苦手だから走り込みできたらいいね」
「どうなるかな? それとライダーだが桃佳と麻実に決まった」
それを聞いて、桃佳の目が輝いた。
「麻実さんとまたいっしょに走れるのね。楽しみだわ」
「おいおい、エースライダーは桃佳だぞ。新人に負けるなよ」
「どうでしょう? 麻実さんは適応力が高いし、ふだんはリッターバイクを乗りこなしていますから、並みの新人じゃないと思いますよ」
「信二さんもそう言ってた。桃佳の力を引き出すためには最高の相棒だってさ」
「おじいちゃんがそんなこと言っていたの? よくわかっているわね。ところで、チーム監督はだれがするの?」
「それはオレがすることになった」
「やっぱり。そうじゃないかなと思ってた。ハインツ氏は?」
「ハインツはMoto3チームの監督をすることになった。オレと入れ替わりだな」
「そうなるかなと思ってた。このレースが終わったら引っ越しね。監督の家は大変ね」
「そうだよ。手伝ってくれな」
「了解。ベビーシッターをします。レイアちゃんたちかわいいから」
「ありがたい」
ということで、翌日、同様のメディア向け発表がされた。その際、スペンサーJr.も会見を行った。
「 This race will be my final one . All I can do is run without any regrets . I want everyone to see for themselves how SpencerJr.‘s riding . 」
(今回のレースが私の最終戦になります。私ができるのは悔いのない走りをすることです。皆さんにこれがスペンサーJr.の走りというのを目にやきつかせたいと思っている)
と、胸をはって述べていた。彼は速いが、それゆえタイヤトラブルも多い。それ以上に他チームから招かれなかったのは、日頃の言動とチーム監督の指示に従わないことが多かったからである。トラブルメーカーをチームに入れることを嫌がったのだ。スペンサーJr.はそういう人たちに自分の走りを見せつけたいのだ。
記者会見の前に桃佳は澄江さんといっしょにコースを歩いてみた。ここバレンシアのリカルド・トルモ・サーキットは桃佳にとって初めてのコースである。コースの周りが観客席になっており、まるでドームの中でレースをしている感じがする。全長は4005mと長くはないが、メインストレートは876mと充分過ぎるくらいだ。アップダウンは少しだけあるが、基本フラットである。まずは左の第1コーナー。ここが勝負どころだ。ショートストレートの後に左のV字コーナー。桃佳の好きそうなコーナーだ。そして左の第3コーナーを経て、初の右コーナーが待っている。ここでの転倒が多いとジュン川口が言っていた。そこからは右・左・左・左・左と細かいコーナーが続き、その後右コーナーが3つ続く。そしてゆるやかな左13コーナー。ここでスピードがのらないと最終左の14コーナーでインをさされる。パワーサーキットというよりはテクニカルサーキットである。
FP(フリープラクティス)で、スペンサーJr.は快調だ。らくらくとQ2にすすむことができた。桃佳は初サーキットで苦戦している。Q1からの出走となった。中倉は初めてのサーキットなのにA社のマシンが好調で、Q2にすすめた。
予選Q1。桃佳はバーニーについて走る。本来Q1で走る彼ではないが、このところ不調に見舞われている。特にブレーキシステムになじんでいないようだ。バーニーは1分59秒561で14位のポジション。桃佳は1分59秒584で15位となった。
予選Q2。ポールは前回ポルトガルで優勝したベルゼッキ。相棒のマルタンが復帰したが、ケガあけの彼はQ1で下位に落ちていた。それゆえ、ベルゼッキにA社の期待が集中したのである。2番手はマルケル弟、3番手にアントニオ。スペンサーJr.は5位につけている。中倉はやはり初コースの魔物に魅入られQ2の最下位である12位になってしまった。
夕方のスプリントレース。桃佳はインをスタートダッシュして、第1コーナーを抜ける時には10位に上がっていた。中倉が後ろにいる。後はタイヤがあたたまるまで無難に走る。
10周目、H社のザルケが桃佳の前にでてきた。来年、桃佳が乗るマシンである。しばらく様子見で走る。すると直線スピードは桃佳の方が速い。そこでメインストレートでぶち抜いた。抜けたのは嬉しいが、来年乗るマシンの課題が見つかり複雑な気持ちである。中倉もザルケを抜いてきた。それでスプリントレースは終わった。9位でポイント獲得である。中倉に勝てたことは内心嬉しかった。中倉は不機嫌な顔をしていたが・・。
スペンサーJr.は2位に入った。表彰台でトロフィーを高く掲げ、アピールをしていたが顔はさびしそうだった。未だに来年のオファーがきていない。
翌日決勝。今日も天気がいい。最終戦の華やかなセレモニーの後、レーススタート。と思いきや、予選9位のモリビーがグリッドに並ぶ前に他のマシンと接触して転倒。まるで立ちごけ状態だった。その後、ピットインして再走行したが、1周でリタイアした。後で聞いたら転んだ時に手首を痛めたらしい。
レーススタート。桃佳はまたもやスタートダッシュでインをさす。なんと9位で1コーナーを抜けた。モリビーがいない分、インがすいていたようだ。
4コーナーでバーニーとザルケがからむ。アウト側にいたバーニーははじかれてグラベルに転がっていった。転倒リタイアである。日本GP以降、彼はついていない。
7周目、中倉が1コーナーで転倒。彼は先ほどのバーニーとザルケの接触に巻き込まれて、順位を落としていた。追い上げようとして無理をしたのかもしれない。
桃佳の前にはH社のマーローがいる。またもやH社の後ろを走り、彼の走りを見る。マーローはH社の中で一番速い。来年はチームは違うが、同じH社ライダーとして競い合う仲になることだろう。
25周目、マーローはY社のミールを抜いていった。2コーナーの左V字コーナーである。
27周目、ファイナルラップ。桃佳も2コーナーでミールを抜いた。マーローのインのさし方を見習ったのだ。これで8位フィニッシュ。最終戦としてはオンの字だ。ピットでチームスタッフから祝福される。チーフメカの岡崎さんや、メカの木村さんは来年もいっしょだがKT社からきているスタッフとはお別れだ。中にはハグをしようとするスタッフもいたが
「 No thanks .」(結構です)
と言って桃佳は逃げ回っていた。
スペンサーJr.は3位で表彰台に上がった。トロフィーを掲げた顔には涙が光っていた。
ピットにもどってきた彼を皆が拍手で迎えたが、
「 Good bye . God bless you . 」
(サヨナラ。皆に神のご加護を)
とだけ言って、チームのモーターホームにもどろうとした。途中で、桃佳の前で止まり、
「Momoka、 you’re a good rider . Do your best as an ace rider next year . Don’t let a newbie beat you . 」
(桃佳、おまえはいいライダーだ。来年はエースライダーとしてがんばれよ。新人なんかに負けるなよ)
と、言い残してモーターホームに入っていった。それが彼との最後だった。
その夜、ホテルでチームの解散パーティが行われた。オーナーのハインツ氏のあいさつは謝罪の弁であった。だが、皆の次の行き先は決まっている。唯一、スペンサーJr.だけがアメリカに行くことだけが決まっていて、正式にはまだチームが決まっていなかったのである。そのパーティにはとうとう顔を出さなかった。
翌日、桃佳は澄江さんとザルツブルグにもどり、荷物整理をして荷物をベルギーに送った。その後は、監督のジュン川口の家でベビーシッターである。食事は川口ファミリーといっしょで、いい雰囲気の家庭に魅了されていた。
(自分もこんな家庭が作れたらな)と思う桃佳であった。
そして、ジュン川口のファミリーといっしょにベルギーに旅立った。澄江さんもいっしょである。
桃佳と澄江は、H社の工場の隣にある社員寮に入った。小規模ながらプールもジムもある。レストランは工場の社員といっしょだから、とても広い。嬉しいのは日本人社員も多いので、日本食がでることである。みそ汁には感激だし、昼食メニューにはラーメンもある。これが結構いける。日本人シェフがいる強みである。桃佳は一日でここが気に入った。だが、翌日には澄江さんと日本へ帰国である。H社本社へのあいさつとかで忙しくなる。それでも来年シーズンが楽しみな桃佳であった。
※「レーサー3」は今シーズンをもって一旦完結です。来シーズンからは、「レースシリーズ5 レーサー2&3修正版」で掲載します。桃佳のチャレンジを引き続き読んでみてください。
レーサー3 飛鳥竜二 @jaihara
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