第7話 MotoGP 第7戦 シルバーストーン

 5月末、イギリス・シルバーストーンにやってきた。何か肌寒い。ルマンも寒かったが、今年のヨーロッパは冷夏になるのかもしれない。

 シルバーストーンはゲンがいいサーキットである。E-GP3ではタイヤ選択の勝利で表彰台に上がったし、Moto3ではランキングトップのアレンソに勝った。ただ、タイヤに厳しいコースである。

 金曜日のフリー走行で、中倉が転倒し救急車で運ばれていった。高速コーナーの第2コーナーで攻め過ぎたらしい。右膝を傷めたということで、今回のレースは棄権である。別のチームだが日本人の仲間がいないのは何か寂しい。

 桃佳は、GPマシンの切り返しにまだ慣れていない。後半の高速セクションは悪くないのだが、前半の中低速コーナーが遅い。他のライダーは体を左右に動かしてターンしていくが、体重の軽い桃佳は倒し込みが足りない。どうしてもスピードコントロールをしてしまう。もっともその方がタイヤにはやさしいのだが・・。

 フリー走行ではタイムがとれず、Q2にはすすめなかった。

 土曜日の予選。気温18度、路面28度。皆ソフトタイヤででる。桃佳も同様である。だが、わずかな時間の予選タイムでもタイヤはボロボロだった。やはりタイヤに厳しいコースということを実感せざるを得なかった。結果は1分59秒158でQ1の7位だった。ビリでないのが救いである。

 ピットに戻ると、スペンサーJr.が監督相手に毒づいていた。

「Why is it slower H ? Y has also installed new aerodynamic parts . What is KT doing !」

(なんでH社より遅いんだ! Y社も空力パーツを新しくしてきた。KT社は何してるんだ!)

 監督のハインツ氏は何とかなだめているが、確かにH社やY社の躍進を考えると、KT社は何もしていないように見える。スペンサーJr.は昨年までいたH社がKT社より速くなったことに憤りを感じているのだ。というか、H社を見限った自分自身に腹をたてているのかもしれない。スペンサーJr.もQ2にはすすめなかった。彼のライディングは力任せなのでタイヤに厳しい。予選後のタイヤは桃佳以上にボロボロだった。タイムは桃佳と0.5秒しか違わなかった。誰もが桃佳の成長を感じ取っていた。

 土曜日のスプリントレース。ポールはY社のクワントロである。これで3戦連続ポールをとっている。1周だけならクワントロは敵なしである。桃佳は17位。スペンサーJr.はその前の14位にいる。桃佳はスペンサーJr.についていこうと考えていた。

 10周のレースが始まった。スタートではスペンサーJr.についていけたが、セクター2で離された。素早い体の移動が桃佳はまだできていない。スペンサーJr.はさすがにダイナミックだ。3周目にはスペンサーJr.に大きく離されてしまった。

 3周目、ベンダーが左6コーナーで転倒。KT社の仲間が一人減る。4周目、Y社のリースがオーバーラン。グラベルを走っている。これで桃佳は15位に上がった。

 8周目、桃佳は第3集団のトップを走っている。7台の集団である。皆、タイヤが厳しい。コーナーでマシンを倒すと滑っていきそうな気がする。結局、桃佳は15位で終えた。ノーポイントである。スペンサーJr.は8位にまで順位を上げていた。だが、H社のザルケが5位に入り、ご機嫌な斜めである。優勝はマルケル弟。2位はマルケル兄であった。


 翌、日曜日。昼のMoto3のレースで、Grokkenチームの米谷麻実が3位となり初表彰台を得た。ピットは違うのだが、同じチームなので盛り上がっている。桃佳も表彰を見に行ったが、麻実は相変わらずのポーカーフェイスというか、ふてくされた顔をしている。もしかしたら優勝できなかったことで不満だったのかもしれない。

 ピットにもどると、チーフメカの岡崎さんがタイヤ交換の指示をしていた。

「ソフトじゃないんですか?」

「うん、ミディアムでいく」

「気温が昨日より低いのにですか?」

「うん、監督とスペンサーとも話し合って決めたことだ。桃佳は不満か?」

「いえ、そんなこと。昨日もあれだけタイヤが傷んでいましたから無理のない判断だと思います。でも・・」

「でも、とは?」

「前半は他のマシンについていけませんよね」

「そうだな。でも、タイヤ温存策だよ。桃佳さんならできるよな」

「後半勝負ということですね」

「そういうことだな」

 

 20周のレースが始まった。ところが、最初から大波乱である。1周目1コーナーでマルケル弟がスリップダウン。2周目、モリビーとスポット参戦のエドが転倒。3コーナーでマルケル兄も転倒となった。その直後、レース中断のレッドフラッグが振られた。モリビーかエドのどちらかが転倒でオイルをこぼしたということだ。3周以内のレッドフラッグは、レースやり直しである。転倒したライダーも急いでピットにもどってきている。

 そしてレース再開である。周回数は19周となった。

 スタートは無難にすんだ。皆、ペースを落としている。だが、ミディアムタイヤは桃佳とスペンサーJr.だけである。片方だけミディアムというマシンは何台かいる。

 4周目、右の11コーナーでD社のバーニーが転倒。今年のバーニーは今一つ乗れていない。マルケル兄が移籍してきて焦りがあるのかもしれない。昨年はマルティンとの争いに敗れてランキング2位に終わった。一昨年は圧倒的な強さを見せていたのだが・・。

 そして12周目。トップを独走していたY社クワントロが急にペースダウン。マシントラブルだ。彼はマシンを停めて座り込んで悔しがっていた。優勝が目の前にあったのに、マシンに裏切られたと思ったことだろう。

 レース後半、他のマシンがぐらつきはじめた。コーナーで無理ができなくなっている。桃佳は一時19位までポジションを下げていたが、結果12位でフィニッシュできた。スペンサーJr.は後半追い上げて6位までアップしていた。H社のザルケには勝てなかったが、予選14位からの追い上げだったので、不満はなかったようである。これで監督の言うことも聞くようになるかもしれない。

 表彰式を見終わって、ピットにもどるとモーターホームに呼ばれた。そこに、ハインツ氏だけでなく、Moto3チーム監督のジュン川口氏と米谷麻実もいた。ジュン川口氏が口を開く。

「今日はお疲れ。実は、今日鈴鹿8耐の参戦が決まった」

「8耐ですか?」

「KT JAPANがマシンを2台供給してくれることになった。それでメインに佐藤眞二さんが乗ることになった」

「え、祖父がKT社のマシンに乗るんですか?」

「そう、どうやらH社に断られたようだ」

「でしょうね。60を過ぎているもんね」

「オレの親父と眞二さんが親交があって、それでKT社に乗ることになったらしいよ」

「それで、私たちが呼ばれたのは・・まさか?」

「そのまさかだよ。セカンドが桃佳さん、サードが麻実だ」

「祖父の夢に加担することになるわけね。麻実さんも付き合ってくれるのね」

 そこで麻実が口を開く。

「鈴鹿は私の庭よ。8耐にでられるならだれとでもいいわよ」

 と、さらっと言う。あくまでもクールな麻実であった。

 後で知ったことだが、最初はスペンサーJr.が候補者だったらしい。でも、彼は耐久はやったことがないということで、あっさり断ったということだ。確かに彼の走りは耐久向きではない。無理もないことである。

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